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ブラッシング専従

いつも散歩に行く道沿いに、ガラス越しに覗くのを楽しみにしている店がある。
ペットのトリミングサロンである。
いつ覗いてもぬいぐるみかと思うような可愛らしい犬が、よそいきの顔をしてトリマーさんに毛を整えてもらっている。つい目を細めて通り過ぎるのがすっかり習慣になってしまっている。
綺麗にお手入れされている彼らを見ていると、獣臭く案外ゴワゴワしたあの毛の感触を懐かしく思い出す。

実家で飼っていた犬は雑種だった。
顔は柴犬っぽかったが、スピッツが入っていたらしく、毛足は長めだった。
もらってきたばかりの頃、母は獣臭いのを嫌がり、
「綺麗にしてやらないと」
とばかりに、ほぼ毎日のようにシャンプーした。
そのうち犬は目に見えて弱り、エサを食べなくなった。心配した母が獣医さんに連れていって事情を話すと、
「お母さん、それ洗いすぎ」
と叱られてしまった。
「獣が獣臭いのは当然やろ。洗うよりブラッシングしてやって。ブラッシングは毎日でもエエから」
と言われ、母はこれがエエよと勧められたドイツ製の金属製の櫛を買って帰った。

犬はエサをくれたり、散歩によく連れていってくれる母に一番懐いていたが、ブラッシングだけは頑としてさせなかった。
母が櫛を手にやってくると、犬小屋の奥深くに身体を引っ付けて、ウーッと唸り声を立てて牙をむいた。
大人しい犬だったので、こんな様子をすることはあまりなかったから、母は途方にくれた。
「ブラッシングさせてくれへんねん」
丁度毛の抜け代わる時期で、犬はよく後足で身体を掻いていた。ブラッシングは気持ちいいはずなのに、と不思議に思ったので
「私、やってみよか」
と母から櫛を預かり、犬小屋に行って犬を呼んでみた。
犬は恐る恐る、といった感じでゆっくり出てきた。
私はそうっとクリーム色の背中に櫛を入れた。
ゴリゴリした背骨の感触はちょっと生々しい感じがして、初めはおっかなびっくりだった。

犬は嫌がるかと思いきや、じいっとしている。
大丈夫そうだなあ、と思ってあちこちやっていたら、そのうち気持ち良さそうに目を細めだした。
顎の下を梳けば鼻先を天に向けて首を伸ばし、もっともっとという動作をする。しまいにはお腹を出して完全に脱力した。
『ああ、具合エエわ、いくらでもやってんか』という声が聞こえてきそうだった。
あまりの警戒心のなさとリラックスぶりに、思わず笑ってしまった。

母の話を詳しく聞くと、犬が嫌がるのにはちゃんと訳があった。
毛がもつれて固まっているところを梳く時、丁寧にほぐすことを面倒がって、
「エイッ」
と力任せに梳いていた、というのである。
それでも犬は辛抱強く梳かれていたらしいが、ある時よほど痛かったのか、
「キャン!」
と悲鳴を上げて犬小屋に逃げ込んだらしい。
人間だって髪をそんな風に梳かれれば、痛くて怒るに決まっている。
歯をむくようになったのは、それからのことらしい。
まあ納得である。

私は特別世話をよくした方ではないし、犬から見れば多分家族の中での序列は一番下だっただろう、と思われるのであるが、ことブラッシングに関しては一目置かれていたようだった。
毛が固まったところにくると、先ず毛先に櫛を通し、次に毛の生え際から玉になった部分の手前までを丁寧に梳く。その後皮膚を引っ張らないように玉を持ち上げ、少しずつ解すように解いていくと、スムーズに梳けるようになる。
根気のいる作業だったが、犬はその間、いつも気持ち良さげにじっと待っていた。
「いやあ、あんたやと違う犬みたいやわ」
母は驚くやら悔しがるやらしていた。
そのうち、犬は私以外にはブラッシングをさせなくなったので、私がブラッシング専従みたいになってしまった。

私が櫛を手に庭に出ると、犬は喜んで尻尾を振って寄ってくる。
まだ背中のブラッシングが済まないうちから腹を出したりするので、苦労して背中を梳いたこともあった。
梳き終わるともさもさしていたのがスッキリして、見た目もスマートになる。本人(犬?)も気持ちいいのか、満足そうな顔をしていたのが印象的だった。
ブラッシング以外は私にはてんで知らん顔だったのに、現金なものである。

トリミングサロンで気持ち良さげに台の上ですましかえっている犬たちを見ていると、ふとあの頃の記憶が蘇ることがある。
立ち昇る獣の匂い、ゴワゴワした毛の手触り、生々しい背骨の感触、柔らかく規則正しく波打つ腹の皮膚・・・。
もうとっくに天国に行ってしまったけれど、私の思い出の中の彼はいつも気持ち良さそうに首を伸ばしている。












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