もしアメリカ陸軍のパットン将軍が孫子の兵法を読んだら
米国の陸軍に、パットン将軍という有名な人物がいました。
第二次世界大戦の北アフリカ戦線で、戦車隊を率いて抜群の戦果をあげた将軍です。
モットーは「大胆不敵であれ!」。
映画にもなっています。
常に部隊の先頭に立ち、後方の安全な指揮所にいる将校たちを「臆病者」だと罵倒しました。
しかし、この勇猛果敢な性格が災いとなりました。
野戦病院に入院している戦争神経症の兵士までも「臆病者」と決めつけて、殴打するなどをしたのです。
こうした行動が上層部の耳に入り、指揮官の職を解任されてしまいました。
このため史上最大の作戦といわれたノルマンジー上陸作戦で指揮を執ることはできませんでした。
外されたのです。
連合軍がフランス上陸に成功して、ドイツ侵攻をめざすようになってからようやく前線に復帰しました。
ドイツ降伏後に、ドイツのハノーバーに駐屯していたときに、交通事故にあって亡くなっています。

米国の南北戦争の惨状を経験した兵士の中に、心を病んだ者が多く発生しました。
南北戦争での死者は約60万人と言われており、今でもアメリカが経験した最大の戦争となっています。
ちなみに、第二次世界大戦での米国人の死者は約40万人です。
ドイツの精神科医フロイトが、自由連想法を開発しました。
自分の心に浮かんだことを何でも自由に話してもらって、みた夢も報告させるものでした。
このようなトークの内容を分析して解釈することにより、精神症状の起源が明らかになり、究極的には治療に至ることが可能となりました。
南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、一連の戦争で、多くの戦争神経症が発生したアメリカでは、フロイトの出身国のドイツよりもトークセラピーが発達しました。
日本でも長引く日中戦争で、戦争神経症の兵士が多く発生したため、精神専門の病院として、千葉県市川市に国府台病院、東京小平に武蔵病院、新潟に犀潟病院、佐賀に肥前病院をつくりました。
これらの陸軍病院は、戦後、陸軍省から厚生省に移管され、一般の精神病患者を治療するようになりました。
武蔵病院は、
現在の国立精神神経研究センターです。

ゼットンは、ウルトラマンを倒した怪獣ですが、パットンは、パワハラで人生を棒に振った将軍です。
パットンに限らず優秀な人は、
一番得意な分野で転ぶことが多いと言えます。
将来を期待された優秀な国会議員でしたが
パワハラでつまずいて
やめざるを得なかった先生方を、
私は何人も、間近に見てきております。
今では、どの世界でも、パワハラは致命的です。

「孫子の兵法」では、リーダーの要件を5つあげています。
智、信、仁、勇、厳です。
孫子は、この5つを兼ね備える必要があると言っています。
パットン将軍は「仁」が欠けていたことが
致命的だったと言えます。
孫子は、物事を大事な順番から並べています。
こうしてみると、「仁」は三番目に大事な要件です。
勇さましいとか厳しいことよりも上
に置いていることが判ります。
つまり、
知恵があり、信用があり、優しい人が、
ときに勇ましく、厳しくなるのです。
順番を間違えてはいけません。

もしパットン将軍が孫子の兵法を読んでおれば、人生の大逆転が起こったと思います。
そもそもアメリカ陸軍が
孫子を研究するようになったのは、
ベトナム戦争での敗戦を
経験してからのことでした。
この時期にアメリカ国内では、
ベトナム帰還兵たちにPTSDが多発していました。
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーを読んだら」の真似をして、
「もしアメリカ陸軍のパットン将軍が孫子の兵法を読んだら」を書いたら、ベストセラーになるかも。
「もしドラ」に対抗して「もし孫」
「もし損」と誤読され、返品の山になりそう。
「もしパットン将軍がゼットンと戦ったら」なら、読みたいです。
最後に、パットン将軍の言葉です。
圧力がなければダイヤモンドはできない。
Pressure makes diamonds.
私にとって、ダイヤモンド・プリンセス号は、プレッシャーでした。
