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言語学の楽しみ方

はじめに

店員から「袋はお付けしますか」と聞かれ、「大丈夫です」と答える。その言葉は、「いりません」という断りとして伝わります。

けれど、友人に「今、電話しても大丈夫?」と聞かれて同じように「大丈夫」と答えれば、今度は「かまわない」という了承になります。同じ言葉なのに、前後の会話や声の調子によって、ほとんど反対の意味が伝わる。その不思議さへ立ち止まるところから、言語学は始められます。

「外国語を何か話せないと学べないのかな」

「文法用語をたくさん暗記する必要があるのだろうか」

「普段の会話を眺めるだけでも、言語学になるのかな」

言語学は、言葉を正しく使うための規則だけを学ぶものではありません。人がどのように音や手の動きを区別し、語を作り、文を組み立て、場面に応じて意味を伝えるのかを考える学問です。地域や世代による違い、時代とともに起こる変化、会話の間や言い直しも、大切な観察対象になります。

最初から理論を一つに決める必要はありません。今日耳に残った言い方を一つ書き、「なぜ、ここではこの意味になったのだろう」と考えてみる。それだけで、毎日使っている言葉が、小さな研究対象へ変わります。


言語学の基本情報

1回の標準実施時間 約90分

短く楽しむ場合 約30分

準備を含む総所要時間 約100分

想定頻度 週2〜3回程度

年間の想定回数 約120回

主な場所 自宅、図書館、公開講座、オンラインの資料閲覧環境

1人での実施 身近な言葉から自分の問いを選び、ゆっくり確かめられる

複数人での実施 読書会やことばの観察会で、異なる判断や地域差を比べられる

初心者の始めやすさ 身近な一言から始められ、専門機材も必要ない

施設への依存 入門書と公開資料があれば、自宅だけでも始められる

天候の影響 自宅学習ではほとんど受けない

90分あれば、入門書を1節読み、例をいくつか集め、共通点や違いをノートへ残せます。30分の日は、気になる語を辞書で引く、同じ表現を2つの文章で比べる、自分の発音を短く聞き返すなど、観察を一つに絞ります。

言語学の費用

初期費用 0円〜約15,000円

標準的な初期費用 約2,500円

1回の費用 0円〜約1,500円

標準的な1回の費用 約200円

年間費用 約25,000円

図書館で入門書を借り、手持ちのノートやスマートフォンを使えば、ほとんど費用をかけずに始められます。標準的な初期費用の約2,500円は、音、語、文、意味、会話、社会との関係を広く見渡せる入門書を1冊購入する想定です。

1回約200円は、学ぶたびに支払う料金ではありません。本を借りて無料資料を読む日は0円で、書籍、辞書、資料の印刷、公開講座などへ使う日を1年間にならした目安です。年間約25,000円なら、関心のある分野の本を少しずつ増やし、ときどき講座や研究施設の催しへ参加する楽しみも加えられます。

国立国語研究所は、日頃の疑問から読める「ことば研究館」、公開の動画教材、コーパスや方言音声を含む多様な資料を用意しています。最初から有料の辞典や分析ソフトをそろえず、無料で読める解説を使って興味の方向を確かめると、買う本を選びやすくなります。

3つのおすすめ

1.何気ない一言の中に、仕組みが見つかる

普段の会話では、話し手が文を最後まで言わなくても意味が通じることがあります。「今日はちょっと……」とだけ言われて、難しそうだと受け取る。「それ、もう食べた?」の「それ」が、目の前の皿ではなく、昨日話題にした店を指すこともあります。

言葉の意味は、辞書に載っている説明だけで決まるわけではありません。誰が誰へ、どの場面で、何の後に言ったのかによって、短い表現が持つ働きは変わります。語尾が少し上がる、間が長くなる、主語が省かれるといった小さな違いも、相手が受け取る意味に関わります。

最初は、正しい分析名を付けなくても構いません。「この『ちょっと』は量の少なさではなく、断りをやわらげているように聞こえる」と、自分の言葉で書ければ十分です。見慣れた会話の中に規則らしいものを見つける瞬間が、言語学の分かりやすい入口になります。

2.違いを比べると、間違いではなく条件が見えてくる

同じ物を地域によって別の名前で呼ぶ。世代によって自然に感じる言い方が違う。文章ではよく見る表現が、会話では少し固く聞こえる。言葉には、場所、年代、相手との関係、話す場面による違いがあります。

言語学では、最初から一方を正しく、もう一方を乱れと決めるのではなく、「誰が、どこで、いつ、どのように使うのか」を確かめます。「いる」と「おる」、「食べられる」と「食べれる」のような違いも、使われる地域や場面、話し手の判断を分けて見ることで、単純な正誤とは別の姿が見えてきます。

外国語や手話と比べると、日本語では当たり前だと思っていた語順や意味の表し方が、数ある方法の一つだと気づくこともあります。違いを珍しがって終わらせず、そこに一貫した仕組みがあるかを探すことが、少しずつ深まる面白さです。

3.小さな予想を、実際の用例で確かめられる

「この言葉は、昔より肯定的に使われることが増えた気がする」「この語尾は、会話では多いけれど記事では少ないのではないか」。言葉について考えていると、自分の感覚から小さな予想が生まれます。

その予想を、辞書の用例、新聞や本、公開されている会話資料、コーパスなどで確かめられることも、言語学の魅力です。国立国語研究所が公開する現代日本語書き言葉均衡コーパス第1部では、書籍、雑誌、新聞、白書、ブログ、教科書、法律など、複数のジャンルの用例を調べられます。申込不要の検索環境「少納言」も用意されています。

検索結果が予想と違っていても、失敗ではありません。「自分がよく触れる場面だけでは多く感じていたのかもしれない」と、問いの条件を見直せます。印象から始め、例を集め、予想を書き直す。その往復によって、言葉を眺める楽しさが少しずつ調査へ変わっていきます。

最初の学習環境では、問い・用例・出典を一緒に残す

言語学のノートは、用語だけを並べた暗記帳にしなくても構いません。1ページを「気になった問い」「見つけた用例」「どこで見たか」「今の予想」の4つに分けると、後から考え直しやすくなります。

用例には、前後の文や会話の場面も短く添えます。1文だけ切り取ると、誰の発言か、質問への答えなのか、冗談なのかが分からず、意味を取り違えることがあります。公開された本や番組から採った例は、作品名、著者や話者、公開年、ページや回を残します。

最初の観察対象は、自分で書いた文、自分の声、正規に公開された資料を中心にします。家族や友人の会話を調べたい場合は、観察や録音の目的、保存する範囲、人へ見せるかどうかを先に説明し、相手の了承を得ます。

最初の1冊は、理論の有名さより例の分かりやすさで選ぶ

言語学には、音声学・音韻論、形態論、統語論、意味論・語用論、社会言語学、歴史言語学など、多くの入口があります。最初の本は、すべてを深く扱っているかより、身近な例から各分野の違いを見せてくれるかで選びます。

発音が気になるなら、口や舌の動きと音の違いが図で分かる本。文章の組み立てが気になるなら、短い文を並べ替えながら考えられる本。方言や若者言葉が気になるなら、地域や世代による違いを実際の資料から説明している本が読みやすくなります。

購入前に図書館で2冊ほど開き、知っている表現が扱われている章を読んでみます。専門用語が出たときにすぐ例へ戻れること、異なる考え方がある場合に一つだけを絶対の答えとして書いていないこと、参考文献が示されていることも選ぶ手がかりです。

初めての1日は、「大丈夫です」が何を伝えているのか考える

初回の目標は、言語学の全体像を理解することではありません。同じ表現が、場面によって違う働きをする例を一つ整理することです。

ノートの中央に「大丈夫です」と書き、その周りへ3つの場面を置きます。

「ここへ座っても大丈夫ですか」への「大丈夫です」。

「袋はお付けしますか」への「大丈夫です」。

「体調は大丈夫ですか」への「大丈夫です」。

それぞれが、許可、辞退、無事な状態のどれを伝えているように感じるかを書きます。次に、直前の質問、声の調子、うなずきや首の動きがなくても同じ意味になるかを考えます。

最後に、「表現そのものだけでなく、直前の質問が意味を絞っているのではないか」と仮の答えを一つ残します。正解を決めず、別の場面ではどうなるかという次の問いが生まれたところで、最初の観察は完成です。

最初に必要なもの

最低限必要なもの

言語学の入門書または図書館で借りた参考書、ノート、筆記具があれば始められます。見つけた例だけでなく、出典と前後の場面も残します。

あると便利なもの

PCやスマートフォン、国語辞典、複数の例を整理する付箋、音声を再生できるイヤホンやスピーカーがあると便利です。公開コーパスや方言音声を使う場合は、利用条件も一緒に確認します。

続けるなら用意したいもの

関心のある分野の概説書、言語学用語辞典、地域語の資料、比較したい言語の文法書が候補です。発音を詳しく見るようになったら、自分の声を録音する環境や音声分析ソフトを加える方法もあります。

後回しにできるもの

高価な録音機材、有料の統計ソフト、大量の専門書、学習管理ツールは、入口では必要ありません。何を観察したいかが明確になってから、不足する機能だけを足します。

安全に楽しむために

読書と画面検索が続く日は、同じ姿勢を長く保たないようにします。厚生労働省の情報機器作業に関するガイドラインでは、連続作業を1時間以内にし、次の作業までに10〜15分の休止を設ける考え方が示されています。趣味でも、一つの調べ物が終わったところで立ち、目を遠くへ向け、肩や腰を動かします。

音声の観察は、まず自分の声や利用条件が明確な公開資料で行います。個人情報保護委員会は、通話内容から特定の個人を識別できる場合、その録音が個人情報に当たり得ると案内しています。知人の声を録音するときは無断で始めず、目的、保存期間、共有範囲を説明して了承を得ます。

本、記事、番組の発言を記録として公開するときは、長い文章や文字起こしをそのまま載せません。引用する部分と自分の説明を分け、必要な範囲に絞り、出典を示します。利用する資料やサービスによって条件が異なるため、公開前には文化庁の案内と各資料の利用規約を確認します。

方言、世代差、外国語話者の表現を扱うときは、面白い例として切り取るだけでなく、その話し方を使う人への敬意を忘れないようにします。「なまっている」「間違っている」と評価する前に、どの地域や場面で使われ、どのような規則があるのかを確かめます。

続けるほど変わる五つの楽しみ方

1.気になる言い方を一つ残す

会話、本、番組、看板などから、引っかかった表現を選びます。意味を急いで決めず、どのような場面で見つけたかを書きます。

2.似た例を並べて共通点を探す

同じ語を使った文や、似た働きをする別の表現を数例集めます。音、語順、話す相手など、何が変わると受け取り方も変わるのかを考えます。

3.辞書やコーパスで予想を確かめる

自分の感覚だけで結論を出さず、複数の辞書、公開資料、コーパスを使います。例外が見つかったら、予想が成り立つ条件を狭く書き直します。

4.地域・時代・別の言語と比べる

方言資料、古い文章、外国語、手話などへ範囲を広げます。当たり前に感じていた仕組みが、数ある言語の選択肢の一つとして見えてきます。

5.自分の「ことば観察帳」を育てる

問い、用例、出典、考え直した過程を1冊へまとめます。家族と表現の違いを話したり、読書会で問いを共有したりしても、公開せず自分だけの記録として残しても構いません。

この五つは、上へ進むための順位ではありません。音だけを長く観察しても、一つの方言へ戻り続けても、辞書を眺める時間を中心にしても自然な続け方です。気になった言葉が現れるたびに、見る、比べる、調べるを行き来できます。

あわせて楽しみたい関連する趣味

辞書

辞書を読むと、同じ言葉でも意味の分け方、用例、使われる場面の示し方が辞書ごとに違うことへ気づけます。言語学で生まれた疑問をすぐ確かめたい人や、語の意味がどのように整理されているかを比べたい人におすすめです。


手話

手話は、日本語の単語を手の形へ置き換えただけではなく、手指、表情、視線、身体の向き、空間を組み合わせて意味を伝える言語です。言語を音声だけのものだと思っていた見方を広げ、文法や会話の仕組みを別の角度から考えられます。


ポッドキャスト

ポッドキャストでは、言い直し、間、相づち、話題の移り方、声の上がり下がりなど、文章だけでは見えにくい会話の動きを聴けます。内容を楽しみながら、話し手同士がどのように順番を渡しているのかを観察したい人にも向いています。


同じ一言の中にある、いくつもの意味を見つける

言語学を始めても、聞こえてきた表現の理由がすぐに一つへ決まるとは限りません。話した本人にも選んだ理由がはっきりしないことがあり、地域や場面が変われば、同じ説明が当てはまらないこともあります。

それでも、「大丈夫です」という一言を聞いたとき、言葉そのものだけでなく、その前の質問、声の調子、相手との関係へ目が向いたなら、日常の会話は以前より少し立体的に聞こえています。

次の休日は、その日に耳へ残った短い表現を一つだけ書き留めてみてください。誰が言ったかではなく、どのような場面で、何を伝えたように感じたかを横へ添える。

いつもの言葉の下に小さな仕組みが見えた瞬間、何気ない会話の続きが、次の観察を待つ場所へ変わります。

休日のよりみち帖では、気軽に試せるものから、少しずつ時間をかけて深めていくものまで、さまざまな趣味やレジャーを紹介しています。「次の休日は何をしよう」と迷ったとき、新しい楽しみを見つける小さなきっかけになれたらうれしいです。これからも、思わず試してみたくなる趣味を一つずつ丁寧に紹介していきますので、ぜひフォローして、次の記事も覗いてみてください。

ほかの趣味やレジャーも探してみたい方は、こちらの一覧から気になるものを覗いてみてください。

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