スタッドレスタイヤは江戸の町奉行大岡越前守の「三方一両損の裁き」である
およそ30年前に、青森県のむつ保健所に勤務しました。
下北半島にあるイタコで有名な恐山の近くにある保健所です。
冬は大変寒く、大雪の降るところでした。
ちなみに恐山は、冬は道路が雪のために閉鎖されます。
お寺なので、冬の間は、ひとりの住職さんがこもります。
住職さんの話を聞きました。
夜は、毎日のように幽霊が出てきたそうです。
私なら、怖くて気が狂いそうな気がします。

さて、青森では11月末から12月の最初の週末までには、スタッドレスタイヤへ交換をしておりました。
保健所の次長さんから面白い話を聞きました。
それは、スパイクタイヤからスタッドレスタイヤへの転換の話です。
スタッドレスタイヤの前は、スパイクタイヤが使われていました。
スパイクタイヤは、タイヤの表面に金属のピンが打ち込まれており、雪道でも氷で凍結しても安定して走行ができました。
チェーンのように着脱する必要もないので、雪の多い地方では冬の主要なタイヤでした。
ところが、雪が積もっていないと、タイヤの金属のピンが道路をえぐって、周辺に粉塵をまき散らすことになります。
スパイクタイヤ全盛のころは、道路には大量の黄砂が舞ったようになって視界不良となり、雪は茶色になっていました。
道路の沿線に住む人々にとっては、大量の粉塵を吸って呼吸器系に健康障害を起こす危険性が高まったのです。
県の財政課の職員は「ああ、県有財産(道路)が削られていく」と泣きました。本当の話です。

そこで登場したのは、スタッドレスタイヤです。
スタッドレスタイヤは、ゴムで道路との密着性を上げたタイヤで、スパイクタイヤと違って雪道走行の安定性は落ちますが、道路を削ることはありません。
粉塵が舞わないことから、健康影響の心配もありません。
国は、法律を制定して、スパイクタイヤが用いられない地域を指定して、規制することにしたのです。
交通事故が増えたらどうするのかと反対する人も多かったのですが、速度を落として安全運転をすればいいと押し切りました。
タイヤメーカーも、スパイクタイヤの製造をやめます。
車のユーザーは、高価なスタッドレスタイヤを購入しなければならなくなりました。しかも数年ごとに買い換える必要があります。
このように負担が増えたのですが、道路の周辺に住む人は、冬恒例の粉塵に悩むことはなくなりました。
道路もよく見えるようになって、雪も白くなりました。
県の財政課の職員も、道路が削れられて泣くことはなくなりました。
皆、注意して速度を落として安全運転するようになったので、交通事故も増えませんでした。
タイヤメーカーは、新たなスタッドレスタイヤの研究開発を行って、雪道でも滑りにくい新製品を市場に投入するようになりました。
スパイクタイヤからスタッドレスタイヤへの変換は、我々宮崎県民にとってはなんのことが判りませんが、雪国の住民にとっては大きな革命でした。

こうした次長さんの話を聞いて、江戸の町奉行だった大岡越前守の「三方一両損の裁き」のような気がしました。
道路沿線の住民の健康を守るために、車に乗る人は負担の多いスタッドレスタイヤを導入し、タイヤメーカーは売れているスパイクタイヤの製造をやめました。
公害防止的な観点からいえば、移動式発生源が規制され、製品の製造元は製造を中止したことになります。
ここにいたるまでに、いろんなやりとりがあったと思いますが、皆で不便さを共有して住民の健康を守ったのです。

公衆衛生的にちょっといい話だと思いましたので、紹介しました。
こうした皆で予防をしたという話は、あまり知られていないのが寂しい気がします。
ハベレオ通信では、公衆衛生的にちょっといい話もお伝えしていく所存です。
