野村監督は「超二流」を、自らの強み・長所と弱点を理解して強みを活かすように頭を使うこと、と定義した
前回のハベレオ通信の復習です。
野村克也という偉大な選手がおりました。
現役時代には主に南海ホークスで活躍し、三冠王、MVP5回、ホームラン王9回、打点王7回、首位打者1回、ベストナイン19回のタイトルを獲得しました。
監督としての業績も多く、
ヤクルトでは4度のリーグ優勝、3度の日本一
に導いています。
野球エリートかと思いきや、
京都の無名の公立高校の出身で、
高校野球での3年間の公式戦で勝利はゼロ。
弱小野球部を存続させるために、
野球部顧問の先生との戦いに、
勝利をおさめたのみ。
しかし、
この顧問の先生が、
南海ホークスの入団テストを受けるための
旅費を出して、後押ししてくれました。
誰からも期待されず、
テスト生として入団した選手が、
このような成績を残すとは、
人生とは判らないものです。

野村選手のポジションは、キャッチャーでした。
12球団の1軍のキャッチャーの年齢
を調べたところ、
南海ホークスと広島カープのレギュラー選手が
30歳代でした。
他のチームは、20代の伸び盛りです。
年齢のために力が衰えるので
自分が試合に出る確率が高いと、
この2つの球団に入団先を絞りました。
自宅から近い南海を選んで、
入団テストを受けました。
この年は、
キャッチャーだけで6人が入団しました。
実は、ブルペンでピッチャーの投げる球
を専ら受ける「壁」としての採用だったのです。
誰からも期待されることなく、
一年後に野村選手は、
球団からクビを宣告されます。
「まだ何もしていないのに、クビにするのだったら、南海電車に飛び込んで死ぬ!」
と抵抗しました。
自殺されては球団のイメージダウンは必至です。
仕方がないので、
もう一年様子を見ることになりました。
野村選手は、打撃はまあまあでしたが、
肩が弱くキャッチャーは無理だとされました。
ファーストでもいいので
とにかく試合にたくさん出て、
まず上層部の目にとまる選手になろう
と決意します。
その裏で、
肩を強化するための
遠投の練習をずっと続けました。
その結果、
二軍の試合ではファーストで出場して
ヒットを打ちまくりました。
監督から褒められたのを幸いに、
キャッチャーをやらせて欲しいと申し出ます。
二塁への送球を披露したところ、
監督はその球の速さに驚きました。
「野村はいつの間に肩が強くなったんや?」
と、キャッチャーに返り咲くことができました。
シーズンオフの1軍のハワイ・キャンプに
推薦してくれました。
ハワイ・キャンプでは、
羽目を外して毎晩飲みに行っていた
一軍のキャッチャーが、
監督の逆鱗に触れました。
野村選手は
代わりにハワイのチームとの試合に出ろ
と言われて活躍します。
キャンプで
念願の1軍の鶴岡監督の目にとまりました。
こうして、プロ3年目で1軍の試合に出るようになりました。

1軍では、
変化球が打てない
という弱点をつかれました。
どうしてもカーブが打てません。
アメリカの大リーグの選手の書いた
打撃の本を読んだところ、
ピッチャーの配球を読んで打つことが
書いてありました。
ピッチャーのくせをひたすら研究して、
ストレートを投げるのか、変化球なのか、
8割ほどの確率で判るようになりました。
これにより打率が上がり、
ホームランも量産できるようになりました。
自分には才能は無いことを知っていましたが、
たゆまない体力向上のための努力と、
投手のくせを見破ったり、
投手の心理をよんだりする
能力の研磨を行いました。
こうした努力を重ねることで、
一流の選手を越えた
「超二流」の選手ができあがりました。
野村監督は、「超二流」を
自らの強み・長所と弱点を理解して、
強みを活かすように頭を使うこと
と定義しています。
自分の強みを知るためには、
洞察力を磨く必要があるとも言っています。
チームが自分に求めていることは何なのか。
一流選手たちと伍するためには、どの力を強化するべきなのか。
敵は自分のどこを嫌がっているのか。
洞察力が、超二流になるためになくてはならない力なのです、
それができれば、
超二流は一流を凌駕することができる!

ドラフト会議で
希望の球団を逆指名する選手がいます。
ドラフトの順位にこだわる選手がいます。
希望の球団に入ったものの
成績が振るわずトレードに出される選手や、
ドラフト下位でもエースとなった選手がいます。
宮崎県延岡市にあるウルスラ学園出身で
巨人にドラフト6位で入った戸郷選手は、
失礼ながら入団時は
さほど期待されていなかった選手だった
と思います。
投げ方が独特で、肩を壊す
とも言われていました。
150キロを超えるストレートと
大きく落ちるフォークを武器に、
一年目から頭角を現し、
6年目の今では巨人のエースとなりました。
ヒーローインタビューでのやりとりを聞くと、
性格の良さが判ります。
甲子園での試合中に、雨が降って中断しました。
長い間で、肩が冷えたと思いますが、
再びマウンドにたって勝利投手となりました。
そのときのヒーローインタビューでは、
「雨が降った後でもマウンドが滑らなかった。勝てたのは、甲子園球場のグランド整備の人たちのおかげです」
と答えたのです。
こういうことを言う選手は、
今まで見たことがありません。
アンチ巨人の阪神ファンでさえ、
戸郷選手を褒めていました。
戸郷選手は、
野村監督の言う「超二流」なのだと思います。
甲子園の同期の一流たちを凌駕しました。
今年も頑張って下さい。
椎葉の厳島神社の宮司さんも応援しています。
ということで、
超二流の公衆衛生人を目指してください。
とってつけたような結論で恐縮です。
