【イギリス英語のスラング】Bog-standard ―なぜ「沼地基準」が「ごくふつう」なのか【第10回】
「bog」という英単語を辞書で引くと、まず「沼地」と出てくる。
ところがイギリスでは、この語にもう一つ別の意味がある。スラングとしてだが、広く通用しているのが「トイレ」だ。
「I'm on the bog」と言えば、「トイレに入っている」という意味になる。
そんな「bog」が使われたちょっと不思議な表現がある。それが今回紹介したいスラング、「bog-standard」だ。
「平凡」「ふつう」を意味するスラング
「bog-standard」の意味は、「平凡」「取り立てて特徴がない」「ごくふつう」といったところだ。
I'm staying in some bog-standard hotel up the road.
(ちょっと先のごくふつうのホテルに泊まってるんだ)
このように用いるが、ただ、ニュートラルに「ふつう」と言うのとも少しニュアンスが異なるようだ。
Wiktionaryに「informal, derogatory」と注記されているように、「特に見るべきところもない」「期待するほどではない」という軽い侮蔑や諦めのようなニュアンスを伴うことが多い。
たとえば、こんな感じ、
It's just a bog-standard CD player.
(ただの安物のCDプレーヤーだよ)
メカノ(Meccano)由来説
ところで、なぜ「沼地」やら「トイレ」やらを意味する「bog」が、「平凡」につながるのだろうか。
その理由を示すよく知られた説がある。
20世紀初頭に創業したイギリスの玩具メーカー、メカノ (Meccano)社が展開した子供用組み立てキット、その名も「メカノ(Meccano)」に由来するというものだ。
メカノは当時、「Box Standard(標準版)」と「Box Deluxe(豪華版)」の二種類が展開されていたと言われる。「Box Standard」とは、箱から出したままの、改造していない標準版の製品だ。
ここから、標準状態を指す表現として「box-standard」という言葉ができ、その派生として「bog-standard」が生まれたという説である。
この話は、2005年、イギリスのクイズ番組「QI」で俳優のスティーヴン・フライ(Stephen Fry)が紹介したことで一気に広まった。
ただし、語源研究サイト「Phrase Finder」では、この説はきっぱり否定されている。
「box-standard」という言葉自体は存在するものの、肝心のメカノで「Box Standard」「Box Deluxe」というラベルが実際に使われていた証拠が見つからないからだ。
メカノ説のもう一つの弱点は、時系列が合わないことだ。
「bog-standard」の文献上の初出は、1968年10月の雑誌「Hot Car」だとされている。
一方、「box-standard」の初出は1983年。雑誌「Computerworld」に掲載された、発明家・起業家のクライブ・シンクレア卿(Sir Clive Marles Sinclair, 1940年〜2021年)の発言が最古の用例にあたる。
「box-standard」の方が「bog-standard」より15年も新しい。
仮に両者の間に影響関係があるとすれば、「box-standard」が変化して「bog-standard」になったのではなく、その逆、「box-standard」が「bog-standard」をもじって生まれた可能性の方が高い。
その他の俗説「British or German」
ほかにも俗説はある。
たとえば、「BOG」は「British or German」の頭文字で、19世紀後半のイギリスとドイツの製造業の隆盛を反映したものだという説がその一つ。
しかし、これも筋が通らない。
両国の製品が高品質で知られていたのなら、「bog standard」の意味は「高水準」となるべきだ。それがなぜ逆の「平凡」を意味するようになったのだろうか。
つまり、多くのスラングと同様、「bog-standard」に関してもその語源ははっきりしないということだ。
首相報道官の一言で一気に広まった
語源は不明なまま、このスラングはひっそり使われ続けていた。それが一気に国民的に知られる表現になったのが、2001年2月のことだ。
当時の労働党政権、トニー・ブレア(Tony Blair)首相の報道官アラスター・キャンベル(Alastair Campbell)が、教育政策に関する記者会見で以下のように発言した。
The day of the bog-standard comprehensive school is over.
(旧来の画一的なコンプリヘンシブ・スクールの時代は終わった)
「コンプリヘンシブ・スクール(comprehensive school)」は、学力選抜を行わない公立中等学校のことで、日本の公立中学に近い存在である。
報道官の発言は、政府がこの種の学校を「平凡で取り柄のないもの」と見なしていると受け取られた。教員組合や校長会からは、「コンプリヘンシブ・スクールへの侮辱だ」と強い反発の声が上がったという。
それまでスラング辞典の片隅にあった「bog-standard」が、政治家・教育関係者・メディアを巻き込んだ議論の中心に躍り出た瞬間である。一夜にしてイギリス中の全世代が知る流行語となったと言っていい。
その結果、イギリスでは、「取り立てて特徴がない」「良く悪くもごくふつう」と言いたいときの便利な表現として「bog-standard」は完全に定着したのであった。
参考
・Bog standard, Phrase Finder
・bog-standard, Wiktionary
・bog, Wiktionary
・box-standard, adj., Oxford English Dictionary
・Bog-standard, Harry Potter Lexicon
・Are you a bog-standard secondary?, Tes Magazine
・common or garden, garden-variety, bog-standard, regular, Separated by a Common Language
