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宮崎県にドクターヘリを導入したのは、臨床研修後最初に椎葉村立国保病院に勤務した自治医大卒の医師だった

中学校の養護教諭のいとこから、
宮崎県にドクターヘリを導入した先生の話に感動した、
という話を聞きました。

いとこは実際には聞いてないのですが、
教頭先生がいたく感動して涙が出たとのこと。

「ドクターヘリを導入した先生を知っちょると?」
と聞かれましたが、
宮崎に帰ってきたばかりの頃で
「うんにゃあ、いっちょも知らんちゃが」
と頭を搔きました。

美郷町で開催された「みさと地域医療塾」で、
金丸勝弘先生の講演を聴いて「宮崎県にドクターヘリを導入した先生」が誰だか判りました。

教頭先生と同じで、感動して涙が出ました。

金丸先生は県立大宮高校の出身で、先輩の岩切章太郎さんのことを聞かされたそうです。

モットーは、大地に絵をかく。

岩切章太郎氏は、宮崎交通の創始者で、宮崎市役所の横に大きな銅像が建っています。

現在の「観光宮崎」をつくりあげた最大の功労者です。

はー温泉もねー
名所もねー
電車もねー
神話しかねー
宮崎

おらこんな県いやだー
東京に出て 銀座で山買うだー


と吉幾三さんのようには言いませんでした。

岩切氏は頭の中で勝手に妄想して「南国宮崎」のイメージを膨らませて、県の農業試験所にあった一本の木に目を付けました。

フェニックスです。

日本語では「不死鳥」。


その名のごとく強靱で、水さえやれば大きく成長する木だと、県職員の林業技術者から教えてもらいました。

岩切氏は、苗を外国から大量に購入して、大淀川のほとりや日南海岸の道路の脇に1本ずつ並べて植えました。

これが現在の橘公園や堀切峠となっており、南国宮崎の象徴となっています。

現在、フェニックスは県の木に指定されていますが、岩切氏が植え始めた戦前の頃の宮崎県民は全く知りません。

なんだか訳のわからん木だと引き抜かれたり、火事があっても消火してくれなかったそうです。

岩切章太郎の銅像

金丸先生の「大地に絵をかく」は、宮崎県の救急医療体制を整備することでした。

自治医科大学を卒業し、県立宮崎病院で臨床研修を受け、最初に赴任したのが、椎葉村立国保病院でした。

ここで救急医療の重要性を知り、また、救急搬送が大事なことを痛感しました。

椎葉村は山に囲まれているので、急病人を県立延岡病院や宮崎大学付属病院にヘリコプターで搬送できるようにすることが必要だと思ったのです。

しかし、宮崎県にはドクターヘリはありませんし、導入しようとする医療関係者もおりません。

金丸先生は、九年間のへき地医療機関勤務の義務が明けた後に、千葉県にある日本医科大学千葉北総病院にひとりで旅立ったのです。

ドクターヘリを使った救急医療を行う北総病院でそのノウハウを学んで、自力で宮崎に持ち帰ろうとしたのです。

この病院では、陸上自衛隊の医官も学んでおります。

映画「コード・ブルー」の舞台にもなりました。

金丸先生はここで五年間勤務します。

金丸先生の武者修行は、民放の朝の番組「めざましテレビ」で全国にも紹介されました。

感動したキャスターが
「ふるさとの宮崎で、ぜひドクターヘリが導入できればいいですね!」
と涙ぐんでコメントしていました。

北総病院の部長からは、
おまえにもう教えるものは何もない
と「免許皆伝」を受けました。

宮崎に帰ってきた金丸先生は、宮崎県初のドクターヘリ導入を目指して活動を開始します。

県議会では、予算がかかるドクターヘリ導入に反対した議員もいました。

金丸先生の地道な活動は、そうした声をしだいに賛成へと変えていきます。

拠点とした宮崎大学病院では、ドクターヘリ導入と平行して救急専門医の養成を行い、県内の各医療圏に配置していきました。

こうして「大地に絵をかく」という目標を実現させた金丸先生は、次なる目標を掲げたのです。

それは、日本でも有数の医師不足地域である「県北の医療を立て直す!」というものでした。

金丸先生は、令和四年一〇月に県立延岡病院にやってきます。

県立延岡病院は、ほぼ西臼杵郡、東臼杵郡の医療をカバーしています。

ここを拠点に、県北の医療機関へ人材供給などをしていけば様々なことが展開できると考えました。

ポイントとなるのが、宮崎大学医学部に設けられた地域枠の医師です。

地域枠の医師を中心に県立延岡病院で臨床研修や専門医研修を行い、県北にある各医療機関に派遣するような流れができれば、県北の医療は変わっていくでしょう。

金丸先生は、
「For Northern MIYAZAKI」
のポロシャツを着て活躍中です。

金丸先生が県立延岡病院に来たときの
病院のバレー部監督、いや病院長は、
現在、同じポロシャツを着て、
高千穂の西臼杵医療センター長として頑張っておられる寺尾先生です。

ところで、私の「大地に絵をかく」は、直木賞を取って、金丸先生のドクターヘリ導入を小説にして、映画化することかと。

主役は宮崎南高出身の堺雅人さんにお願いしようかしら。

「なにを馬鹿なことを……」
と水を差す人がいるかもしれませんが、
金丸先生にすべてを伝授したドクターは、
今は国会議員となっております。

先のことは誰も判りません。

妄想を現実に変えた岩切章太郎氏の例もあるとです。

県民ひとりひとりが「大地に絵をかく」運動を展開していけば、宮崎はもっともっと素敵な県になっていくと思います。

「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
とスラムダンクの安西先生も言っています。

岩切章太郎氏の大地に絵をかく

東村アキコさんのかくかくしかじか

似ています!
たぶん偶然ですが。

もうすぐ映画が公開されますねー。
楽しみです。

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