菌は死すとも、毒素は死せず
黄色ブドウ球菌は、健常者の約40%に常在しています。
とりわけ、鼻腔、手指にはたくさんの黄色ブドウ球菌があります。
黄色ブドウ菌により
化膿した傷のある手指でさわって、
長い時間がたつと、
食べ物に入った黄色ブドウ菌が大量に
毒素(エンテロトキシン)を生産してしまいます。
そのため調理人は、
包丁や爪切りなどで傷を付けないように、
気をつけなければなりません。
手でこねる作業のある団子、あんこ、餅
などの日本的な食べ物は要注意です。
お正月の餅つき大会で、
冬にまさかの
食中毒の集団発生をすることがあります。
黄色ブドウ球菌の毒素は、
100度Cで30分間加熱
してもびくともしません。
多くの人は、
加熱すれば大丈夫だと思っておりますが、
ところがどっこい、
世の中はそんなに甘く、単純ではありません。
菌は死にますが、毒素は死なない。
黄色ブドウ球菌は、加熱しても
「菌は死すとも、毒素は死せず」
「板垣死すとも、自由は死せず」の格言で有名な、
自由党の党首板垣退助のような存在です。ん?
ちなみに、私は、
板垣退助の肖像画の100円札を
使った最後の世代かもしれません。

童話の桃太郎は、黄色ブドウ球菌があると、
次のように書き換えられてしまいます。
桃太郎が、
近い次期に鬼退治に出動するという情報を、
鬼ヶ島の諜報機関が察知しました。
工作員を桃太郎の自宅の調理場に忍び込ませて、桃太郎が指をけがするように仕掛けをしました。
桃太郎が料理をしている最中に
指に傷を負いました。
軽傷で血も止まったので、
そのまま素手で材料をこねて
きびだんごを作りました。
きびだんごは、
常温のままで、乾燥しないように
皿の上に布をかぶせただけで置いておきました。
翌日、きびだんごでキジと犬とサルを誘い、
鬼ヶ島侵攻作戦を開始します。
ところが、きびだんごを食べたキジたちは、
進軍中に突然の嘔吐と下痢を起こして、
戦線を離脱しました。
このため桃太郎は、
鬼ヶ島侵攻作戦を断念してしまいました。
鬼たちは喜びましたとさ。
傷のある手指できびだんごをこねて、
常温で長時間(一晩)放置したことで、
黄色ブドウ球菌が増殖して
大量の毒素を発生させてしまいました。

黄色ブドウ球菌の毒素は、
身体の中に入ると最短30分ほどで、
嘔吐するほど速効性があります。
平成12年6月に
雪印の大阪工場で製造された
低脂肪乳などにより食中毒事件が発生しました。
6月27日大阪市保健所に
最初の食中毒患者の届け出がありました。
調査の結果、
雪印乳業の北海道にある工場で製造された
脱脂粉乳が停電事故で汚染され、
それを再溶解して製造した
脱脂粉乳を大阪工場で原料として
使用していたことが判明しました。
その脱脂粉乳に、
黄色ブドウ球菌が産生する毒素が
含まれていたことが原因でした。
大雪による停電で作業が長時間止まったけど、
再加熱すれば菌は死ぬから大丈夫と
工場の職員が判断してしまいました。
これが大坂市内の学校などに提供されて、
合計13.420人に
健康影響を生じさせてしまいました。
このときの雪印の社長が、
マスコミに詰め寄られて
「私は、寝てないんだーっ!」
と逆ギレを起こしたシーンが
テレビで繰り返し報道されました。
雪印社長の逆ギレ映像は、
健康危機管理における対応の失敗事例
として「教材」となっています。

実は昭和30年に、
雪印は「八雲工場食中毒事件」を起こしています。
原因はまったく同じ、
学校給食の牛乳に含まれた
黄色ブドウ球菌の毒素でした。
このときの社長は、
「この教訓を忘れないように」
と社員手帳に印刷していました。
しかし数十年後の社長は、
いつまでもこの事件を
社員手帳に掲載しておくこともないだろう
と削除しました。
その結果、黄色ブドウ球菌の毒素の教訓を、
社員は誰も覚えておりませんでした。
会社を生かすも殺すも、トップ次第。
「菌は死すとも、毒素は死せず」
は大事な教訓です。
水を制するものは、公衆衛生を制す。
水になれ!
ご安全に
これまでのハベレオ通信で、
3つのキャッチフレーズが誕生しましたが、
これも加えたいと思います。
