離れれば離れるほど
三連休を利用して、息子が帰ってきている。
仕事も順調、身体の調子も問題なく過ごせていると穏やかに話す様子に、しみじみとした喜びを感じている。
そしてここまで我々一家を支えて下さった方々に、あらためて感謝の気持ちを深くしている。
思い起こせば、息子が大学に入学する為に家を出た当時は、寂しくて不安で、どうしようもなかった。
何か大切にしていたものを、自分の手から無理矢理奪われてしまったような気がした。と同時に、自分の本意に逆らっても息子を手放すのが正解なのだ、そんな下らない寂しさを感じる自分は愚かしくて恥ずかしい、そういう風に思い込もうと懸命になっていた。
自分が嫁ぐ前日の母の姿が、嫌でも思い起こされた。自分はああはならない、子供に執着するなんてことはしない、私は絶対に母と同じ過ちは繰り返さないのだ、と何度も繰り返し自分に言い聞かせていた。
けれど、それらは私の本音ではなかった。自分の感情に蓋をしていたのである。
一方で、何故そこまで息子に執着するのか、私はその根本原因をわかろうとしていなかった。
『世の中』の母親はこういうものなんだ、私もそういう『普通』の人間なんだ、と都合のいい適当な理屈を持ち出して、寂しいと感じる自分を正当化しようとしていたのである。
そして独り立ちした息子を、全く信頼していなかった。
勝手に心配し、息子が傷つくこと、苦労することから守ることが親としての役目だと信じていた。そして息子からのSOSを待つことなく、様々なことを先回りして、私の信じる『大丈夫』をお膳立てしようと必死になった。
それらの行動は全て、息子の幸せを願っているように見えて、実際は自分が『息子を幸せにしている』と満足するためだけに、とっていた行動であった。
しかもその上、息子から『ありがとう』という感謝の言葉をもぎ取ろうとあがいていた。
息子を独立した一人の人間として尊重するのではなく、自分の『所有物』のように振舞い、コントロールしようとしていたのである。
その姿はお恥ずかしながら、自分の見てきた母の姿と完全に同じだった。
初めての一人暮らしの中で感じる、自分の生き辛さに向き合った息子は、遠く離れて漸く、私達親に抵抗する勇気を得た。そしてしばらくの間、ほぼ完全にやり取りを遮断した。
息子の様子が全く分からない私は動揺した。寝ても覚めても息子のことが頭を離れなかった。
子供を心配するのは親として当たり前じゃないか、と仰る方もいるだろう。
けれど、この『頭を離れない』のは、大部分が『私自身が不安でしょうがない』という思いだった。息子を心配しているというよりも、『息子という自分の所有物が自分の監視下にないことを心配する』、そういった感じだったと言っていい。
息子が虚しさを募らせ、益々疎遠になっていったのも当然のなりゆきだったろう。
私が自分と生まれて初めて真剣に向き合い、自分の足で自分の人生を歩み出したら、息子に対してそういう身勝手な心配をすることは皆無になった。
勿論、『ちゃんと食べているかな』『身体は大丈夫かな』とは思う。
けれど常に私の心の奥底に、息子に対する大きな信頼がある。
その『信頼』は『親に心配をかけるようなことはしていないに違いない』という、親目線の身勝手な、根拠のない信頼ではなく、『あの子は何かあっても大丈夫、自分で乗り越えられるだろう』『何か困ったことがあったら、きっと私達親に相談してくれるだろう」というものだ。
息子という一人の人間を、自分と同じように考え、行動し、自分の人生を歩んでいる人間として見ることができるようになった結果、生まれた信頼である。
すると息子は自分から、顔を見せてくれるようになった。
しんどい時はSOSも出してくるようになった。
今はすっかり元通り・・・いや、我が家には『元』はなかった。
私は『今漸く』、我が家が『家族』になった喜びを感じている。
これから先、息子は苦労することもあるだろうし、辛いこともあるだろう。けれどそれらはどれも、息子が乗り越えられるから与えられた経験なのだ。
親の私達が『息子が不幸の中にいる』と勝手に判断して不安になったり、『なんとかしてやらなきゃ』と慌てたり、そういった類のものではない。
経験することそのものを、息子を信頼して任せればいい。
そして私たちはそれを見守って、『いつでも応援しているよ』と伝えさえすればいい。
それが親としての役目なのである。
息子がどんなに遠くに離れていても、今の私は寂しいという気持ちはない。
むしろ離れれば離れるほど、家族としての結びつきを強く感じている。そしてそんな自分に安心している。
これからも力強く歩み続ける息子の姿を、静かに温かく見守りたい。
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