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冷やし中華よ、ありがとう

「明日は在宅勤務な」
と夫から告げられると、自動的に夫の翌日の昼食をどうしようかしらん、と考えるのがすっかり習慣になってしまった。
コロナ禍以前は、夫の昼食は会社の食堂にお任せだった。プロが栄養バランスを考えてカロリー計算をし、文句なしのコスパの良さで提供されるメニューの数々。本当に有難かった。
昼食だから軽いものでいいとはいえ、自分で用意するとなると、思った以上の負担だった。前日の夕食の残りを少し取っておいたり、めんつゆや焼き肉のタレといったものにもお世話になったりはしてはいるが、マンネリ化は避けられない。
夫は
「なんでも食べられればエエ」
と適当なことを言うが、在宅とはいえ『仕事』をしている人に、エサのような料理を置いておく気にもなれず、なんとかかんとか辛うじて用意している有様である。

今頃のように湿度も気温も高い日が続く時は、冷蔵庫も過信できない。
前日の作り置きなら大丈夫かとは思うが、傷んだりしていないか、大変気を遣う。
かといって朝、一から作る時間はない。出勤前は一分でも無駄にしたくない。
常に頭の中にメニューが湧いてくる料理好きの人とは違って、時間を取って考えないといけないときているから、なんともしんどい。

一昨日またもや急に、翌日在宅勤務をする旨告げられて、さあどうしようか、と冷蔵庫を覗くと冷やし中華の生麵が一袋、残っていた。
野菜入れにはきゅうりとトマトがある。チルドルームにはハムとカニカマがある。
そうだ、これにしよう。
私の頭の中で、翌日の夫の昼食が決定した。

朝から麺を茹で、笊に移して流水でぬめりを十分に取る。氷水に麵を放している間に野菜とハムを細く切って、ほぐしたカニカマと一緒に小さなタッパーに入れた。
麺の水を十分に切り、小さめの笊に移してから皿にそのまま乗せる。乾かないようにラップをしっかりして、タッパーとともに冷蔵庫に入れた。
添付のタレは敢えて封を切らず、袋ごとタッパーの上に置いて、準備完了である。

家を出る直前、
「今日のお昼、冷やし中華な。皿に直接入れたら全部くっつくから、笊ごと皿に乗せてるんで、食べる前に水でほぐしてから食べるようにして。具はタッパーの中。よろしく」
仕事中の夫にそう声をかけた。
「おーありがとー」
パソコンの画面を見ながら振り向きもせず返事する夫の背中に
「ほな、行ってきます」
と言って仕事に向かった。

帰宅し、昼食をとりながら一息ついていると、夫が休憩しに階下に降りてきた。
「お昼、めっちゃ美味かったわ」
超ご機嫌である。
「そうか、よかったわ」
「おう、ありがとう」
夫は朗らかな調子で言った。
その返事に私はおや、と意外な気分になって、嬉しそうな夫の顔を見た。

夫は何かをしてもらった時に、『ありがとう』をいうのがとても苦手な人である。
言わないのではない。一応言うのだけれど、どこかぎこちなく、心がこもっていないのが手に取るようにわかってしまうのだ。
本来なら言われて嬉しい筈の『ありがとう』も、夫に言われると大抵
「そんな義務的に言わんでもいいのに」
と苦笑しながら聞くことになる。
照れ臭いというのもあるのだろうが、この原因は夫の育った環境のせいだ、と密かに思っている。

姑が長男である夫を、『床の間に飾るようにして扱っていた』という義姉の表現は、嫉妬と羨望による誇張を差し引いたとしても、想像するに容易かった。
おかげで『やってもらうのが当然』癖のついた夫は、なかなか感謝の言葉を口にすることが難しいようである。
義姉はそんな夫を評して
「あの子は厚かましい!ミツルさん、もっとちゃんと怒ったり!」
と憤慨するのであるが、意図してのことではなし、六十を軽く超えた大人に今更言うことでもなかろう、その所為で頭を打ったことも多々あるに違いない、所詮他人は変えられんわい、と諦めていたのだった。

夫から、心からの感謝のこもった『ありがとう』を言われた時、胸の中にしみじみとした幸せがじわじわと拡がっていくのを感じた。
だからいつもの私なら
「あんな手抜き簡単おかずでゴメンよ」
と返すところを、今回は
「たまにはああいうのもエエやろ。アンタ、冷やし中華好きやし、どうかな、と思ってん。丁度買い置きあったしさ」
と胸を張った。冷やし中華が好物なのは後から思い出したのだけど、それは黙っておくことにした。
「おう、エエわ、またしてんか」
夫は嬉しそうに言って目を細めた。

小さな小さな夫の変化に気付けた私も、夫と一緒に変化していっているのだと思う。
こんな小さな喜びを積み重ねて、私達夫婦は少しずつ成長していくのだろう。
冷やし中華よ、ありがとう。
あ、夫もありがとう。

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地震の被害にあわれました方々に、心からお見舞い申し上げます。













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