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#288「UPSのデジタル配送革命:ORIONプロジェクトが示す戦略的変革の軌跡」(DX 決断録 16/100)

『DX 決断録 100』意思決定の瞬間を切り取る ――“事実” が語る DX 100 戦。DX=長期的な変革の意思決定をした瞬間を切り取り、どのような判断が行われたのか。

UPSのORIONケースは、デジタル技術が企業の中核的なオペレーションを変革し、競争優位性を創出する可能性を示す優れた事例である。しかし同時に、その成功には長期的ビジョン、失敗からの学び、そして技術と人間の調和が不可欠であることも教えている。


要約

世界最大の物流企業の一つであるUPSは、2013年に歴史的な決断を下した。10年の歳月をかけて開発された配送ルート最適化システム「ORION(On-Road Integrated Optimization and Navigation)」の全米展開である。この決断は、eコマースの急成長、燃料コスト高騰、環境持続可能性への要求という複合的課題に直面するUPSにとって、単なる技術導入ではなく、企業の将来を左右する戦略的転換点となった。ORIONの導入は、年間3〜4億ドルのコスト削減、1億マイルの走行距離削減、1,000万ガロンの燃料節約、10万メートルトンのCO2排出量削減という驚異的な成果をもたらした。しかし、その成功の裏には、開発段階での幾度もの挫折、55,000人のドライバーの協力を得るための巧みなチェンジマネジメント、そして「効率性追求」というUPS独自の企業文化があった。本ケーススタディは、大規模なデジタルトランスフォーメーション(DX)プロジェクトにおける意思決定プロセス、技術と人間の調和、そして組織変革のダイナミクスを検証する。10年以上の開発と展開を経て今や人工知能と連携するORIONの進化は、企業がいかに長期的視点で技術革新に取り組むべきかを示す貴重な教訓を提供している。

1. 「建設的な不満」の企業:UPSとORIONの誕生

効率性の追求—それはUPSの創業から今日に至るまで、この巨大物流企業のDNAに刻み込まれた中核的価値である。創業者ジム・ケイシーが掲げた「建設的な不満(constructive dissatisfaction)」の精神、すなわち常により良い方法を探求し続ける姿勢は、UPSの企業文化を形作った。二代目CEOジョージ・スミスはこの精神をさらに発展させ、インダストリアル・エンジニアリングとオペレーションズ・リサーチの手法を積極的に導入。あらゆる業務プロセスを測定、分析、標準化することで、同社は「輸送業界で最も引き締まった船(Tightest Ship in the Shipping Business)」と称されるほどの効率性を確立した。

2000年代に入ると、UPSは新たな挑戦に直面した。eコマースの急成長は小口配送、特に住宅地への配達(ラストマイル)を飛躍的に増加させた。燃料価格の高騰は収益を圧迫し、環境問題への関心の高まりは企業の社会的責任としてのCO2排出削減を求めていた。さらに、FedExなどの競合他社との激しい競争は、サービス品質と効率性の向上を絶え間なく要求していた。

こうした複合的な課題に対応するため、UPSは2000年代初頭、「ORION(On-Road Integrated Optimization and Navigation)」と名付けられたプロジェクトを始動させた。その目的は、ドライバーの配送ルートを最適化し、燃料消費と走行距離を削減しながら、サービス品質を向上させることにあった。

しかし、ORIONは一夜にして生まれたわけではない。その開発は2003年頃、オペレーションズ・リサーチの博士号取得者、インダストリアル・エンジニア、ビジネス・マネージャー、ソフトウェア・エンジニアからなる小規模チームによって開始された。この多様なチームは、数学的アルゴリズムとUPS特有のビジネスルールを組み合わせた最適化エンジンの構築に挑んだのである。

2. 「デジタルの十字路」:変わりゆく物流環境とORION以前の技術基盤

2000年代のUPSにとって、デジタル技術の活用は単なる選択肢ではなく、生存と競争力維持のための必須条件となっていた。同社はORION開発以前から、段階的にデジタル基盤を整備していた。

2003年には「パッケージフローテクノロジー(PFT)」を導入。これは複数の情報源からのデータを統合し、荷物の流れを可視化・効率化するシステムだった。PFTは年間850万ガロンの燃料削減と85,000メートルトンのCO2排出量削減という成果を上げたが、より重要な価値は、後にORIONが必要とする詳細なデータ基盤を提供した点にある。

2008年頃からは、GPS追跡装置や車両センサーなどのテレマティクス技術が試験導入された。これにより、車両の位置、速度、エンジンの稼働状況、アイドリング時間といった詳細なデータが収集可能となり、データに基づいたルート最適化の実現に向けた土台が整えられた。テレマティクスは、アイドリング時間削減などの初期段階でも、具体的な効率改善に貢献していた。

UPSの段階的なアプローチは、単発の技術導入ではなく、PFTによるデータエコシステムの構築、テレマティクスによる詳細データの収集、そしてORIONによる最適化エンジンの実装という、戦略的かつ長期的な視点に基づくものだった。これは、大規模なデジタルトランスフォーメーションが一朝一夕ではなく、着実な基盤構築から始まることを示す好例である。

当時、UPSのドライバーは1日平均120箇所以上の配達先を回り、その順序は主にドライバー自身の経験と知識に基づいて決定されていた。しかし、配達時間指定や道路規制などの制約を考慮しながら、走行距離、燃料消費、時間を最小化する最適なルートを見つけ出すことは、人間にとってはほぼ不可能な「組み合わせ爆発」の問題だった。ORIONはこの人智を超えた計算問題に挑むべく、最新のオペレーションズ・リサーチの知見を投入したのである。

3. 「アルゴリズムの鍛造」:10年にわたる開発と挑戦

ORIONの開発は決して平坦な道のりではなかった。当初のアプローチは既存のルート最適化アルゴリズムとUPS固有のビジネスルールを組み合わせるというものだったが、初期の結果は不安定で、ドライバーが現場で実行するには非現実的なルートを生成することが多かった。

プロジェクトは「製図板に戻り」、効果的かつ効率的なルート作成に関する従来の知見を根本から見直す必要に迫られた。この過程で、プロジェクトは2007年頃には中止寸前にまで追い込まれたこともあったという。イノベーションは一直線に進むものではなく、開発チームはしばしば壁にぶつかり、新たな発想を模索せねばならなかった。

転機となったのは、アルゴリズムを「人間のドライバーのように考える」方向へと舵を切ったことだった。標準的な数学モデルに固執するのではなく、現場のドライバーからのフィードバックに基づいてアルゴリズムを適応させていったのである。これは理論と実践の橋渡しという、デジタル変革における本質的課題への対応だった。

アルゴリズムの改良と並行して、ORIONは長期間にわたる厳格なテストと検証プロセスを経た。研究室レベルでの検証から始まり、単一の営業拠点でのテスト、そして複数のパイロット拠点(2010年~2011年に8拠点、2012年に6つのベータ拠点)へと段階的に拡大された。

このテスト段階で、特に興味深い取り組みが行われた。経験豊富なドライバーに「コンピューターに勝ってみろ(beat the computer)」と挑戦させたのである。これは二重の効果をもたらした。一方ではドライバーの経験と知識を活かしてアルゴリズムをさらに洗練させる機会となり、他方ではドライバーたちにORIONの能力を体感させ、新システムへの信頼と納得感を醸成する巧みな戦略となった。

10年にわたる開発と検証を経て、UPS経営陣は2013年10月30日、ORIONの全米展開という歴史的な決断を発表した。まず2013年末までに10,000ルートへ導入し、その後数年間で全米の約55,000ルートへ展開するという野心的な計画だった。

4. 「歴史的決断」:2013年の全米展開決定とその戦略的意義

2013年のORION全米展開決定は、単なる技術導入ではなく、UPSの将来を左右する戦略的判断だった。この決断を支えたのは、以下のような複合的な要因である。

第一に、パイロットテストで有効性が実証されていたことが挙げられる。10年の開発期間中に積み重ねられたテストデータは、ORIONがUPSの抱える課題に対する有効な解決策であることを示していた。

第二に、莫大なコスト削減効果の見込みがあった。UPSの分析によれば、1日1マイルの走行距離削減が年間最大5,000万ドルのコスト削減につながるという試算があり、ORIONは各ドライバーのルートで平均6〜8マイルの削減が期待できた。

第三に、燃料削減と環境貢献への期待があった。初期の10,000ルート導入だけでも年間150万ガロンの燃料削減と14,000メートルトンのCO2排出量削減が見込まれていた。これはUPSのサステナビリティ目標達成に大きく寄与するものだった。

第四に、顧客サービス向上の可能性があった。配送時間の精度向上は顧客満足度に直結し、また「UPS MyChoice®」のような顧客向けサービスの機能強化にも繋がると期待された。

第五に、企業イメージの向上が見込まれた。ORIONはUPSの効率性と革新性を象徴するプロジェクトとなり、市場での競争優位性をさらに強化すると考えられた。

もちろん、この決断にはリスクも伴った。10-K(年次報告書)では、技術投資が期待通りの効果を生まない可能性や、システム障害のリスクなどが常に指摘されていた。しかし、10年にわたる開発、厳格なテスト、そして多岐にわたる側面での説得力のあるROI予測に基づき、2013年の全米展開は、単なる賭けではなく、計算された戦略的決断だったのである。

重要なのは、この決定がUPSの核である効率性追求の文化と完全に整合していたことだ。ORIONはUPSが長年培ってきた「建設的な不満」の精神と「最も引き締まった船」としての誇りを具現化するプロジェクトだったのである。

5. 「巨大艦隊の動員」:ORION全米展開の実行

2013年の全米展開決定に伴い、UPSはORIONプロジェクトに莫大な資源を投入した。全展開にかかる総費用は2億5,000万ドル以上と見積もられ、2013年の初期展開フェーズには500人規模の専門チームが結成された。展開が本格化するピーク時には、700人から800人以上(その多くは現場での導入・サポート担当者)がこのプロジェクトに従事した。これは、ORIONが単なるソフトウェア開発プロジェクトではなく、全社的な変革プロジェクトとして位置づけられていたことを示している。

展開は慎重かつ計画的に進められた。まず2013年末までに10,000ルートへの導入を目指し、2015年12月までには35,000ルート、そして最終的には2016年末までに全米約55,000ルートへの展開を完了した。当初の計画では2017年完了予定だったが、初期導入の成果が予想を上回ったため、展開ペースが加速された。

また、完全なソフトウェア開発が完了するのを待たずに、ITチームが「強化されたプロトタイプ(hardened prototype)」を作成し、早期に展開を開始したことも特筆される。これにより、開発と並行して現場への導入を進め、早期にフィードバックを得ることが可能になった。アジャイル開発の考え方を大規模プロジェクトに応用した好例と言えるだろう。

ORIONの展開は、既存のシステムとの複雑な統合を必要とした。ドライバーが携帯するDIAD(Delivery Information Acquisition Device)は、ORIONが生成した最適化ルートを表示できるよう機能強化された。車両に搭載されたGPSやセンサーからのリアルタイムデータがORIONのアルゴリズムに供給され、ルート計算の精度を高めた。また、2億5,000万件以上の住所データポイントを含む、UPSが独自に整備・カスタマイズした地図データが使用された。膨大な計算処理(ピーク時には毎分数万件のルート最適化)を実行するため、ニュージャージー州マーワーにあるデータセンターに強力なサーバー群が設置された。

ORIONは、ドライバーの日常業務に深く組み込まれた。毎朝、その日の配達・集荷予定に基づいて最適化されたルート順序が生成され、ドライバーはDIADを通じてその指示を受け取る仕組みである。これは、55,000人のドライバーの日々の業務を根本から変革することを意味した。

6. 「心をつかむ技術」:導入における障壁の克服

ORIONの導入において、最も大きな挑戦の一つは人的要素だった。約55,000人のドライバーが長年慣れ親しんだ仕事のやり方を根本的に変えることを意味したからだ。そのため、技術開発そのもの以上に、大規模なチェンジマネジメント(変革管理)の取り組みが不可欠だった。実際、導入・展開にかかる労力は、システム構築の約2倍だったとも見積もられている。

導入当初、現場のドライバーからは少なからぬ抵抗や懐疑的な見方が示された。その背景には、長年の経験で培った自分のルート知識や判断が、コンピューターの指示よりも優れているという自負があった。また、ORIONが提示するルートは、時にドライバーの直感に反するものだった(例えば、配達先を通り過ぎて後で戻るなど)。これは、ドライバーの効率性に対する感覚と矛盾し、不信感を生んだ。さらに、自分の裁量でルートを決めることができなくなることへの抵抗感や、長年慣れ親しんだルーティンを変えることへの心理的な負担もあった。

UPSは、これらの抵抗を乗り越え、ドライバーの協力を得るために、多面的なチェンジマネジメント戦略を展開した。

まず、なぜORIONが必要なのか、どのように機能するのかを、ドライバーや管理者に明確に伝え、理解を促すことに重点が置かれた。「コンピューターに勝ってみろ」という試みや、開発・テスト段階からドライバーや現場管理者を巻き込み、実用的なフィードバックを得てアルゴリズムを改善したことが重要だった。アルゴリズムを「よりドライバーのように考える」ように適応させたことは、その具体例である。

DIADの操作方法やORIONが提示するルートの論理を理解するための、徹底的なトレーニングも提供された。パイロットテストの結果や、プロトタイプを使った「ORIONライド」を通じて、効率向上やストレス軽減といった具体的なメリットをドライバーや管理者に直接示したことも効果的だった。あるドライバーは「以前は考えもしなかった選択肢を示され、より効率的になる新しい考え方だ」と語り、また、ORIONによって日々のストレスが軽減されたという声も多かった。

しかし、成功の鍵となったのが、ドライバーのパフォーマンス評価方法の変更である。従来の「自身の過去の実績との比較」から、「ORIONが提示する理想的なルートに対する遵守率や達成度」へと評価基準を移行させた。これにより、ORIONの活用がドライバー自身の評価に直結するようになり、導入へのインセンティブが働いた。

このように、UPSは技術導入が最終的には「人間」のプロセスであることを深く理解していた。信頼構築、価値の直接的な提示、そしてインセンティブの整合性に焦点を当てた多角的なチェンジマネジメント戦略は、ORIONの成功において、技術そのものと同じくらい重要だったのである。

7. 「数字が語る変革」:ORIONがもたらした配当

ORION導入による効果は、財務、運用、環境の各側面において目覚ましいものであった。その変革の軌跡を時系列で追ってみよう。

導入決定前(~2012年)、UPSは既にテレマティクスなどを活用し、効率化を進めていた。2012年には、アイドリング時間削減により約25万ガロンの燃料を節約し、ルート最適化により前年比で1210万マイルの走行を回避したと報告されている。これは約130万ガロンの燃料節約に相当する。2012年の米国国内パッケージ部門の売上は328億5600万ドル、調整後営業利益は45億3200万ドル、調整後営業利益率は13.8%であった。1日あたりの平均取扱個数は約1390万個だった。

導入決定・初期展開期(2013-2014年)、2013年末までに導入された最初の10,000ルートにおいて、年間150万ガロン以上の燃料削減と14,000メートルトン以上のCO2排出量削減という初期効果が報告された。これは、1日1マイル削減が年間5000万ドルに相当するという試算の妥当性を裏付けるものであった。2014年の米国国内パッケージ部門の売上は358億5100万ドルに増加したが、調整後営業利益率は12.6%と前年より若干低下した。これは、eコマース拡大に伴う低単価な住宅向け配送の増加などが影響したと考えられる。1日あたりの平均取扱個数は約1532万個へと増加し、ORION導入ルートの多くで走行距離の削減が見られた。

全米展開完了後(~2016年)、2016年末までに全米55,000ルートへの展開が完了すると、ORIONの効果は最大化された。広く報告されている年間効果は、コスト削減が年間3億ドルから4億ドル、走行距離削減が年間1億マイル(約1億6千万キロメートル)、燃料消費削減が年間1,000万ガロン(約3,785万リットル)、CO2排出量削減が年間10万メートルトンであった。これらの実績は当初の見積もりを大幅に上回るものであり、展開が加速される要因となった。

現在(2024-2025年)、ORIONは導入から10年以上が経過した今も、UPSの効率化と持続可能性戦略の中核を担い続けている。後述するダイナミックルーティング機能の追加により、さらにドライバー1人あたり1日平均2~4マイルの走行距離削減が実現されている。2023年の米国国内パッケージ部門の売上は約600億ドル、調整後営業利益率は9.0%であった。1日あたりの平均取扱個数は約2230万個に達している。最新の2024年通期決算では、連結売上高は911億ドル、調整後営業利益率は9.8%であった。ORIONを含む技術革新は、これらの業績達成に貢献し続けていると考えられる。

ORIONがもたらした定量的な成果は、運用指標(走行距離、燃料消費)の改善が、財務(コスト削減)および環境(CO2削減)の目標達成に直接的に結びつくことを明確に示している。これは、資産集約型産業において、中核となる業務プロセスの最適化がいかに大きなインパクトを持つかを示す好例である。2013年の戦略的決断は、多方面にわたる大きな配当を生み出したのである。

8. 「進化するプラットフォーム」:静的ルートから動的AIへ

ORIONは、2016年の全米展開完了をもって完成したシステムではない。むしろ、それは継続的な進化を遂げるプラットフォームであり、UPSのロジスティクス能力をさらに向上させる基盤となっている。

初期のORIONは、ドライバーが営業所を出発する前にその日の最適なルートを計算する「静的」なシステムだった。これは大きな進歩であったが、日中の交通状況の変化、急な集荷依頼、予期せぬ遅延など、リアルタイムの変動に対応できないという限界があった。

この課題に対応するため、UPSはORIONの機能を拡張し、「ダイナミックルーティング」と呼ばれる能力を実装した。これは、UPSNavといったナビゲーションツールとの連携や、ORION自体のアップデートを通じて実現された。ダイナミックORIONは、走行中のドライバーの状況や外部環境の変化に応じて、ルートを自動的に再計算し、最適化する。例えば、新たな集荷依頼が入ると、システムが自動的にルートを更新し、最も効率的な順序で組み込む。この動的な最適化により、さらにドライバー1人あたり1日平均2~4マイルの走行距離削減が達成された。

近年のORIONの進化は、AI(人工知能)と機械学習技術の統合によってさらに加速している。これらの技術は、過去の膨大な配送データやリアルタイムの交通情報、天候データなどを分析し、より精度の高い予測や、より複雑な状況への適応を可能にする。ORION 3.0といったバージョンアップを通じて、システムは継続的に学習し、自己改善していく。これは、単なるルールベースの最適化から、より高度な予測・適応能力を持つインテリジェントシステムへの移行を示している。

さらに、ORIONは現在、もはやラストマイル配送だけのツールではない。UPSは、Network Planning Tools(NPT)やHarmonized Enterprise Analytic Tool(HEAT)といった、より広範なネットワーク計画・分析ツール群を開発・導入しており、ORIONはこれらのシステムと連携している。これにより、個々の荷物がUPSの施設を経由して最終目的地に到達するまでの流れ全体を最適化する、いわば「デジタルツイン」の構築が進められている。例えば、悪天候で特定の地域が通行不能になった場合、NPTがORIONと連携して荷物を迂回させるなど、ネットワーク全体でのレジリエンス向上に貢献している。

現在、UPSが掲げる「顧客第一、人材主導、イノベーション重視(Customer First, People Led, Innovation Driven)」戦略において、ORIONは「イノベーション重視」を体現する中核技術であり続けている。継続的な効率改善、コスト削減、そして2050年までのカーボンニュートラル達成という野心的な持続可能性目標に貢献するだけでなく、精度の高い配送計画は、顧客中心のサービス提供を支える基盤となっている。ORIONによって培われた高度な最適化能力は、競合他社に対する重要な優位性の一つと認識されている。

ORIONの進化はまだ続いている。将来的には、国際展開の拡大、特定の地域内でどの車両・ドライバーがどの荷物を担当するかという割り当ての最適化、さらには都市間輸送(トレーラー輸送など)への応用など、さらなる活用が検討されている。

ORIONは、一度導入して終わりという「レガシーシステム」ではなく、新しい技術を取り込みながら進化し、UPSの事業戦略全体により深く統合されていく「生きたプラットフォーム」である。これは、基盤となる技術への投資の上に、継続的なイノベーションを積み重ねていくというUPSの姿勢を示している。

9. 「未来への指針」:ORIONケーススタディからの教訓

UPSのORIONケースは、大規模なデジタルトランスフォーメーション(DX)プロジェクトを成功に導くための貴重な教訓を提供している。

長期的ビジョンと段階的実行のバランス:UPSは、遠大な構想を持ちながらも、パッケージフローテクノロジー(PFT)、テレマティクス、そしてORIONという段階的なアプローチで技術能力を構築していった。10年以上の開発期間は、技術的な挑戦の大きさを示すとともに、長期的なコミットメントの重要性を物語っている。

失敗からの学びと方向転換の勇気:ORIONの開発過程では、初期のアルゴリズムが期待通りの結果を出せず、プロジェクト自体が中止の危機に瀕したこともあった。しかし、UPSはこれを乗り越え、「人間のドライバーのように考える」という新たな方向へと舵を切った。イノベーションの過程では、失敗を恐れず、必要に応じて方向転換する柔軟性が重要である。

技術と人間の調和:ORIONの成功は、高度なアルゴリズムだけでなく、それを現場のドライバーが受け入れ、活用したことによるものだ。「コンピューターに勝ってみろ」チャレンジや、ドライバーからのフィードバックを取り入れたアルゴリズム改良など、技術と人間の知恵を融合させる取り組みが効果的だった。

チェンジマネジメントの重要性:ORIONの導入においては、システム開発以上に現場への展開とチェンジマネジメントに労力が費やされた。コミュニケーション、トレーニング、インセンティブの整合性など、人間の行動変化を促す要素が成功の鍵となった。

多面的効果の追求:ORIONは、コスト削減、運用効率、環境貢献、サービス品質向上という複数の目標を同時に達成している。このように、単一の指標ではなく、複数の戦略的目標に貢献するプロジェクトは、投資の正当化とステークホルダーの支持獲得において有利である。

文化的整合性:ORIONは、UPSの「建設的な不満」や効率性追求という企業文化と完全に整合していた。大規模なDXプロジェクトは、その企業の文化的価値観と整合している場合に成功しやすい。

継続的進化の思考:ORIONは静的システムから動的システムへ、さらにはAI統合へと進化し続けている。これは、DXが一度きりのプロジェクトではなく、継続的な進化のプロセスであることを示している。

UPSのORIONケースは、デジタル技術が企業の中核的なオペレーションを変革し、競争優位性を創出する可能性を示す優れた事例である。しかし同時に、その成功には長期的ビジョン、失敗からの学び、そして技術と人間の調和が不可欠であることも教えている。これらの教訓は、業界を問わず、大規模なDXを検討するすべての組織にとって価値ある指針となるだろう。

参考文献

  1. Operations Research at UPS - ORMS Today (2021). https://pubsonline.informs.org/do/10.1287/orms.2021.05.26/full/

  2. UPS Speeds Orion Deployment and Takes Routing Optimization to New Heights (2013). BusinessWire. https://www.businesswire.com/news/home/20131030005949/en/UPS-Speeds-Orion-Deployment-and-Takes-Routing-Optimization-to-New-Heights

  3. UPS - INFORMS. O.R. Analytics Success Stories. https://www.informs.org/Impact/O.R.-Analytics-Success-Stories/UPS

  4. 'ORION' delivers success for UPS (2016). ORMS Today. https://pubsonline.informs.org/do/10.1287/orms.2016.03.10/full/

  5. ORION: Route Optimization at UPS (2019). https://joachimweise.github.io/post/2019-11-30-ups-orion/

  6. The Algorithm Behind UPS's ORION Technology. Wall Street Journal Partners. https://partners.wsj.com/ups/the-algorithm-behind-ups-orion-technology/

  7. UPS adds dynamic routing to ORION, saving 2-4 miles per driver (2021). Supply Chain Dive. https://www.supplychaindive.com/news/ups-orion-route-planning-analytics-data-logistics/601673/

  8. UPS Releases 4Q 2024 Earnings and Provides 2025 Guidance (2025). UPS Investor Relations. https://investors.ups.com/_assets/_38a7be0fe723e82f71770a340fe02964/ups/news/2025-01-30_UPS_Releases_4Q_2024_Earnings_and_Provides_2025_2135.pdf

  9. Sustainability Strategy (2024). UPS Investor Relations. https://investors.ups.com/_assets/_80e89ba1fd95749ce0b2ef5743928fad/ups/files/pages/ups/db/1184/description/UPS_Sustainability_Strategy_2024.pdf

  10. To Deploy Machine Learning, You Must Manage Operational Change — Here Is How UPS Got It Right (2023). https://www.predictiveanalyticsworld.com/machinelearningtimes/to-deploy-machine-learning-you-must-manage-operational-change-here-is-how-ups-got-it-right/13348/

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