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デスノートが現実に!?キュリー夫人のノートは今も放射線を出している🌈

かつて「週刊少年ジャンプ」で連載され、映画・ドラマ・アニメなど幅広いメディアで展開された人気漫画『デスノート』。

「もし、この世界にデスノートがあったら」

もちろん、ありません。

ですが、

「手に取るだけで危険なノート」

こちらは存在します。

19世紀後半から20世紀前半にかけて、科学界では、

「女性が活躍するのは難しい」

と言われていました。

この時代に、第一線で活躍し、数々の成果を上げた女性研究者がいます。

それが、『マリー・キュリー』。

彼女が残した実験ノートが、「世界一危険なノート」として、その名を轟かせているんです。

その理由は、

「放射線を出しているから」

キュリー夫人は、1898年、夫ピエール・キュリー協力のもと、(自然界における)新しい放射性物質『ポロニウム』と『ラジウム』を発見。

これは、

「『放射能』という新たな科学分野を切り開いた新発見」

物理学と化学の枠組みを変える重要な発見でした。

そして、彼女の死後、自宅はパリ原子物理学研究機関とキュリー財団が1978年まで使用。

しかし、家の中には、大量の放射性物質が残っていました。

その危険性が研究などで明らかになると、それが、彼女の実験ノートにも及んでしまったんです。


かつて、放射能の危険性は、ほとんど理解されていませんでした。

「放射性物質が人体に与える影響を調べずに研究していた」

キュリー夫人は、

『貧困』や『差別』

厳しい環境に加え、放射性物質を扱う過酷な環境で研究を進めていました。

長期間に渡って、高濃度の放射線を浴び続けた結果、健康に深刻な影響を及ぼし、1934年に66歳で亡くなっています。


キュリー夫人が研究を記録したノートは、単なる研究記録という枠組みを超え、

「多くの歴史的価値を持っている」

とされています。

彼女のノートには、

「ラジウムやポロニウムの抽出過程、その特性の研究、さらには、放射能としてどのように作用するのか」

これらについて、詳細が克明に描かれています。


キュリー夫人の実験ノートは、現在、フランス国立図書館に保管されています。

放射線の影響を防ぐため、鉛製の容器に厳重に保管されており、特別な許可なしでアクセスすることはできません。

今では、その記録の全てを、ネットで誰でも簡単に閲覧できるようになっています。


キュリー夫人は、1903年に、ノーベル物理学賞を受賞。

受賞理由は、放射能の研究における輝かしい実績。

そして、1911年には、ラジウムとポロニウムの発見や研究が評価され、ノーベル化学賞を受賞しています。

彼女は、史上初の女性ノーベル賞受賞者。しかも、二度の受賞歴を持つ、唯一の人物だったんです。

彼女の功績は、後の放射線防護策の発展に大きく貢献しています😌

最後まで読んでいただきありがとうございました🌈
 

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