ドラッカーの法則は常に正しい。矢口高雄さんは「釣りマンガ」という新しいジャンル(価値)を創造した
昔買った漫画家の矢口高雄さんの「夢の積み立てしませんか」を読みました。
1994年に出版された本で、30歳くらいの歳に買った本です。
長らく本棚の奥に挟まっていたので、久々に読んだら、新鮮でした。
矢口高雄さんは高校を卒業して秋田の銀行に勤めます。
30歳の歳に、12年間務めた銀行を辞めて、漫画家目指して上京しました。
銀行の勤め人を辞めて、青春の夢を追う息子を両親は怒ります。
妻は反対せず、おばあちゃんは「東京に行って手塚治虫になれ」と応援してくれました。
生命保険は解約します。
織田信長の漫画でデビューする予定でした。
テレビ会社のスポンサーの都合で、その話がドタキャンとなります。
こんなはずではなかった。
スタートから躓いてしまいました。
しかし、矢口高雄さんはめげませんでした。

初夏の中、部屋の窓をあけたら、さわやかな風が入ってきて、鮎釣りのことを思い出します。
そこで鮎釣りのことを漫画にしようと考えました。
誰も知る人のいない東京の6畳一間のアパートでひたすら漫画を描きました。
そんなおりに、編集者が部屋に来たのです。
人気漫画家が病気となり、その穴埋めを探していました。
編集者に24ページの鮎の漫画を渡したところ、あと8ページ書きたして32ページにするように言われた。
2日間でいっきに8ページを描きました。
これがデビュー作となりました。
釣りをテーマとしたマンガはこれまでなかったのです。
他の漫画との違いは明確でした。
ドラッカーの法則は常に正しいです。
矢口高雄さんは、「釣りマンガ」という新しいジャンル(価値)を創造したのです。
デビューする前に、ある編集者からは「君は絵が下手で、歳を取り過ぎている」と言われたことがあります。
水木しげるの仕事場を見学したときに、描いた絵を見てもらいました。
「君は絵が上手だ。描き続ければさらに上手くなる」
鬼太郎の生みの親にそう言われて奮起しました。
もし、この一言がなければ、漫画家にならずに、秋田で銀行員を勤めあげたかもしれません。

うーむ。矢口高雄さんと当方は似ているかも。
田舎に生まれました。
厚労省をやめて、作家になるために宮崎に一人で来ました。
生命保険も解約しました。
ちょっと違うか。
矢口高雄さんは30歳で出発しましたが、当方は60歳からの出発となりました。
そもそも矢口高雄さんを始めて知ったのは、小学校6年の修学旅行で泊まった宮崎市内の旅館に置いてあった少年マガジンの釣りキチ三平を見たときです。
トンボを餌にして左膳イワナを釣る巻でテグスが切れたところで終わりました。
続きを見たのが、30年後のことでした。
初心忘るべからずですね。
