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割れてバンザイ

うっかり皿を割ってしまうのは、あまり気分のいいものではない。
あーあ、やってしもうたわ、と落胆しつつ、細かい破片が飛び散っていないか、見えない目をこらして懸命に探していると、益々気分が下がってしまう。食事の用意をしている時などは特に、食べ物に混入していないだろうか、と気を揉む。
自分の鈍臭さが恨めしくなる。
『形あるものは必ずいつか崩れる』なんて、しれっと悟り切った顔をしていられるほど、物の分かった人間ではない。

しかし一度だけ、割れた瞬間に「やったー!」と快哉を叫んでしまったものがある。
自分の普段使いのマグカップである。
職場の一つ下の後輩から結婚祝いに贈られたものだ。白を基調にしたオシャレなデザインで、恐らくはそこそこいいお値段がしたに違いないシロモノである。
ペアで貰ったのだが、夫は普段マグカップというものを使用しない。なので私が二つとも使用していた。

一つは使用開始後、かなり早い段階で持ち手を欠けさせてしまったので処分したのだが、残りのもう一つがまあ、テーブルから落とそうが、洗い物をしていて他の食器とぶつけようが、何をしても割れない。
基本的に食器は割れるまで使う主義なので、このマグカップはなんと結婚当初から息子が成人して家を出ていくまで、実に二十年以上我が家の水屋に居座っていたのである。
別にいいじゃないか、と仰る方が殆どだろう。
が、私はこのマグカップを使い続けることに、大変抵抗があった。
他でもない、贈り主の後輩のことが、好きになれなかったからである。

彼女は大学の後輩であった。私はリクルーターとして、彼女の採用に関わった一人だった。
同じ店の配属になった時は、二人で喜びあったものである。
頑張りやで芯の強い彼女は、きっと店にとって重要な戦力になってくれるに違いない・・・私はそう信じて疑わなかった。
しかし、期待は見事に裏切られてしまったのである。

『残業が多い』と、役席者に事態の改善を求めて直談判する。
食堂のメニューの改善を求めて、嘆願書を本社に出す。
入社して一年も経たない、まだ仕事らしい仕事もせず、自分の給料も先輩方の頑張りにおんぶにだっこの社員が、次々と『正当な労働者の権利』を振りかざす姿は、ハッキリ言って興ざめだった。
私の同期などは
「義務を果たさず権利を主張するって、どういう了見やねん」
と呆れていた。彼女の業績はいつまで経っても、下から数えた方が早かったのである。
平社員の私たちでさえそうだったから、先輩や上司が彼女にいい顔をする訳がなかった。
冷ややかな目で見ている他の社員と、いつまで経っても頑迷で孤高の存在になってゆく彼女の間に挟まれて、同じ大学出身の私はちょっと息苦しかった。

彼女の言うことは理屈は通っている。けれど理屈だけで物事が決まるほど、世の中は単純に出来ていない。
そう言ってやりたくても、本人が鉄壁の構えだから、取りつく島がない。私も無駄な努力はしたくなかった。
結果的に、私は「なんであんなもん採用したん?」という周囲の怨嗟の声と、「皆さん、言うべきことを言わないなんて、間違ってますよ。私は正しいことを言ってるのに、どうして干されるんですか?」という彼女の不満を両方とも聞かねばならない、というなんとも苦しい立場になってしまったのである。

やがて彼女は先からいる先輩方より先に、転勤を命ぜられた。
周囲は皆、さもありなん、と思っていたが、本人は寝耳に水だったようで、悔し涙を流していた。
可哀想なような、本人と周囲の為にもこれがいいような、自分もホッとしたような、複雑な気分だった。

転勤して二年ほどした頃、彼女は縁あって同業他社の人間と結婚して退職していった。
同期以外とはほぼ繋がりを絶っていたようだが、私には年賀状を欠かさず送ってくれていた。
私が結婚する時、彼女には言わないでおこう、と思っていたのだが、店に居た彼女の同期の女性が私の同期と結婚することになり、思わぬ形で『バレて』しまった。
その後贈られてきたのが、件のマグカップだったのである。

お礼の電話をすると、電話口の彼女は相変わらずだったが、元気で幸せそうだった。
なんとなく後ろめたいような気持ちで電話を架けたのだったが、会話を終えた時は、彼女が元気だったことに安堵した。それと同時に、やっと彼女との関係を無事?に終了出来たような、そんな気持ちになる自分が卑怯で嫌になってしまうような、複雑な心境だった。

彼女との交流はその電話を最後に途絶えた。
しかしあのマグカップを目にする度、嫌でも彼女の様々な言動が思い出されて、気分が萎えた。
割れてしまった時、思わず
「やったー!割れた!」
と言って両腕を突き上げるポーズをしたら、息子が目をぱちくりさせていたのを思い出す。

マグカップにも、くれた彼女にも罪はない。
割れたことで、過去の自分の優柔不断さに決別できたような気になったーただそれだけのことである。

















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在間 ミツル 山崎豊子さんが目標です。資料の購入や、取材の為の移動費に使わせて頂きます。