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はじめに


良い歳なので


反対ホームの電車に乗って知らない街へ。
35歳になって家族もいて、住宅ローンも組んでいる。
反対ホームの電車になって乗ったらどうなるかはわかっているので、遅れがちなそして今日も混んでいる田園都市線の隙間に乗車。反対のホームに帰ってくるのは終電か終電の1本前くらいで、明日もだいたい同じようなもの。いつだったか目指した大人の姿にちゃんとなっていて、何ひとつ問題はない。

問題はない?
毎日を息苦しく感じていた気持ちはどこへ。

電車の車内広告には北海道のラベンダー畑が広がり、沖縄の海が眩しく輝いていた。旅行プランを立てるにしても、使える予算は限られている。結局関東近辺の温泉宿に1泊か2泊で行くのがせいぜいで、1年に1回くらいはなんとか飛行機に乗っていく遠出を楽しみにしていた。

ドロップアウト起業


無駄なことが嫌いで、効率的に生きようとすればするほど、都会の消費のサイクルにはまってしまい、息苦しさを感じていた。このまま消費のピースとして生き続けるのか?

会社員から独立すれば楽になるのではないかと安直に考え、ドロップアウトするように起業した。上場しようとか、世の中を変えたいという大義があったわけではない。あの息苦しさから逃げ出したかったのだ。

ご縁あって、東京都の11ある島嶼部で、将来に向けた島民主体の会議を運営する業務に携わった。会議の記録を取ることが目的で、島民が集まる会議に参加して耳を傾けていた。この時は利島、新島、式根島、神津島、父島、母島と巡ることができた。一番遠いい母島までは都内から船で26時間。ちょうどクジラが子どもを産む時期で、地元の方に乗せてもらったアウトリガーカヌーから、クジラの鳴き声を聞くことができた。

肩書きではなく前で呼ばれる体験


島は閉ざされているが故に固有の文化が育ちやすく、それぞれの島の違いが新鮮で面白かった。そして人と人の距離が近い。母島や式根島の人口は400〜500名程度。ひとりの役割や存在感が大きい。地方では肩書きよりも、一緒にいて心地良いか、信頼できるか、楽しく酒を飲めるかといった人間の基本的な要素が重視される。何度か島に通うことになるが、「本間さん来てたの?」と、いつの間にか私も名前で呼ばれるようになっていた。

都会、時々地方


都内に戻れば、多くの人が足早に行き交う。私は「本間さん」から、株式会社ハテナブックという誰も知らないドロップアウト自営業に戻る。全国の美味しい魚が豊洲に集まってくるように、都会には都会の良さがある。競争が働き、食事だけではなく、ビジネスや教育、医療とすべてにおいて段階と選択肢がある。行きつけの飲み屋があるとか、安心できるコミュニティに属しているとか、都会でも“部分的”に名前を呼ばれるような暮らしはできる。しかし“全体的”に名前で呼ばれるような生き方は、地方でしか味わえない。名前で呼ばれるあの感じは、SNSの承認欲求では到底及ばない、心にぽっと火が灯るような明るい何かがある。都内に戻っても、息苦しさをあまり感じなくなっていた。都会に軸足を置きながら時々地方に通う暮らしが、心地良くなっていたのだ。

「通い移住」は人との距離感を探る旅

移住は重たい。私は家族で縁もゆかりもない富山県に移住し良かったと思っているが、誰にでも移住が向いているとは思わない。加えて移住は目的ではなく手段であるため、ここを履き違えてしまうと摩擦の原因になりかねない。

移住までせずとも特定の地方や地域に何度か通ってみると、違った景色が見えてくる。
観光ガイドブックをなぞる旅行ではなく、知り合った地域の人に会いに行く、畑を手伝ってみる、地域のイベントに参加してみるなど、自分が良いなと思ったことに素直に取り組んでみる。そうすると名前で呼ばれる機会が現れてくる。

都会(肩書き)と地方(個人名)を行き来する「通い移住」。
通っているうちに自分にとっても地域にとってもちょうど良い距離感が見つかってくる。
ちょうど良い距離感が見つかる頃には、息を止めて潜っていた海からプハーっと飛び出すような、フンとクジラが潮を吹くようなすがすがしさが待っている。

ゲストハウスmetateのお客さんで、福井県から富山県に一人旅をしている方がいた。大岩山日石寺(富山県上市町)の素麺が食べたいといい、良い塩梅のバスがないため予定までの間に急いで送っていったことがある。

お店は行列をなしていて、どうしたものかと思っていたら、店内から電話をしながら知人が出てきた。目が合った私に「一人来られなくなったので一緒に食べない?」とありがたいお誘い。連れて行ったお客さんの事情を伝えたら「それなら一緒に食べよう」とあっさり話がまとまった。

私は次の予定に向かったが気になって後で聞くと、「仲良くなって、食べた後にガイドをしてもらい最高だった!」とのこと。電話をしながら出てきた知人は、普段森林ガイドをされているので、オススメのコースに連れて行ってくれたようだった。

都会と地方はつながっている


住んでいる場所からそんなに遠くに行かなくても、巡り合わせがある。
私の場合は島がきっかけとなったが、誰にでも案外ピッタリくる場所が眠っている。

大事なことは素直な気持ちに耳を傾けること。
向かう地方(地域)を選ぶときも、その気持ちに従う。
地域では誰も自分のことを知らないのだから、都会(肩書き)のように振る舞う必要はない。
素直な行動は、素直な結果をもたらせる。

地方創生の前に、自分創生。

二拠点生活、移住、5年にわたる地方での行政支援業務、ゲストハウスの経営を通して、都会と地方は二項対立ではなく、細やかなグラデーションでつながり循環しているということが、だんだんとわかってきた。

地方に向かうその行動が、その一歩が、バタフライエフェクトとなり、自分自身を元気にするだけではなく、実は地域をも元気にする。だからもし地方創生に興味があるならば、まずは自分自身が過ごしやすい状態でいられる地域を見つけることが大事になる。

さあ自分にとって心地よい距離感の地域を探しにいきましょう。
羽ばたくチャンスは自分の中にしかないのだから。

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