エボラウイルスは、ご遺体を切って出てきた血を両手でさすりながらお別れを告げる儀式で広まった
富山県の衛生研究所の話です。
宮崎県の環境衛生研究所と同じような組織で、感染症の検査などを行っています。
この富山県の衛生研究所の歴代所長は、厚生労働省国立感染症研究所を退職する研究者にお願いして、来ていただいておりました。
「天下り」だと言われることもありますが、衛生研究所にとってみると、所長を通じて感染症研究の世界の最新情報が入ってくるし、厚生科学研究費を使った研究にも参加できたり、全国の衛生研究所からもその活動が注目され、メリットの方が大きかったと思います。

私が富山県にいたときに、所長が辞めることになり、次の所長をお願いすることになりました。
東京新宿の戸山にある国立感染症研究所にお願いに行ったところ、部長をされているバリバリの研究者を紹介されました。
いろいろとお話をして、富山県の衛生研究所の視察もしていただきました。
富山県に赴任していただくことが、年内に決まったので、安心しておりました。
ところが、正月が明けて、この部長から突然の連絡がありました。
年明けに両親が相次いで倒れて、その治療や介護のために、東京を離れることができなくなったということでした。
これは一大事!
さっそく、国立感染症研究所に飛んで、所長と相談しました。
今年の四月からかわり部長級の研究者を富山県に送ってください、と頼みましたが、所長はうーんと考え込んだまま。
「心当たりの研究者を探してはみる……」という返事をいただきましたが、あてはあったかどうか……。
「なんとかいい研究者を探してください。富山県知事も期待しております。富山県の文献を置いていきますので、少しでも富山に興味がある方をなんとかよろしくお願いします」と言い残しました。
それから1週間後のことです。
国立感染症研究所の所長から話しがある、と電話がありました。
もしかして候補者が見つかった?
すぐさま東京に向かいました。
しかし、所長からは、候補者はいなかったとつれない返事が……。しくしく。
落胆する私を見て、所長は言いました。
誰もいねーから、俺が行ってやることにしたよ
私は、耳を疑いました。
実は、3月で退官だ。
激務が続いたので、しばらくはどこにも勤めずに、好きな山登りでもして過ごそうと思っていた。
ところが、君の持ってきた文献を見て、考えが変わった。
俺は信州大学出身で、大学では山登りばかりしていた。
俺の故郷の信州の山を「後立山連峰」と名付けやがって、「富山県の野郎、ふざけんな」とずっと思っていた。
その富山県知事から来てくれと頼まれたなら、しょうがねーや。
行ってやろうじゃねーか

文献の名前は、美味しんぼ(雁屋哲さん作/花咲アキラさん画)84巻富山編でした。
1巻まるごと富山県特集で、実在の県庁職員も登場します。
漫画家の花咲さんも富山県出身でした。
帰って知事に報告したところ、「部長がだめで、所長が来るなんて、そんなうまい話は聞いたことがない」と、最初は信じてもらえませんでした。
所長は、エボラウイルスやラッサ熱ウイルスの患者を診たこともあるウイルス研究の第一人者でした。
「なぜ、そんなトップクラスの学者が富山県に来ると言ったんだ?」
知事から聞かれましたが、まさか漫画で釣りましたとはいえないので、「どうも山がお好きなようです」とごまかしました。
べらんめえの所長は、富山県知事からの辞令交付のときに、「後立山連峰の名前を変えろ」とは言わず紳士でした。
かなり長く富山県におられました。
歌は天地を動かす、と昔の人は言いましたが、漫画もまたそんな力があると思います。

私が住んでいた棟の隣に所長は住んだので、土日に洗濯物を干していたら、よく声をかけられました。
食事をしながら一流のウイルス学者から、エボラ出血熱が流行した原因などのレクチャーを受けました。
エボラの流行したアフリカの地域では、葬式の際に、ご遺体を切って出てきた血や体液を両手でさすりながらお別れを告げる風習があり、これでエボラが広がったそうです。
こうした地元に根付いた長年の風習は、やめろと言ってもなかなかやめられません。
現地の住民からは、全身がタイベックスーツでマスクとグーグル姿はまるで白い悪魔で、ご遺体を火葬にするのは、野蛮人のすることだと思われたそうです。
シートにくるまれて保管していたご遺体が盗まれたり、WHOの専門家らが襲われることもあったそうです。
エボラウイルスは血液感染で感染し、性交渉でも起こると言われて、空気感染だと思っていた自分が恥ずかしくなりました。
プロは違うと思いました。
この所長さんは、昨年亡くなりました。
富山県に来ていただき、本当にありがとうございました。
