#497「Global Tech Radar(2025年9月1日-9月7日号)」
2025年9月の第1週、世界のテクノロジー業界は、AI(人工知能)の進化がもたらす競争と社会制度の変革、そして巨大企業に対する統治のあり方という、複数の重要なテーマが交差する局面を迎えた。AI開発の最前線では、プラットフォームの支配を巡る法廷闘争が始まる一方、安全性という共通課題の下で競合同士が協力する動きも見られた。また、AIの学習データに関する知的財産権の問題では、億単位の和解金というかたちで初めて具体的な「代償」が示された。
司法と規制当局は、巨大テック企業の市場支配力とプライバシーの扱いに厳しい視線を向け続けている。米国ではGoogleの検索事業に対する独占禁止法訴訟で一つの判断が下され、欧州ではデータ保護を巡り新たな制裁金が科された。政治もまた、テクノロジーと無関係ではいられない。ワシントンでは政権と業界のトップが一堂に会し、新たな力学の構築が始まっている。
本稿では、この一週間に起きた主要な出来事をファクトに基づき整理し、その背景と意味を詳述する。
第1章:AI覇権戦争 — 競争・倫理・進化
xAI、AppleとOpenAIを独占禁止法違反で提訴 iPhone上の競争排除を主張
イーロン・マスク氏が率いるAI企業xAIは、2025年8月末、米テキサス州の連邦裁判所において、AppleとOpenAIを独占禁止法違反で提訴した 。訴状でxAIは、Appleが自社のオペレーティングシステム(OS)にOpenAIのAIチャットボット「ChatGPT」を深く統合し、競合するxAIのチャットボット「Grok」などのサービスを意図的に排除していると主張している 。
具体的には、AppleがApp Store上で「必携アプリ」といった特集リストから競合するチャットボットを外し、ユーザーが発見しにくい状況を作り出していると指摘した 。xAIはこの行為が反競争的であるとし、AppleとOpenAIに対して数十億ドル規模の損害賠償と、当該行為の差し止めを求めている 。この提訴は、AIサービスが普及する上で基盤となるスマートフォンOSというプラットフォーム上での公正な競争環境を巡り、本格的な司法闘争が始まったことを示している。
マイクロソフト、初の自社開発AIモデルを発表 OpenAIからの技術的自立目指す
マイクロソフトは2025年8月28日、同社のAI部門が開発した初の自社製AIモデル群「MAI-Voice-1」および「MAI-1-Preview」を発表した 。これは、同社がこれまで大規模言語モデル(LLM)の分野で強く依存してきたパートナー企業OpenAIとは別に、独自の基盤モデル開発を本格化させる動きである 。
発表によると、「MAI-Voice-1」は高度な音声生成に特化したモデルで、1分間の音声を1秒未満で生成する能力を持つとされ、既にニュース読み上げ機能などで活用が始まっている 。もう一方の「MAI-1-Preview」は、マイクロソフトが自社で開発した初の大規模言語モデルであり、15,000基のNVIDIA製H100 GPUを使用して訓練された 。このモデルはユーザーの指示に対し、有用な応答を返す能力に重点を置いて設計されている 。
マイクロソフトは、これらの内製モデル投入の目的について「用途に応じた専門モデルの組み合わせで新たな価値を生む」と説明しており 、OpenAIの汎用的なGPTシリーズへの依存度を下げ、自社の製品やサービスに最適化されたAI技術のポートフォリオを構築することで、AI分野における競争力強化を図る方針である。
OpenAIとAnthropic、競合AIモデルの安全性評価で協力 業界横断の取り組みへ
AIモデル開発で競合するOpenAIとAnthropicは2025年8月27日、互いの最新AIモデルを交換し、安全性や悪用への耐性を評価する共同テストを実施した結果を公表した 。この異例の協力は、AIの安全確保が個別企業の競争領域を超えた共通の課題であるとの認識に基づいている 。
この取り組みにおいて、OpenAIはAnthropicの「Claude 4」シリーズを、AnthropicはOpenAIのGPT-4派生モデルを、それぞれ自社の内部基準に沿って評価した 。評価項目は、モデルが不適切な指示に抵抗する能力、ジェイルブレイク(安全上の制約を突破しようとする手法)への耐性、ハルシネーション(誤情報の生成)の抑制力、そしてモデルが隠れた目的を追求する挙動の有無など、多岐にわたった 。
両社は共同での発表に際し、「新たな視点でモデルを検証することで見落としを減らし、潜在的な不安全性のギャップを洗い出す狙い」があったと述べた 。この評価を通じて、モデルごとの挙動の違いも明らかになったとされる。例えば、Anthropicのモデルは安全上の制約を遵守する傾向で優位性が見られた一方、ジェイルブレイク耐性ではOpenAIのモデルがより高い性能を示した項目があったという 。両社は今後、他のAI研究機関にも参加を呼びかけ、業界全体での安全性評価基盤の構築を目指す考えを示している 。
AI開発企業Anthropic、著作権侵害訴訟で15億ドルの和解に合意
OpenAIの競合として知られるAI企業Anthropicは2025年9月4日、同社のAIモデルの訓練データに著作物が無断で使用されたとして作家らが起こしていた集団訴訟において、15億ドル(約1500億円)の和解金を支払うことで合意した 。この和解は、生成AIの開発における知的財産権の扱いを巡る訴訟としては、過去最大規模となる 。
訴訟の争点は、AnthropicがAIの訓練に際し、数百万冊に及ぶ書籍の海賊版データを無断で収集し、利用していたという点であった 。作家側はこれが著作権侵害にあたると主張していた 。和解金額は、対象となった約50万冊の書籍に対し、作者一人あたり約3,000ドルが支払われる計算になると報じられている 。
裁判の過程で裁判所は「学習行為自体は違法ではないが、データ取得の手段に問題があった」との見解を示していた 。今回の和解合意に基づき、Anthropicは和解金の支払いに加え、モデル訓練に用いた元のデータを破棄することにも同意した 。この一件は、AI開発企業に対し、今後は訓練データの出所や正当性を確保することが法務上、倫理上の急務となることを明確に示した。
生成AI、サイバー犯罪に悪用される事例が報告 ランサムウェアの高度化に懸念
専門家らは、近年のサイバー犯罪において、生成AIが攻撃手法の高度化に悪用され始めていると警鐘を鳴らしている 。WIRED誌が報じたところによると、ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)などのマルウェア開発に生成AIが利用される事例が確認されている 。
AI企業Anthropic社の調査では、サイバー犯罪グループが同社の大規模言語モデル「Claude」を使い、検知を回避する能力の高いマルウェアを開発していた事例が判明したという 。また、別の研究では、ローカル環境で動作するLLM(大規模言語モデル)を悪用し、「PromptLock」と呼ばれる世界初のAI駆動型ランサムウェアの概念実証が行われたことも報告されている 。
生成AIは、人間が書いたかのような自然で巧妙なフィッシングメールの大量作成や、ウイルス対策ソフトによる検知を逃れるためにコードを多様に変化させるマルウェア(ポリモーフィック・マルウェア)の生成に利用される可能性がある 。これにより、従来は高度な技術スキルを要した強力なサイバー攻撃を、比較的スキルの低い攻撃者でも実行可能になるリスクが指摘されている 。
第2章:巨大テック企業と統治の攻防 — 独占・プライバシー・地政学
米Google、検索独禁法訴訟で事業分割を回避 データの一部共有を命じられる
米連邦裁判所の判事は2025年9月3日、米国司法省などがGoogleを相手取って起こしていた検索事業に関する独占禁止法訴訟において、同社に事業の強制的な分割を命じないとの判断を下した 。Googleはブラウザ「Chrome」やモバイルOS「Android」といった中核事業の分離という、同社が最も懸念していたシナリオを回避した形となる 。
この判決を受け、Googleの親会社であるAlphabetの株価は急騰し、時価総額が1日で約2,100億ドル増加したとの試算もある 。
判事は、近年台頭しているOpenAIのChatGPTのような生成AIチャットボットが検索市場に新たな競争をもたらしている点に言及した 。その上で、判事は「未来を見通すのは容易ではない」としつつ、事業分割のような過度な措置ではなく、より柔軟な是正策を選択したと述べた 。
「判事は、競合向けに“クリック&クエリ等の生ログ系ユーザー相互作用データ”の共有を義務付け、救済期間は最長6年。」Tech Policy Press
その是正策として、裁判所はGoogleに対し、検索クエリやクリックデータの一部を競合他社と共有し、市場の競争を促進するよう命じた 。GoogleがApple端末のデフォルト検索エンジンとしての地位を維持するために結んでいる独占的契約は継続できるものの、データ共有という新たな義務が課されることになった 。この判決は、長年にわたり続いたGoogleの検索市場における支配的構造に対し、司法が初めて具体的な是正措置を科した事例となった 。
設定オフでも追跡は続く―Googleに4億ドル超の賠償命令、失われた信頼の代償
Googleは独占禁止法訴訟で最悪の事態を免れた一方、プライバシー侵害に関する別の集団訴訟で大きな打撃を受けた。2025年9月3日、米カリフォルニア州の連邦陪審は、ユーザーが追跡設定をオフにしていたにもかかわらず、Googleがデータを収集し続けていたとして、同社に対し4億2,570万ドル(約630億円)の損害賠償支払いを命じる評決を下した 。
この訴訟は、2014年から8年以上にわたり、「ウェブとアプリのアクティビティ」設定をオフにしたAndroidユーザー約9,800万人分の位置情報や行動履歴などを、Googleが無断で収集・利用していたとされる問題が争点となっていた 。Google側は法廷で「収集したデータは個人を特定しない匿名化されたものだ」と主張したが 、陪審はこれを退け、ユーザーのプライバシー侵害があったと認定した。
懲罰的賠償は科されなかったものの、プライバシー関連の訴訟としては異例の高額賠償となった 。Googleはこの評決を不服として控訴する意向を示しており、「製品の仕組みが誤解された判決だ」と反論している 。この評決は、ユーザーが明確に意思表示したプライバシー設定を企業が尊重することの重要性を、司法が改めて示したものと言える。
デジタル主権の番人―EU、Googleとファストファッション大手Sheinにデータ違反で巨額罰金
欧州連合(EU)でも、データ保護規制の執行が続いている。フランスのデータ保護委員会(CNIL)は2025年9月3日、Googleに対し3億2,500万ユーロ(約550億円)の制裁金を科したと発表した 。CNILによると、Googleはユーザーの同意なくGmailの受信トレイに広告メールを表示し、アカウント登録時に追跡用のクッキーを埋め込んでいた行為が、消費者保護上の違反にあたると認定された 。CNILはGoogleに対し、6ヶ月以内の是正を命じている 。
同日、CNILは中国発のファストファッション通販大手Shein(シーイン)に対しても、1億5,000万ユーロ(約260億円)の罰金を科したことを明らかにした 。こちらは、同社のウェブサイトが、ユーザーがクッキー設定を拒否したにもかかわらず、一部のトラッキング用クッキーをデバイスに設置し続けていたことが問題視された 。Shein側はこの処分に対し「不当で政治的動機に基づくものだ」と反発し、即時控訴する意向を表明した 。これらの決定は、EUの一般データ保護規則(GDPR)に基づき、企業の拠点国を問わず、EU域内のユーザーデータを取り扱うすべての企業に厳格なコンプライアンスを求める欧州当局の姿勢を明確にした。
昨日の敵は今日の友―トランプ、シリコンバレーの王たちをローズガーデンに招く
ワシントンの政界とテクノロジー業界の関係性に変化の兆しが見える出来事があった。ドナルド・トランプ米大統領は2025年9月4日の夜、ホワイトハウスのローズガーデンに、シリコンバレーの主要な経営者ら約20名を招き、夕食会を主催した 。
ロイター通信によると、招待者リストにはMetaのマーク・ザッカーバーグ氏、Appleのティム・クックCEO、Microsoft共同創業者のビル・ゲイツ氏、Googleのスンダー・ピチャイCEO、OpenAIのサム・アルトマンCEOなどが含まれていた 。
トランプ氏の最初の大統領在任期間中、政権とシリコンバレーの関係は、SNS上の言論規制や反トラスト法の問題を巡り、しばしば緊張状態にあった。しかし、2024年の再選以降、特にAI分野の国家戦略などにおいて、政権と産業界が協調する姿勢へと変化しつつある。この夕食会は、その関係性の再構築を象徴するイベントとして注目された。
大西洋を渡るデータの未来は―EU裁判所、米欧間の新データ移転協定「DPF」に”お墨付き”
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