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「一番星はポラリス」第4話


1


 連休明け、久しぶりに登校したクラスの雰囲気は、二極化している。

 朝から机にかじりついて参考書を開いたり、予備校の話をしている人たち。

 一方で、これまでと変わりなく、友人同士で談笑している人たち。でも、そのグループ構成は、四月とは変わっていたりする。

 私の場合はそもそも、ひとりでいるのが平気なタイプなので、朝の過ごし方も静かなものだ。挨拶はちゃんと返すし、話題を振られれば乗る。

 周りに勉強を始めた子が増えてきたので、気兼ねなく参考書を開く。いろんな人がいる教室で、ひとりで勉強を始めてしまうと、「ガリ勉」だと、ひそひそされてしまう。

 母は相変わらず、私が熱心に勉強をすることを嫌がる。ノックもなしに部屋に入ってきては、家事の手伝いを命じる。どうしても時間が細切れになってしまい、集中できない。ゴールデンウィークは、散々だった。だから、学校が始まって安堵している。

「おはよーさん」
「あ、おはよう」

 あくびをしながら入ってきた外村くんに返事をする。雑誌を思い出して、反応がワンテンポ遅れる。

 幸いなことに、眠気MAXで登校してきた外村くんは、朝の貴重な時間を睡眠に使うことにしたようだった。鞄の中身を取り出さないまま、枕にして机に突っ伏してしまう。

「おはよう」

 凛とした声が聞こえた。綿貫さんだ。勉強していた男子も手を止めて、視線を向ける。

 いつも通り完璧な美貌だ。平等に愛想を振りまいているが、外村くんとはちょっと違う。

 よく観察してわかったのは、綿貫さんは決して、自分からはアプローチしないということだった。

 外村くんはクラスの全員に聞こえるように第一声を発するし、座席に着くまでの間にすれ違うひとりひとりに、個別に挨拶をする。たとえそれが、「うるせぇな」という態度を隠さない男子であっても、である。

 対して綿貫さんは、自分に嬉々として話しかけてくる人しか、相手にしていない。実際、私は彼女から、あんな風に笑いかけてもらったことはないし。

 性格が悪い、というのともどこか違う気がする。

 始業式のトラブルは、理不尽な理由で責められたわけだが、その分、彼女は外村くんのことを大切に思っているのだと感じた。

 やっぱり綿貫さんって、外村くんのこと、好きなのかな?

 何度か見たことのある、ふたりのツーショットを脳裏に浮かべると、胸が苦しくなった。これ以上ないくらい、お似合いだ。綿貫さんならば、雑誌モデルと自分て落ち込んだりしないだろう。

 ふぅ、と小さく息を吐いた。

 ダメだ。そんなことばっかり考えてちゃ。せっかくの貴重な時間なんだから、構文のひとつでも多く、覚えないと。

 よくない想像を振り払い、参考書に没頭した。

※※※

 そうこうするうちに、チャイムが鳴った。数秒遅れて、担任が入ってくる。まだ若い、ひょろりとした男の先生だ。生田(いくた)という名前なので、「生(いく)ちゃん」と呼ばれ、慕われている……もとい、可愛がられている。

 教卓についた先生は、眼鏡を上げ下げして、キリリとした表情を作った。この顔をするときは、何かある。調子のいい男子が、手を挙げると同時に「せんせー、今日なんかあるんすか?」と、尋ねた。

 先生は一瞬、「なんでバレたんだ」という顔をしたが、すぐに気を取り直す。

「これから、抜き打ちの持ち物検査を行う!」
「ええええ~?」

 不満の爆発は、時間差で隣の教室からも聞こえてくる。私は千里子のことを思った。

 あの子、今日も漫画を何冊も持ち込んでいるし、なんなら作業用のタブレットも持ってるな。部活で使う、はどこまで通用するだろう。

 私は自分の鞄の中身を思い出す。何か言われそうなものは、特に浮かばない。強いて言えば、外村くんに貸したことのある寝癖直しを化粧品に分類される可能性があることくらい。

 もっとも、物が多すぎて、私が「しっかり確認してください、どうぞ」と明け渡しても、面倒だと適当に流されそう。

 そんなことを考えている間も、先生は、持ち物検査をこの時期に行う意義について熱弁を振るっている。

「どうでもいいから、早くやってちゃちゃっと終わらせません?」

 ギロリ睨んだのは学級委員の男子生徒。眼鏡の奥の目は、一ミリも笑っていない。優等生だからこその迫力に、生田先生は気圧されて、「そ、それじゃあ、鞄の中を見せなさい!」と、言った。

 私は抵抗なく、鞄を机の上に出す。そして中身も。

 ふと隣を見れば、これだけ大声を出していたというのに、外村くんは熟睡中である。よくこんなところで寝れるなあ、と思うと同時に、それだけ疲れているのだろうと気づく。

 寝かせてあげたいけれど、それは無理だ。先生がまだ気づいていないうちに、起こさないと。

「外村くん……外村くん!」

 小さな声で呼びかけるが、彼は微動だにしない。うーん、と、不機嫌そうに唸り声をあげるばかりである。

 周囲の他の子たちは、みんな、自分が持ってきてしまったものをどう隠すべきかに一生懸命だ。

 仕方ない。これは不可抗力だ。

 言い聞かせ、私は外村くんの肩に、そっと手を伸ばした。触れた彼の身体は、男の子らしい骨張った硬さがある。弟とはまるで違う。大人の男の人になりかけの肉体は、生命力に溢れている。

 ドキッとした。一度呼吸を整えて、揺らす。

「外村くん、起きて。持ち物検査だって」

 最初は緩く、けれど起きる気配はない。次第に強く揺すっていくと、彼はパッと目を開けた。そして急に立ち上がり、

「地震や!」

 と、大声で叫んだ。

 盛大に、寝ぼけている。居眠りというレベルを超えていた。

 一瞬の沈黙ののちの、大爆笑。外村くんは自分が笑われていることにようやく気づき、「なんや、夢かいな!」と、早口で言って着席した。

「騒がしてすんません」

 さらっと謝ったけれど、隣の席の私にははっきりとわかる。彼の耳が赤くなっていた。

 つい、にやにやしながら教室を見回すと、最後方の席に座った綿貫さんがたまたま目に入った。

 外村くんの豪快な寝ぼけ方を笑っている中、彼女は下を向いていた。あれ? と思ってよく見てみれば、細かく肩が震えている。

 近くに座っていた仲の良い子が、「かれん? どうしたの? 具合悪い?」と、心配して話しかけても、彼女は首を横に振るばかり。

 先生はチェック表を片手に、それぞれの座席を回っていく。優しい先生なので、基本的には甘い。「見逃してよ~」と言えば、よっぽどのものでない限りは、溜息をついて、「次持ってきたら没収するぞ」と言うだけだ。この検査、本当に意味があるんだろうか。

 そして最後の綿貫さんの席に辿り着いた。

「綿貫ー。鞄の中身出せー」

 先生が促しても、綿貫さんは動こうとしなかった。ぎゅっとスカートを握りしめ、俯いている。

 さすがに先生も、異変を感じ取ったのだろう。

「綿貫?」

 と、彼女の顔を覗き込む。

 そのときだった。

 ファスナーを開けた状態で、机の上に立ててあった綿貫さんの鞄に、先生が手を引っかけた。あっ、と彼女が手を伸ばしたときにはもう遅く、鞄は床に落ちる。そして、その拍子に中から転がり出たモノ。

 それはきっと、綿貫さんが隠そうとしていたモノ。

 手を差し出したのは、斜め前に座っていた男子だった。親切心と、綿貫さんと少しでも喋ることができたらという、少しの下心。落ちたのは、パンパンになった封筒で、封をしていなかったため、中身がこぼれ落ちていた。

「やめて! 触らないで!」

 弾かれたように立ち上がる綿貫さんが手を伸ばすが、その男子はもう、封筒を拾っていた。もちろん、中身も。

 封筒の中にあったのは、写真だった。そしてそれを見た男子は、声を上げる。

「えっ。これって前川(まえかわ)穂波(ほなみ)の写真じゃん?」

 男女問わず、きらびやかな衣装に身を包んだアイドルたちの写真がたくさん、封筒に入っていた。

「返して!」

 必死になって叫ぶ綿貫さん。彼女の持ち物なのだから、取り返そうとするのは当たり前だ。けれど、みんな持ち主のことはもはやどうでもよくなっている。

「あれ、これ、外村……?」

 突然、クラスメイトの名前が出てきたことで様子が変わった。

 それまでは「なんでそんなものを、あの綿貫が?」「アイドル興味ないって言ってたのに」という空気だったのが、「やっぱり綿貫って外村のこと」「つーか、隠し撮りとかじゃないの?」と、疑う人まで出てきたのである。

「おーい。外村、これお前……」

 調子に乗った男子が、外村くんを呼ぼうとした瞬間、私は我慢できずに、立ち上がった。机をバーン、と叩きつけるというおまけつきで。

 おとなしい私の振る舞いに、案の定、教室中の注目が集まる。

 目立つことは好きじゃない。当たり障りのない人間でいたかったけれど、初日ですでに失敗している。外村くんには下の名前で親しげに呼ばれ、そのことで綿貫さんに呼び出しを受けた。

 綿貫さんのことは、どうでもよかった。プラスの感情もマイナスの感情も抱いていない。ただ、彼女の事情に外村くんが巻き込まれるのが、嫌だっただけ。

 勢いあまっての行動だった。やってしまってから、「しまった」と思うけれど、後戻りはできない。

 私は、綿貫さんのことを振り返った。びくりと彼女は震えた。

「それはっ、私が綿貫さんに預けていたものです!」

 しーん、となる。

 唇を引き結んで強がっているけれど、実際は背中に汗びっしょりだ。

「今日、返してもらう予定だったんです! ね! 綿貫さん!?」

 勢いで押し切る。彼女に真顔、早足、早口で迫り、写真の封筒を握ったままでいた男子生徒の手から奪い去った。

「なので先生、何か注意などあれば私までどうぞ!」

 先生もドン引きである。優等生然とした私が爆発した効果で、写真そのものは、みんなの記憶から薄れたに違いない。

 自分の席に座ると、どっと疲労感が押し寄せてきた。とっさに綿貫さんをかばってしまったせいで、私のイメージは、根暗なアイドルオタクになっただろう。もう、どうにでもなれ。

「なぁ、田川さん……」

 こっそりと声をかけてくる外村くんだけど、さすがに相手をするには気力体力が不足している。

 私は聞こえなかったフリで、綿貫さんの私物である生写真の束を、鞄の中にしまってから、無表情をつくったのだった。

2


 放課後、私は裏庭にいた。待ち合わせ相手は当然、綿貫さんだ。

 実際、写真は彼女のものだから、こっそりと人目につかないところで返却をしなければならない。基本ぼっちの私とは違い、綿貫さんは常に人に囲まれている。特に今日は、私との関係について、友人たちに問い詰められていることだろう。

 ……もしかして私、余計なことをした?

 あれだけ始業式の日に険悪な関係だった私から、わざわざアイドルの写真を預かったりする?

 そんな風に突っ込まれたら、さすがの綿貫さんもごまかせないのではないだろうか。

 ああ、なんだかまた、胃がキリキリしてきた。やっぱり勢いまかせに行動するものじゃないな。

 怖かったのは、あの空気のまま、誰かが「綿貫、外村のこと好きなんだろ?」「お似合い~」とか言って、冷やかすモードに突入することだった。

 外村くんは例の調子で、「付き合うつもりはない」と、はっきりきっぱり答えるだろう。そうすると、彼の立場が悪くなってしまう。

 私のことを冷やかした金子くんに対する叱責だけで、クラスの女子からは反感を買っていた。男女問わず味方が多い綿貫さん相手なら、なおのこと。

 彼が責められるのは、嫌だった。だから彼女をかばったわけだけれど、この後、いったい私は綿貫さんに何を言われるのか。

 しばし経ってから、ようやく待ち人はやってきた。やはり、友人たちにあれこれと追及されていたのだろう。顔色は青く、やつれて見えた。

「綿貫さん」

 私と目が合うなり、深々と頭を下げた。想像していなかった反応に、伸ばしかけた手が宙で止まる。

「ごめんなさい。それから、ありがとう」

 顔を上げた綿貫さんの目尻には、光るものがあった。大げさだ。私の方が困る。あわあわする私に、綿貫さんは憑きものが落ちたような顔で、真実を教えてくれた。

 まぁ、あの束になった写真で一目瞭然ではあるけれど、綿貫さんはアイドルオタクだった。しかも、重度(ガチ)の。

 ちなみに今回学校に持ってきた写真は、放課後にSNSで知り合った人と、写真の交換会をする予定だったからだという。

 外村くんが所属している事務所は、男性アイドル専門だから、女子なら誰もが通る道だ。

 実際、芸能人にさほど興味のない私ですら、看板グループのメンバーの名前と顔は一致する。

 女性アイドルについても、綿貫さんは造詣が深い。テレビでよく見る、清楚系美少女ばかりを大勢集めたグループのメンバーについても、よく知っている。

 ここまでならば、「テレビをよく見るから、詳しいんだな」というレベルだ。

 けれど、綿貫さんがすごいのはここから。

 なんと、無名の地下アイドルの情報まで追っているのだ。そして東京近郊だけではなく、地方のご当地アイドルたちも、動画サイトやSNSで追いかけている。

 封筒の中の写真の大半は、名前を言われても、まるでピンと来なかった。綿貫さんは、一枚一枚取り出して私に見せては、解説をしてくれる。

 アイドルのファンだということは、決して隠すようなことではない。ただ、ものには限度ってものがある。

 綿貫さんのアイドルオタクレベルは、普通の範疇をはるかに超えていた。キモオタ、という蔑称で一口に括られてしまうほど。

 彼女は美少女だ。今も「で、この子は淡路島でタマネギについてアピールするグループの一員で……」と、早口で捲し立てる横顔は、キラキラと輝いて眩しい。

 思わず目を細めていると、綿貫さんがふと、黙りこくった。

「本当に、ごめんね」

 今回のことについては、もう何度も謝ってもらっていた。もういいよ、と言いかけた私を遮って、彼女は真顔で私を見つめてくる。

「始業式の日のこと」

 そういえば、ちゃんと謝ってもらっていなかったな。

 私は黙って、彼女の言い分を聞く。

「私ね、本当に、心から、アイドルという存在を愛しているの」
「うん」

 適度に相づちを挟みつつも、邪魔はしない。

 風に揺れる彼女の髪の毛を目で追う。美少女が立ち尽くすのは、映画のワンシーンのようだ。私というカメラを通して見る彼女は、教室にいるときよりも美しい。

「だからこそ、アイドルとしての姿を守らない人間が、嫌い」

 世はSNS全盛期。自分自身で情報発信をしなければいけない地下アイドルだけではなく、メジャーなアイドルたちも、プライベートの姿をチラリと見せる。ステージで完璧な姿とは違う、素の表情を見せることで、ギャップ萌えを狙う。

 その戦略は、間違っていない。新規のファンを獲得するためにも、既存のファンをさらに沼に突き落とすためにも有効だ。

 しかし、それゆえの弊害もあるのだと、綿貫さんは淡々と語る。

「アイドルはファンに夢を与え、恋をさせる存在なのよ。だから、恋愛はしちゃいけない。ううん、してもいいけれど、それを表に出しちゃいけない」

 ほとんどのアイドル事務所は、恋愛禁止を掲げている。外村くんのところもそうだ。もちろん、そんなのが建前だってことは、薄々誰もが気づいている。周りに美形の異性がいれば、ぐらついてしまうことだってある。それが人間というものだ。

 綿貫さんが心底嫌がっているのは、いわゆる「匂わせ」行為だ。

 芸能界隈に詳しくない私にはよくわからないが、SNSの写真に、おそろいの小物を紛れ込ませてみたり、相手のメンバーカラーの服を着たり、果ては同じ部屋だと特定できる室内の画像をアップしてみたり。

 綿貫さんは、私に「匂わせ」の説明をしているうちに、何かを思い出したのか、わなわなと拳を震わせた。

 こ、怖い。

 私は何も言うことができず、怯えながら、熱のこもった彼女の話を聞く。

 外村くんが転校してきて、綿貫さんは真っ先に話しかけた。アイドルオタクとしての内心のテンションは隠し、周りを牽制した。

 耳にかかった髪の毛を掻き上げ、「私が大地の傍にいれば、そんじょそこらの女は、近寄れないでしょ?」と言ってのけるのは、さすが学校一の美少女様である。

 私は反応に困り、結局、唇に笑みを浮かべた。たぶん、大いに引きつっている。

「大地、関西のクルーの中でも優等生だったからね。告白されても全部断ってるし、私が目を光らせてるから、近づいてくる変な女もいなかったし」
「そこに、いきなり私が現れた、と?」

 びくびくしながらも話を促すと、綿貫さんは大きく頷いた。

「本当に、あのときは、腹が立ったわ……!」

 あれ? これ私、また怒られる流れ?

 綿貫さんは思い出し笑いならぬ、思い出し怒りをしている。

「この私を出し抜いて大地と仲良くなるなんて、とんでもない女だと思って」

 どうやら彼女にとっては、私の方こそ悪役令嬢だったらしい。

 ん? 最近流行りの小説では、悪役令嬢こそヒロインのように描かれているから、やっぱり綿貫さんが悪役令嬢で合っているのか? 混乱してきた。

「でも、あなたに大地のこと信じてないのかって言われて、ハッとしたの。私が好きなのは、真摯に求められるアイドル像に向かう大地だって」

 綿貫さんの言う「好き」には、恋愛感情はかけらも含まれていないと感じた。なぜかホッと胸を撫で下ろし、そんな自分の心の動きにまた、不意を突かれる。

 なんで私、安心しているんだろう。

「ねぇ、聞いてる?」

 ぼんやりと自分の心と向き合っていた私を不審に思って、綿貫さんが声をかけてくる。彼女の顔が思った以上に近くにあって、ドキッとした。

 人並み外れた美少女って、同性であってもかなり、心臓に悪い。

「えっと、うん、はい。聞いてます」

 あんまり納得してもらえていないけれど、彼女は言葉を続けた。

「これからは少しずつ、ドルオタな部分も出していけたらとは思うんだけど、しばらく黙っててもらってもいいかな?」

 人の秘密を吹聴して回る趣味は持ち合わせていないので、即座に頷く。

 私の返答に、綿貫さんは肩の力を抜いた。それから、写真の束の中から一枚、取り出した。

「これは?」

 ひらりと表にしてみれば、それは外村くんの写真である。ステージ衣装を着て、流し目を送っている。思わず取り落としそうになった。

「あげる」
「え?」「あなたも、大地のこと好きでしょう? そうじゃなきゃ、あんな風に怒ったりしないでしょ」

 好き、という単語に敏感に心臓が跳ねる。

 いや、違う。これは千里子の言うところの「推したい」という感情なのだから。

 私は綿貫さんの言葉に頷いた。

「でも、いいの?」
「ああ、大丈夫。何枚も持ってるから」
「そう、なの……」

 じっと写真に目を落とす私を、綿貫さんはニコニコというか、ニヤニヤと見守っている。

 どこかで見たことある顔だと思ったら、千里子である。ジャンルは違えど、沼にハマっているオタクというのは、どこかしら似てくるものなのかもしれない。

 勇気を出して、私は聞いた。

「あの、こういう写真って、どこで買えるの? 私、アイドルについて全然知らなくて」

 オタク。それすなわち、自分の得意分野を誰かに教えたくて仕方のない生き物。綿貫さんも、そういう生態の人だった。

 事細かに、彼女は教えてくれた。

 生写真やグッズを購入することができるショップが、渋谷にあること。めぼしいアイドル雑誌とその発売日。情報サイトへの登録方法。

「今なら、クルーのファンクラブに入れば、夏のコンサートのチケット応募、間に合うよ」
「コンサート?」

 クルー、というのが、まだデビューしていないアイドルのタマゴたちの総称であることは、すでに彼女に教えてもらった。外村くんはもともと関西支部に所属していたので、ウェスタンクルー。今は東京所属なので、単なるクルーと呼ばれている。

 デビュー前でもコンサートなんてするんだ。

 綿貫さんがスマホで見せてくれたサイトには、「サマークルーズ」と称されたコンサートのお知らせが大々的に告知されている。その中には、確かに「外村大地」の名前が。

 私はもらった外村くんの写真を見つめた。それから、雑誌のモデルを務めていた彼の姿を思い出す。

 アイドルの本業は、歌って踊って、観客を魅了すること。ステージにいる彼は、静止画よりも眩しいに違いない。

 見てみたい。自分の道と定めたアイドルとして生きている外村くんを、一度でもいいから。

「一般販売での入手は、かなり難しいわよ?」

 最後の迷いの後押しをしたのは、綿貫さんのその一言だった。


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葉咲透織(はざきとおる)@いろ葉書房 いただいたサポートで自分の知識や感性を磨くべく、他の方のnoteを購入したり、本を読んだりいろんな体験をしたいです。食べ物には使わないことをここに宣言します。