18歳長男、卒業式に初めて出席する
2月最後の金曜日、長男が3年間通った通信制高等学校から電話がかかってきた。
「さきほど、卒業の許可が出ました。おめでとうございます」
電話の向こうから、担任の先生の元気な、いつものコロコロ転がるような楽しげな声が聞こえた。
「卒業式をしましょう!息子さんと、お父さんとお母さんと、私たち教員だけで。来られますか」
もちろん行きます!と答えた。
長男は、小学校も中学校も、卒業式には出なかった。
小学6年のときは夫が児童席に座り、名前を呼ばれると「はい」と答えて代わりに卒業証書を受け取った。
中学3年のときは、私と夫が正装をして先生方がおられる講堂に出掛け、姿勢を正して夫が卒業証書を受け取った。
持ち帰った証書を、長男はチラッと一瞥したのみであった。
今度の卒業式は、私たち3人と先生方だけのものだけれど、長男にとって初めての卒業式への出席となる。
感覚過敏やコミュニケーションの難しさなどの自閉症スペクトラムの特性や、社会不安障害に加えて場面緘黙(かんもく/特定の場所で声が出なくなる社会不安のひとつ)もある長男。
小学校2年から中学3年まで、長男は学校には行かなかった。
行く気に全くならないようだった。
成長の「時」もあったのだろうけれど、転機のひとつになったのは、中3の担任の先生との出会い。
Googleスプレッドシートを利用したメッセージや課題のやりとりを通して、長男が初めて心の中を見せた先生だった。
その先生は、スプレッドシートの中で、弱いところもある自分をさらけ出してくれた。
弱さを見せる先生など、長男は出会ったことがなかった。
先生というのは、いつでも強かった。
そして、長男をひとりの弱い生徒としてではなく、1人前の人間として尊重してかかわってくださった。
やがて、誰にも話さなかった心のうちを、死にたいと思ったことさえもある心のうちを、長男はシートにそっと書くようになった。
この出会いがあったから、通信制高校への進学を考えることができて、高校の先生と出会えた。
通信制高校は、初めて本人の意思で入学することを決め、初めて自分の意思で勉強に取り組んだ場所。
この3年間は、長男が自分を受け入れ、羽ばたく準備をする時間となった。
もう死にたいなどということはなく、いまもいろいろな本を読んではよりよく生きる道を模索し続けている。
5歳の時、3歳の弟に答えて「人が生きるのは、誰かの涙があふれておぼれないようにするためだよ」と言ったように。
最後の登校日の前の夜、私の指導で生まれて初めてミシンをかけてランチョンマットを作り、最後の課題を終えた。

「最後の登校日に、長男君といろいろ話したんですよ」と、担任の先生はコロコロと電話で教えてくれた。
私と長男とで「森や発酵食品で、働く場を作りたいね」と話していたことを、夫が先生に伝えたらしい。
「長男君、代表取締役とかになっちゃうのー?」
と先生が長男に言うと「いや、さすがに専務でしょう、長男は」と笑う夫。
長男はその横でコクコク頷いていて、なんだか嬉しそうだったんですよ、とそのときの状況を伝えてくれた。
長男が対面で人に感情を表したり、話したりできるようになったのは、家族以外ではこの担任の先生が初めてなのではないだろうか。
どんな人も受け入れ、生徒たちの個性を把握し、それぞれに合わせた柔軟な対応をしてくれる、パワフルな朗らかな、それでいて細かい感情の揺れに気づいてくださる先生。
そんな先生との出会いは、きっとこれから先、長男にとって大きな力になるだろう。
初めて、長男にとって居場所のひとつとなった学校。この学校を、3月に卒業する。
長男の気に入っている、私の祖父のジャケットを当日着ていこうか。晴れの日のために。
