軍事を医学に例えると、安全保障は免疫のようなものである
2004年2月26日木曜日の
午後7時30分に、
京都府園部保健所に匿名の電話がありました。
「丹波町の養鶏場で、1000羽の鶏が毎日死んでいる」
それは、
20万羽を飼育する養鶏場で起こりました。
その前にあった
京都府家畜衛生保健所の職員からの
問い合わせに対しては、養鶏場の経営者は
「特に変わりはない」
と答えておりました。
しかし、不安に思った養鶏場の職員の一人が、
保健所と家畜衛生保健所に
電話をかけてきたのです。
検査の結果、
鶏が死亡した原因は、
高病原性鳥インフルエンザでした。
この養鶏場の経営者は、
最初に隠蔽した、ということで非難され、
自殺をしました。
飼っていた20万羽の鶏は、
蔓延防止のために殺処分されました。
このとき
京都府知事からの災害派遣要請で、
史上初めて陸上自衛隊第3師団が出動しました。
防衛省内でも、派遣に応じるかどうかで、
意見が分かれたと聞いています。
現地の第三師団では、
京都府知事の要請に応えたいという意見が強く、市ヶ谷の防衛省では派遣要請に応じると、
今後同じ要請が日本全国で発生して、
自衛隊の訓練や本来業務に支障が生じるので、
見送るべきであるという意見が強かったのです。
結果は、
派遣要請に応じて、出動することになりました。
その後、
全国各地で発生した
高病原性鳥インフルエンザの事案では、
自衛隊への災害派遣要請が
相次ぐことになりました。
この事案から、およそ20年経過しました。
さすがに、
自衛隊丸投げはよくない
という流れになっています。

私が大陸の軍の参謀なら、
次のような作戦を考えます。
まず、高病原性鳥インフルエンザウイルス
を感染させた渡り鳥を
日本に向けて放ちます。
渡り鳥はさながら
大陸弾道ミサイルのように
海を越えて日本列島の飛来地に到着します。
そこから養鶏場の鳥が感染すれば、
日本国内では、
将棋倒しのように殺処分が開始されます。
各都道府県知事は
自衛隊に災害派遣の要請をします。
各自衛隊の師団では、
派遣要請に対応して、
部隊の一部をさかざるを得ません。
その隙に、侵攻作戦を展開すれば、
日本は鳥インフルエンザへの対応のために、
出遅れることになります。
我が国の自衛隊員は25万人しかいません。
北朝鮮の軍隊は陸上部隊だけで110万人、
大規模な特殊部隊も有しています。
化学生物兵器を搭載できる
各種ミサイルも有しています。
戦争は反公衆衛生的な行為であり、
絶対に許すわけにはいけませんが、
公衆衛生的に
いろいろと考えておく必要があります。
我が国に手を出すと、
火傷しますよという能力を示す必要があります。
毒を持つ生物は、
派手な色で警告をしています。
日本は地味なように見えますが、
実は派手なんですというシグナルを
常に周囲に発しておくことが、
予防につながります。

元東京都知事の猪瀬直樹さんの
「昭和十六年の敗戦」は、
戦前に内閣に設置された
総合戦研究所を描いております。
この研究所の所長となった飯村穣陸軍中将は、
新進気鋭の若手官僚、
民間人、
陸海軍軍人
から俊英を集めました。
こうして集められた研究生たちが、
検討した結果、
「日本必敗」の結論を導き出します。
南方作戦の推移は長期戦必至となること、
あわせて北方問題の危険性を説き、
結局日本の国力はその負担に耐えられず、
従って敗北すると想定し、
国力充実を未だとして、
戦争の不可能なこと
を結論としました。
日米開戦は、昭和16年12月8日ですので、
その前に日本必敗の研究結果を
とりまとめた所長以下の研究生たちは
大したものです。
実際の歴史は、
最初の真珠湾攻撃と最後の原爆以外は、
この研究結果のとおりに進行していきました。
研究結果を熱心にメモを取っていた
東條英機陸軍大臣は、
「これはあくまでも演習と研究であり、実際の作戦とは全く異なるものであることを銘記するように」
と発言しています。
この研究結果は、秘密とされ、
公表はされませんでした。

飯村中将は戦後、本を出版しています。
その中のくだりが興味深いです。
以下、原文を挙げます。
神は人体に防衛力を与えた。
病菌の侵入に対しては、
皮膚が第一線の防衛戦であり、
これを突破して体内に侵入してきたものに対しては、白血球が猛烈にこれと戦う。
もし病菌が、この戦闘に勝って、
さらに体内に侵入しようとすれば、
リンパ線とという第二防衛線に衝突する。
この関門が突破されて、
病毒が全身に侵入すれば、人は死ぬのである。
死を免れようとして医者にかかり、
外国軍の増援にあたる医者が、戦闘に加わる。
やむなくして、手足を切断するのは、
領地の割譲のようなものである。
これを免れんとして、
サルファ剤やペニシリンを使用し、
白血球に加勢して病毒の殲滅を期する。
患部を冷やす冷罨法は敵
の糧道を断つためであり、
患部を温める温罨法は
わが糧道の兵力輸送を強化せんがため
のものである。
一個の体内の、戦闘組織もまた巧妙である。
軍事力を医学にたとえています。

安全保障は、
いわば生物の免疫のようなものです。
免疫不全の状態で、
激動の世界を生きていくことはできません。
VUCAの時代です。
昨日までの延長線上や、
成功体験だけで乗り切れるほど
未来は単純ではありません。
歴史を学び、
これから訪れる
「既にある未来」に対峙しましよう。
防衛省に勤務していたときに、
ミリタリーメディスンの入門書を書いてみました。
医学と公衆衛生学と産業医学の歴史の混ぜご飯のようです。
本文はともかく、参考文献はためになります!
コーヒー一杯よりも安い値段で、歴史と既にある未来が学ぶことができます。
知的好奇心のある方に、おすすめのnoteマガジンです。
表紙の写真は、アメリカ海軍の病院船マーシーです。
ちなみに、横浜の氷川丸は、戦時中に病院船として使われた沈まなかった奇跡の船です。埼玉県の大宮にある氷川神社に守られていました。
日露戦争は、
日本の病院船v.s.ロシアの病院鉄道の
衛生の戦いでした。
このとき従軍していたロシアの軍医コロトコフが、聴診による血圧測定を考案しました。
選挙ポスターの写真に聴診器を使う先生がた、
ご存知でしたか?
korotokoff soundsは、医師国家試験にひっかけ問題として使われますよ。
医学生の皆さん、知ってた?
