不登校な中2次女との夜中のおしゃべり〜ドラマ「ぼくたちん家」、再登校への道、「変な人」考
12月14日は、中2次女と18歳長男とともに「ぼくたちん家」(日本テレビ系)最終回を観た。
次女はしばらく「はぁ〜、良かったなぁ。終わっちゃったなぁ」と何度も繰り返していた。
とても心が温まるドラマだった。
パートナーシップ制度についてなど知る機会になったし、登場人物がみな、欠点も含めて愛すべき人々で、同性愛当事者ではない立場としては、総じて良いドラマだったなと思う。
当事者の方はまた、違う感想をもつのかもしれない。
すべての人がすべてのことに「思いやりを持てたら」と話していた長男の言葉とも重なった。
詳しくは書かないけれど、最終回だけに出てきた中学生の男の子が、波多野さんと作田さんと出会って「つらいのとうれしいのハーフ&ハーフ」と涙をこぼすシーンがとても良くて、このドラマのすべてが詰まっているなぁと感じた。
※「ぼくたちん家」でゲイ当事者の視点で番組に携わったインクルーシブプロデューサー・白川大介さんのインタビュー記事が良かった。こちら
それで気持ちが高まっていたのもあると思うけれど、次女がセンチメンタルになっていて、しずかに涙を浮かべながら、ときに声をつまらせながら、2人きりになったリビングで、自分のこれからについて語りはじめた。
私は「間違い」や取りこぼしがないように、物音を立てず、最低限の頷きで次女の話を聴いた。
次女との会話で、私はよく「間違い」をするのだ。早とちりしたり、要約して間違えたり。
その瞬間次女はなんとも悲しげな顔をして、もういい、と言葉を閉じてしまう。
そうならないように、頷きすら気をつけた。
次女が学校を休み始めて、1年半が経った。
「私、、小学校のときも中学の時も、どうして休んだんだっけ」とつぶやく。
「休んでは来て、休んでは来て、という子がクラスにいたの。私も、もしかしたらこんなに休まないやり方があったのかもしれないなって」
私は言葉を選びながら言う。
「小学校でも中学でも休み始めたとき、次女はパンパンになるまで頑張ってて、それが破裂してしまった感じだったよ」
そして、重ねる。
「ずっと見てきて、1年くらい経ってだんだん力が蓄えられてきたのを感じていたよ。夏に『勉強をやる』と決意してから、すごい追い上げで、ついに2年生の夏休み前までには追いついたじゃん。それだけ、エネルギーが満ちてきたと感じていたよ」
次女は鼻をすすり、小さく頷きながら聞いていた。
人とのコミュニケーションが少し苦手な次女が、新しい環境になじもうと、恐らくキャパオーバー気味に人とのかかわりにエネルギーを費やしていた。
それがバーンアウトしてしまったように見えた。
次女の世界は当時0か100で、自分に厳しく、そこから外れた自分はダメなんだとさらに追い込んでいた。
登校と休み、遅刻早退などを織り交ぜるのは当時の次女には、むずかしかった。
1年半の間に、徐々に「これでもいいか」と妥協することを覚え、間違った自分を許せるようになっていった。
そのための1年半だったと思うよ、と私は言葉を継いだ。
「すごく成長したよね」と聞くと「うんうん」と大きく頷いて、少し笑顔がこぼれた。
そのときそのときの判断は、全部、そのときの「最善」。
決して後悔しなくていい、ああすればよかった、こうすればよかったと、言わなくていい。
次女は、できれば2学期末の終業式に出てみたいのだと言う。今はそれが少し怖いと。
このために勉強をがんばってけじめをつけようとしていたので、行きたい気持ちが大きいようだった。
少し元気になってきた次女と、今度はリラックスして、もう少しいろいろ話した。
次女の頭の中には、13人のキャラクターがいて、それぞれ次女とは性格も姿形も異なり、悩みも特性も違うのだという。
その13人は、いったんキャラクターづけをしたら、次女の頭の中で自由に生きていて、時々次女が考えもつかないことを言い出すらしい。
そのうちの1人に相談を持ちかけたら、全く話がかみ合わなくて困ってしまったと。
でも、そのような悩み相談をするような物語を書いてみたいのだそうだ。
次女は「ジョジョの奇妙な冒険」を読んでいるのだけど、作者の荒木飛呂彦さんの作品に、「変人偏屈列伝」がある。
「変なことに一生を捧げた実在の人々が描かれている」と次女が教えてくれた。
それを読んだとき、なんて素敵なんだと思ったと次女。
「変人」とされる人が当たり前のように物語の中で生きているのを見ると、次女はとてもほっとするのだという。
自分も、このままで良いんだ、と。
だから、そんな「変な人たち」の話を描いてみたいんだと言う。
頭の中にいる13人は自由に頭の中で生きているけれど、人生相談みたいな形で表面に出してあげたいのだそうだ。
変な人が出てくる話に元気づけられるのは、私もとても良くわかる。ずっと「変わっている」と言われ続けていたからだ。
考えたことやひらめいたことが理解されないことも多かった。
だから「変わった人」が当たり前のように生きる世界は、自分を肯定できるので好きだった。
世界がみんな、そうであるとよいと思う。
でも私は時々「寛容ではない人(と私が感じる人)」に怒ったりがっかりするというようなことがある。
「私は生真面目で、これはいいけど、これはダメと言いがちで。それは違うよ、とお父さんや子どもたちに窘められるよね」と次女に言ったら、「そう、時々お母さんは思い込みとかで熱く語るけど。でもね、私、それもお母さんの魅力だなって思うよ」と言ってくれた。
また私の数倍大人な次女に励まされた気分。
次女が言うには、たとえばAという事柄に「嫌だ」という意見があるとする。
多様性というのは、反対意見や否定の言葉も飲み込むものだと思うと次女は言う。
受け入れるのがつらいときは、距離を置けばよいのではないかと。なんでも受け入れようとして、あえて傷つく必要はない。
長男は「多数派」「少数派」という「数」ではない、一人ひとりが大事にされる、それが「多様性」だと話す。
自分の産んだ子どもだけど、完全に別な人格であり、もはや学ぶことばかりになったんだなぁと感じる。
親ができるのは、子が話したい時に話を聞くことと、押してほしい時にそっと背中に手をやることくらいだ。
最後には、次女は心がだいぶ軽くなった様子で、「寝よ、お母さん」
と言って席を立った。
話している最中、夜中12時に次女は誕生日を迎えた。
14歳。
誕生日、おめでとう!!
あなたが大好きよ。
