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学校行けなくなった小6三女の運動会

中3次女と小3三男がこの春から不登校の時を経て学校に行き始めた。
と思ったら、4月の終わりごろから、5年間学校に通い続けていた小6三女が行けなくなった。

はじめは、風邪を引いて喉が痛かったから。
そのうち日数が経つと行きにくくなっていった。

三女は、長男、次男、次女が相次いで学校にいけなくなったのを目の当たりにして「私はあんなふうになりなくないからがんばる」と言ったことがあった。

自分が行けなくなったときに、自分のことをゆるしてあげられるといいなと、少し気になっていた。

やはり案の定というか、休み始めてすぐ、「クラスメイトが長く休んでいる自分をどう思うか怖い」と言い、目がうつろになっていた。
じゃあ、もし友達が何日も休んでいて、ある日来たらどう思う?うれしいのじゃない?と聞くと、うん、、と頷く。

でも三女は怖い。
自分が「休むきょうだいに」悪く思ったように、自分のことを悪く思う人がいないはずない、と。

宿題ができなくなった。
やっても時間がかかって、学校でやることになる。
すると、これまで自分で「あの人、宿題やらないなんて」とマイナスに見てきたから、そう周囲に自分が思われてしまう、それが怖くて、やろうとしても手につかなくなった。

「宿題なんてやらなくていい。一番大事なのは三女自身であって、なにも持っていかなくたって三女が学校に行くほうが、先生はうれしいんじゃない?」
と言っても納得はせず。

遅刻も早退も、親に送ってもらうのも、家まで親の車で帰るのも、ぜんぶぜんぶ、、
いままで自分で「だめなこと」だと思っていたから、それを自分がやることに強い抵抗がある、そのような悪循環にはまっているようだった。

自分をゆるせなくなっているように見えた。

それに加えて、以前になかった立ちくらみの頻発、午前中は元気が出ないなど、「起立性調節障害」(自律神経のバランスの乱れ。思春期に起こりやすいが、20歳前後まで続くことも)のような症状もあり、朝起きるのが身体的にもしんどそうであった。

ほかのきょうだいの不登校になる兆候の、身体のこわばり、据わった目などの状態まではいかないけれど、涙もこぼれ精神が安定しない様子だったので、しばらく声はかけつつも学校は休んだ。

3週目のころ、顔色も良くなりだいぶ元気になったかなというタイミングで、放課後に担任の先生に会いに行くことになった。

担任は若く見えるけれどとても落ち着いていて、笑顔がキラキラな男の先生。
三女はなんでも話せると先生を気に入っていて、放課後の学校に行くのは抵抗がないようだった。

先生と2人、誰もいない教室で話をしたりトランプをしたりプリントをしたりしてすごし、それを3回ほどやった。
3回目に、運動会の話になり、三女は「校庭の隅っこのほうで見たい」と自ら言ったのだそう。

迎えに行ってその話になったら、先生は「それでいいと思います!」とニコニコと三女の提案を受け入れていた。

6年間最後の運動会。
最後だから、徒競走はともかく、団体種目のこれとか、6年生が花形のあれとか、出てみたら?と親としては思ってしまうわけだけども、三女は「見てるだけでいい」とか「花形のあれ」は遠くから眺めたことがないから見るのが楽しみと決意は変わらないようだった。

「ひとつだけでもやってみようよ」とは言わない先生だった。「もっと、もっと」と言わないのは、できそうで、なかなかできない。

意思を汲んでもらった三女は、自分の決意が間違っていなかったと安堵し、さらに心が回復する。
すごい先生だと思った。


さて昨日はその運動会の当日。

1年生の運動会に出て以来学校を休んでいた三男を応援するのが今回は目玉だった。
三女と、シートに座る。

いままで、運動会というのは次はこっち、次はあっちと場所を変えながら応援するものだったので、シートはあっても座って観たためしがない。

見る対象が1人というのは、こんなにも落ち着けるのかと感激した。

三男は徒競走は一生懸命走り、ぴょんぴょんとニコニコしながら出番を待っていたりと、運動会を楽しんでいるのが伝わって、私もうれしかった。

三女は率先してカメラを構えて三男を撮り、やはり機嫌よく過ごしていた。

朝の時点で担任の先生と、昨年の担任の先生には挨拶していて、「よく来たね!うれしいよ」と言ってもらいだいぶ気が楽になっていた様子だった。

次は高学年の徒競走というとき、予想外のことが起きた。
6年生の徒競走の集合場所が、たまたま三女の目の前だったのだ。

なるべく離れたところから見ようとしていたのに、よりによって目の前。しかも出番まではまだ時間がある。
大丈夫?と隣の三女を見る。困ったような、照れたような顔をしている。

すると。
ひとりの女の子が三女の存在に気づき、とってもうれしそうに手を振ってきた。
次いで隣の子、隣の子、そのあたりにいた子たちが「〇〇ちゃん!」と、次々とにこやかに手を振ってきてくれたのだ。

三女はというと、一人ひとりにはみかみながら手を振り返す。

そのことが、だいぶ三女にはうれしいことのようだった。
自分のことを悪く思っていると思い込んでいたのが、違ったのだから。

徒競走の後、やらないと決めていた6年生の「花形のあれ」が始まった。

しばらくして三女は「これ、出たかったな。出ればよかったな」とつぶやいた。

そうだよね。出たかったね。練習したものね。
また機会はあるよ、大丈夫。

慰めにも励ましにもならないなと思いながら、私も声をかけた。

次の種目のとき、今度は担任の先生がシートまで来てくれた。「どうだった?来てみて」

「うん、よかったです」と三女。「でも」

三女は少し言い淀む。

「でも、あの花形のは、見ていて悔しかった」

「悔しかった?」と先生。

「出たかったなって」と三女が言うと、先生はうんと頷き、「悔しかったんだね。出たかったって。その言葉が出ること自体、すごいなと思うよ、先生は。だって、全然興味も抱けないような状態だったのが、心を動かされたんでしょう?すごいことだと思うよ」

三女は一瞬驚いたような顔をして、それから、「そっか」と小さく笑った。
悔しいと思うこと自体が、前向きになったという表れだったと言われて、納得したようだった。

先生に、さっきのみんなが手を振ってくれたという話をすると、先生のほうがそのことに感動していた。
「ね、だあれも、悪いふうに思ってないでしょ?心配はするし、来てほしいなぁと思っても、何で来るんだろう、なんて思わないよ」

三女の顔が少しあがって、「うん」と頷いた。

それから、たぶん三女の様子を見ながら言う機会をうかがっていたのだろう、おもむろに先生は提案してくる。

閉会式のあと、アルバムに載せる集合写真を撮るのだという。「〇〇さんも、写らない?」

うーんと悩む三女に、「いまみんなが着ている衣装、〇〇さんのもあるよ。着てみる?」と先生が言うと、三女は頷く。私服で写真に写ることに抵抗があったらしい。

閉会式が終わり、三女は意を決して立ち上がる。と、そこへ「〇〇ちゃーん!!一緒に写真撮ろう!!」と、数人の女の子が三女を誘いに来た。

実は先生が数人の子に耳打ちをして、そのようにしてくれたのだけど、三女にはやはり友達が迎えに来てくれたという事実はとてもうれしく、向こうの方でハイタッチをしたりハグをしたりする姿が見えて、私もなんだかほっとしてうれしさがこみ上げた。

三女は空気を読んだり、人の気持ちを先回りして考えすぎてしまい、自分の欲求をないがしろにする面がある。

たぶんそれは、個性的なきょうだいに振り回されることからきた、彼女なりの処世術によるものだったのだと思う。

学校では本人の明るさとか、本当はおしゃべりが好きな面とかが出ているようだけれど、我が強くないのもあり「いつも一緒にいる友達」がいないのが、少し寂しいのだと以前話していた。

こないだは「私のよいところって、なんだろう」と聞いてきた。

「自分」とはなにか、いま、考えている時期なのかもしれない。

家より断然学校が好き!と休みも惜しんでいた3年生の頃の三女はもういない。

でもこの数週間、「自分」を見つめ直して、そのうえで運動会を見に行くと決めた三女は、新たなスタートをまた切れるのかもしれないと感じた。

「振替休日のあとの火曜日、私、学校に行けそうな気がする」

運動会の高揚もあって出た言葉だろうけれど、一瞬でもそう思えたのはよかった。

ちょっと特別な、三女の最後の運動会だった。


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