昭和歌謡は情念の塊であり、EQ力を育てるのに最適なツールである
宮崎に帰ってからは、テレビは見ないと覚悟をきめました。
そのためラジオを聞いていますが、なぜか昭和の歌謡曲がたくさん流れてきます。
「昭和の仕事」は、常識的にありえないと毛嫌いされているかとおもいきや、不思議なことに歌は好まれているようです。
私が大学を卒業して初めて勤務した労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課では、新聞記事の切り抜きを命じられました。
早めに出勤して、新聞の束を課に持ってきて、全国紙を調べて労働衛生課の仕事に関係のある記事を見つけて、1枚の紙に切り貼りしてまとめておくのです。
課長など課の幹部が出勤してきたときに、すぐ見ることができるようにしなければなりません。
新聞をそのままコピーすると黒く写るので、コピー濃度を薄く調整する必要があります。
記事が斜めになると読みにくいので、真っ直ぐになるように整える必要があります。
さらに、複数の新聞社の記事を並べて配置する技も必要で、そうした編集作業のセンスも必要でした。
新聞名と掲載年月日だけでなく、1面なのか社会面なのか掲載されている紙面も書くように指導されました。
「○○新聞の記事が抜けているぞ」と上司に言われると失敗です。
大学の同級生に会ったときに、「お前は霞ヶ関でいったいどんな仕事をしているのか」と聞かれたことがあります。
正直に「毎朝、はさみとのりで新聞記事の切り抜きをしている」と答えたら、馬鹿にされました。
確かに、馬鹿馬鹿しい仕事かもしれません。
しかし、最初にこの仕事を任されたおかげで、「新聞の切り抜き愛」が育まれ、新聞記事の政策的重要性を理解することができたのです。

後に環境庁に勤務したときに、環境ホルモンが問題となり、組織定員要求をすることになりました。
管理職と係長のポストを新規に要求することになり、様々な資料を作成しました。
総務省に説明に行ったときに、担当官から「環境ホルモンは環境庁さんだけが騒いでおり、世間ではそれほど問題にはなっていないのでは?」と意地悪な質問をされました。
「いえいえ、連日国会質問がなされており、新聞にも相当書かれていますよ。参考までに記事のコピーを持ってきました。一部しか手元にありませんが、必要ならば、後ほどお届けしますが」
そう言って、クリップ留めした新聞の切り抜き集を渡しました。
ほぼ1年分の記事でした。
切り抜きをこよなく愛する人になったので、捨てられずに保存していたのです。
塵も積もれば山となる。
担当官は、分厚い記事の資料をめくって驚いていました。
これが効いたのかわかりませんが、年末の総務省の査定では、要求どおり管理職と係長のポストの新設が認められました。
総務担当の補佐から、法律が成立したわけでもないのに、本省の管理職ポストが新設されることは滅多にないと言われました。
人事担当の秘書課長が相当押してくれたようです。
このように新聞記事は武器になります。
そのほか財務省への予算の説明や、国会議員への説明の際に、新聞記事を渡したことが何度もあります。
いつでも渡せるように、きちんと整理しておくと役に立ちます。
厚労省では、すぐに出せるように準備した資料を「手裏剣」と言っておりました。
「俺が合図したら、手裏剣を出せ!」と事前に課長に言われ、実際に議員に説明する場面でスムーズに資料を出すことができたら合格です。

アメリカの大統領府では、世界のどこかで起きた事件に関する新聞記事をチェックして、1項目を数行に簡潔に整理して毎朝大統領に届けていました。
大統領が、いつどんなところで記者から質問されても、答えられるようにするためです。
大統領が「知らない」と答えることは、米国がその問題を軽視していると判断されます。
今考えると、スマホで見るヘッドラインと似ています。
現在は、米国大統領しか受けられなかった特別なサービスが、一般庶民でも普通に受けられる世界となっているということです。
産業革命は筋肉の民主化で、インターネットは情報の民主化だと言われています。
さらにチャットGPTは知能の民主化。
これまではIQ(知能)が、重視されてきたきらいがありますが、日本電産(現ニデック)の永守重信会長は、これからはEQ(心の知能指数)の時代だと言っています。
IQの差はせいぜい5倍以内。ところがEQの差は100倍以上になるそうです。
チャットGPTで知能の差がなくなれば、もはやEQの世界。
昭和歌謡は、情念の塊のようなもの。
昭和歌謡は、EQ力を育てるのに最適なツールです。
これは個人の感想です。
