田んぼの中を1時間歩く
昨日、私が通勤に使う車を午後、夫が使うことになり、職場まで送ってもらった。
さて帰りはどうしようか。
ひと駅だけ電車に乗り、降りた駅から2.5キロの道のりを歩こうか。
それとも、職場から家までの5キロの道のりを歩いて帰ろうか。
歩いていればいつかたどり着くのだから、歩くのもやぶさかではない。
夫からLINEが入る。
「駅駐車場に車を停めておいた。電車で戻ってきたら、スペアキーで乗ってね」とのこと。
職場を出て最寄りの駅に向かうと、既に電車が出発したあとだった。
ただいま午後6時。
次の電車は、6時55分。
駅まで5キロ。
歩きましょか。
車道の脇の、草がたくさん生えている歩道を、ただひたすらに歩く。
タッタッタッとリズミカルな足音が聞こえて、ランナーが通り過ぎていった。
この道は、ネパールから特定技能外国人として会社に働きに来ていた子たちが、買い物のたびに歩いた道だったなと思い出す。
彼女たちは、コンビニもないこの地で、週に一度のペースで、スーパーや店のある街なかまで、3キロほど歩いて買い物に出かけていた。
真夏は遮るものもなく照り返しで暑く、冬は雪で歩道が埋まった。
タクシーで往復すれば3000円以上かかる。
時には遅くまで残業しながら、1日農場で働いたあとの買い物で、彼女たちは本当に大変だったろうなぁと、あらためて思う。
彼女たちが辞めた理由の1つは、この「何にもなさ」だったのもあるだろうなぁ。
時々私は部屋に呼んでもらって、カレーとかネパールの甘いお菓子をいただいたりした。
いつもケラケラ楽しそうに仕事をしていて、職場を明るくしてくれていた。
日本語も、こちらの濃い目な方言もどんどん上手になって。単身で出稼ぎに来る女性は多く、故郷にいる子どもの写真を見せてくれたりもした。
なにしろ逞しかったな。
いま、時折覗く彼女たちのFacebookには、新たな地で海に行ったり祭りに行ったり、イルミネーションを観に行ったりの画像が載る。
楽しそうで何よりだ。
時々はこの田舎のことも思い出すのだろうか。
私が時折夕焼けのなかのハウスや近くの山をFacebookにあげると、彼女たちのうちの何人かがいいねしてくれる。
田舎は田舎で、悪くはないよね。
彼女たちを思い出しながら歩いているうちに、道が分かれる。
駅に向かう道と、自宅に続く道と。
タッタッタッとリズミカルに前から走ってくる人がいる。さっき私を抜いていったランナーが戻ってきた。
ペコリと互いに会釈する。
駅の方の道を選ぶ。
こちらは、田んぼのなかの1本道。
すっかり根を張り青々と茂り始めている稲が風に揺れ、サワサワしている。
風が吹くと、水面も揺れる。
ごぽんごぽん。
音の正体を探ろうと見回しても、よくわからない。
ふと、隣を流れる用水路に目が留まる。
ごぽんごぽん。
これだ。
水が、壁にぶつかるときに出るみたい。
きれいな透き通った用水が流れている。
どこからきて、どこにいくのか。
田んぼにも、この水が注ぎ込まれているのかなと、田んぼに目をやる。
このあたりは山の雪解け水が流れていて、朝晩は真夏も気温が低め。
だから野菜も米も甘くておいしいと言われている。
それでも近年の高温と渇水で、農家さんはみんな大変な思いをしている。
大きくなあれ、と稲に願う。
幹線との交差点の信号が見えてきた。
駅まであと少し。
いまの時間は午後6時40分。
田んぼを離れ、住宅地に入る。
少し日が沈んできたけれど、まだ明るい。
そうか、もう夏至は過ぎたのだっけ。
もうこれからは日が短くなっていくのか。
まだ夏前なのに、少し寂しい。
最後の角を曲がる。
駅に到着。
現在、7時2分。
6時55分の隣駅発の次の電車がちょうど入ってきたようだ。
駅から人が出てきていた。
電車が来るまで駅で待っていたら、いま着いたのか。ふむ。しばし、考える。
それでも、1時間何もしないで駅でスマホをいじっているよりは、1時間歩いたほうが健康的で健全だ。
電車代も安くない。
なにより、田んぼの中を歩くのはなかなか楽しい。
時々歩いて通勤も悪くない、かも?
駐車場に、私の通勤車を発見。
相棒に懐かしさすら覚える。
さてさて、買い物して帰りましょかね。
