「高木いくの プレミアムライブ 2025」で、Jungle Smileからの約30年を振り返っていた
Jungle Smileといえば「おなじ星」が最も有名でしょう。私も、この曲から知りました。リリースは1998年で、もう30年近く前です。Jungle Smileを知ってからも、そんなに経つのか…。
1998
YouTubeのVictor Entertainmentチャンネルで、オフィシャルの映像が公開されていました。
この映像は、かつて発売されたDVD「ジャンスマシネマ」に収録されていたもので、曲の前にショートドラマ的なものが入っていて、いきなり暴力的なシーンから始まります。本来の前奏は30秒あたりからです。
Jungle Smileは高木郁乃さん、吉田ゐさおさんの2人によるユニットで、1996年にデビューしています(結成は1994年だそうです)。「おなじ星」の動画の頃はお二人とも20代だと思いますが、いや若いね…。若い。
まだ街のあちこちにCDショップがあった1990年代末、「おなじ星」が収録されたアルバム「林檎のためいき」を買って、収録曲の壮絶さに呆然としたことを覚えています。
傷だらけで、血を流しながらも、真っすぐに生を希求するひたむきさのようなものを感じる、と、いつも思っていました。壮絶すぎて、アルバムの中であまり聴いていなかった曲もあります。
曲によっては鋭利な棘のように心に刺さったり、また、別の曲では穏やかな熱狂のようなものを感じたり。中には「おなじ星」のような希望を強く感じさせる曲もあり、生きていく中で遭遇する、さまざまな場面がアルバムに並んでいるように思います。
YouTubeに動画がある中では、こちらの「冒険(ロマン)」も狂おしく好きです(アルバム「虹のカプセル」収録)。
ミニアルバム「夏色シネマ」に収録されていた「夏の情景」もいい。
Jungle Smileのほとんどの曲は高木さん作詞、吉田さん作曲ですが、こちらは作詞・作曲ともに吉田さんだそうです。そういえば詞がいつもよりもちょっとポエティックで、テイストが違う感じ。
「林檎のためいき」でもう1つ、ちょっと驚いたこととして、ライナーノーツに記されていたプロフィールにより、高木さんが横須賀生まれで妙高高原町(現妙高市。新潟県)育ちであると知った、ということがありました。
私は妙高山を臨む、現在は合併して上越市となった小さな農村に生まれ、子どもの頃は毎日妙高山を見て育ちました。なんとめずらしい、同郷(だいたい)の方ではないですか。年齢も近いし、後で知ったことですが、通っていた高校も近い(らしい)。
ただ、ふつう、太平洋側から日本海側の雪国に引っ越した人はどえらい苦労をするもので、どういう事情か知らないけど妙高に引っ越しされたのは大変だっただろうなあ、と当初は思っただけでした。
2002
Jungle Smileは2002年に活動を休止します。理由は、高木さんの病気療養のためだったと聞いたことがあります。
ですが、Jungle Smileは休止後も時々活動し、高木さんも「高木いくの」名義で、ソロで活動されるようになります。
休止中にJungle Smileとして公開された「流星スペクタクル」。とてもいい。
高木いくのソロとしての初シングル(だった気がする)「ひと夏」。実際にあったかどうだか定かでない「思い出のあの夏」の空気感が、そのまま曲になっている…。
Jungle Smileの活動休止からしばらく後に、私は結婚しました。妻と2人の持ち物を整理していて、唯一ダブったCDが、Jungle Smileのベストアルバム「ジャンスマポップ」でした。
活動休止後に高木いくのさんはブログやSNSを始められ、私はそれほど熱心な読者ではありませんでしたが、妙高で暮らしてらっしゃること、妙高に愛着を持っていらっしゃることを知り、嬉しく思いました。
と、同時に、Jungle Smileのいくつかの曲のイメージが少し変わりました。列車の中で偶然ちょっと気まずい出会いをする「同級生」は、今はもうない信越線(信越本線?)特急のイメージになりましたし、雪山の宿を舞台にした「初恋」は明確に妙高山のイメージになりました。とはいえ、冬の妙高山って行ったことない気がするな…。
「ひと夏」も、高田平野にある高校の校庭あたりってことでいいでしょう。上越ローカルすぎる地名ですが、桑取川沿いのあたりのイメージ。実際には、そんなところに高校はありませんが。
2010
高木いくのとしてのソロアルバム「やわらぎ」がリリースされたのは2010年頃だったかな? この前後にはご結婚も発表されていたかと思いますが、表題曲の「和(やわらぎ)」ほか、Jungle Smile時代よりも柔和な印象の曲が多かったのが印象的でした。
2011
2011年4月、高田公園の観桜会で、高木さんのライブを初めて観ることができました。
当時は東日本大震災の直後で、大きな仕事をひとつ片付けてさあ休むぞーと思った矢先に、休みどころではなくなってしまいました。まあ、仕事を片付けられていたのでまだマシ、という状況ではありましたが。
これといって被害はなかったとは聞くものの田舎の様子も見ておきたかったのと、気分転換に東京を離れて花見でもしないとやっとられんわと思ったのと、高木さんがライブをされるとの告知を見つけたのとで、スケジュールを合わせて行ったのでした。
妻と一緒に、幼稚園児だった子どもを抱え、ライブを拝聴しました。その歌声の力強いこと。震災で気落ちしていた心身に沁みました。
終演後、後ろで聴いていたおばあちゃんが、「あなたのことは存じ上げなくて、初めて歌を聴きましたが、とてもよかった」と、感極まった感じの声で話していたのを覚えています。
その後、いくつか都内でライブがあったり、Jungle Smileの20周年イベントがあったりしたと思いましたがスケジュールが合わず…。ときどきSNSなどで近況を拝見していて、お子さんが生まれたことを知りました。
2025
そして、2025年、「高木いくの プレミアムライブ 2025」(2025年11月2日、まほろ座MACHIDA)です。ソロとしては10年ぶりのライブだそうで、運よく予約が取れました。もう子どもは放っといていいので、妻と2人で参加です。
あ、その前、2021年だかに、最新のソロアルバム「Udö」が出ましたが、正直なところ、私はこのアルバムをちょっと受け止められていませんでした。これまでにないちょっとコミカルな曲調の曲もあり、その路線変更は何事? みたいな感じがあったのです。
コンサートは、その「Udö」 収録曲から始まりました。セトリをメモっとこうという発想がなかったので記憶だけで書きますが、「mizuiro」「佐渡おけさ」「Thailand」「山のおうち」の順だったかな。
このうち「Thailand」では若い頃(デビュー前後ぐらい?)に高木さんがタイへ旅行したときの写真、「山のおうち」には今のお住まい周辺と思しき写真のスライドショーが流れ、なるほど、「Udö」 の収録曲にはそういう背景があり、高木さんの人生をあらためて俯瞰するような感じでもあるのね、そりゃ曲調も変わってくるよねえ…と、ひとり納得したのでした。
その後の曲は「恋」「無言電話」「夢見る頃は過ぎても」「薫」 だったかな? 記憶から抜けている曲もあるかもしれない…。「無言電話」「夢見る頃は過ぎても」 は、リクエストのエピソードとともに紹介され、特に「無言電話」は、「実にJungle Smileらしい」曲です。
妙高で地に足を付けて暮らし、育児も経験して、そのうえで当時の若々しい曲を歌われる、というのもですね、何を言ったらいいのか分かりませんが、よかったですね。
いやしかし、みんな歳を取ったよね…と客席を眺めながらぼんやりと思っていたら、突然松田聖子さんの話が始まって、度肝を抜かれました。
確かに「世代」だし、当時、歌手になりたいと思った人の憧れのイメージとして松田聖子というのは、言われてみれば超分かります。ただ、私よりも10ほど年上の松田聖子さんがアイドルとして今も活動されていて、そのコンサートに行った、という話は、歳取ったとか言ってる場合じゃねーぞということでもあり、ある意味ではライブ中で一番の衝撃でした。
終盤のJungle Smileおよび高木いくのさんの曲は「おなじ星」「片思い」「和(やわらぎ)」だった、と、思います…。
東京で「おなじ星」を初めてライブで聴きましたが、この曲の発表から30年近くが経過し、本当に星の数ほどめぐりあいが訪れ、そして、いろいろあって今ここにこうしているわけで…。歳を取ると涙脆くなっちまっていけません。
最後が「和(やわらぎ)」というのは、Jungle Smileからのテイストと、最新のテイストとのちょうど交点といったイメージもあり、ものすごく納得感がありました。
そんなこんなで、今後もまたライブが開催される可能性も感じられ、大変よかったです。
最後に、アンコールナンバーだった「おはようよもちゃん」を紹介します。
