運動で健康は作れない
健康になるために「とりあえず運動しろ」みたいな文化は、正直クソだと思っています。
運動が健康を作るのではなく、健康状態が運動能力を許容する。「運動」は健康という状態をアウトプットした表現物であり、原因ではないからです。
因果が双方向で、大体は順番が逆。
野生動物で考えてみましょう。
運動不足を考慮してわざわざ運動して貴重な体力を浪費するアホな動物はいません。
健康な個体ほどよく動き、弱った個体はあまり動かない。ただそれだけ。
健康になるほど運動というストレスへの耐久度が上がるのであって、ストレスは健康を作らない。
僕なら健康をこのように定義します。
健康とは:環境入力の適応から生じる創発的性質と、その性質が継続的に維持されている状態。
つまり、健康とは正常なインプット(入力)でしか得られないと考えております。
入力によって性質を獲得→アウトプット(運動)によって性質を使用→使用された性質が次の入力を拡張する。=性質の継続ループ。
狙いは獲得した性質の維持であり、運動は獲得した性質を維持するための手段。
「続かない、すぐ疲れる、動きたくない」と感じるなら、動くな。
健康に影響するインプットランキング
1位 日光、概日リズム(睡眠も含む)
2位 食事(栄養)
3位 環境毒素(空気や化学物)
4位 心理、社会ストレス
5位 身体活動
自分で勝手につけたランキングですが、多分これで大体あってます。
不健康=インプットのズレ
現代環境の多くは、健康とは真逆のインプットであることが多い。
室内生活、人工照明、ブルーライト(日光❌)
激務、夜間活動(睡眠❌)
超加工食、炭水化物、植物油(栄養❌)
排気ガス、電磁波、添加物、マイクロプラスチック、重金属(環境毒素❌)
そんな状態での運動は、ストレスの多い身体に更に負担をかけ、満足な回復を得られない。 回復のない運動はただの自傷行為にすぎない。
まずは、生活におけるインプットをできるだけ多く正していくのが最優先事項です。
運動は「薬」のような荒療治
薬は、目的とする効果や結果を安全な範囲で得るための最小有効量(MED: Minimum Effective Dose)を投与すべき。
運動も同じく、ストレスへの曝露は必要最小限にとどめ、狙った効果を発現させるのが最も正しい。
運動そのものは短期的な炎症やコルチゾール上昇、ROS増加などを引き起こす自傷行為に変わりは無い。
しかしその後の回復によって筋力上昇、神経適応、ミトコンドリア上昇などの恩恵が得られる、荒療治です。
曝露後の投資のリターンの有無が、ユーストレス(有益な刺激)と、ディストレス(有害な刺激)になるかを分かつ条件。
単に回復するだけではプラマイゼロなので投資のリターンとして機能しません。
睡眠や栄養入力が不適切なまま運動をしても回復が不十分でダメージだけ蓄積すれば完全に赤字です。
筋トレもなるべく短時間でサッと終わらせるHIITが多くの場合は最適。
ダラダラ長時間のランニング、ジョギングなどは人体にとって有害寄りの動作です。
健康維持に必要な運動量は意外と少ない。
運動はインプットと捉えない理由
ここは最も誤解を生むポイントかもしれません。
「負荷をかけて筋肉や骨に刺激をインプットしてるから入力じゃん。」と思うかもしれません。半分正解ですが、役割としてはアウトプット性の方が勝ります。なぜなら、運動できる量は健康状態に依存するから。
獲得した身体機能を使うことによって、体に定着させる働きをします。使わない機能は失われてしまうため、運動はそれを阻止する。
運動というアウトプットを経ることで、発散後の身体が回復+機能拡張のために次なるインプットを求める。つまり健康は運動外のインプット次第。
インプットのランキングを全て合体した場合、最短で健康になる方法はこうです:変なもの食うのやめて、仲間と外で遊んで自然光を浴びまくり、暗くなったら寝ろ。以上。
