哲学の楽しみ方
はじめに
本を閉じたあと、読み終えたページよりも、その途中で浮かんだ一つの疑問が心に残ることがあります。
「自由に選んだ」と言えるのは、どのようなときだろう。
誰にも命令されていなければ自由なのか。それとも、選べる道が十分に用意されていることまで必要なのか。短い問いを書いただけなのに、普段は何となく使っていた「自由」という言葉が、急にいくつもの意味を持ち始めます。
「難しい原典から読まないといけないのかな」
「昔の哲学者の名前や考え方を、たくさん覚える必要があるのだろうか」
「答えが一つに決まらないのに、考え続ける意味はあるのかな」
哲学は、有名な言葉を暗記したり、難しい文章を最後まで読み切ったりすることだけではありません。知るとはどういうことか、正しいとは何か、自分と他者はどう関わるのか、よく生きるとはどのようなことか。身近な言葉や判断の中にある前提を見つけ、理由や反例を確かめながら考え直していく営みです。
最初から大きな問いへ答えを出す必要はありません。日常で引っかかった言葉を一つ選び、「なぜ、そう思ったのだろう」とノートへ書くところから、哲学の時間は始まります。
哲学の基本情報
1回の標準実施時間 約90分
短く楽しむ場合 約30分
準備を含む総所要時間 約100分
想定頻度 週2〜3回程度
年間の想定回数 約120回
主な場所 自宅、図書館、書店、公開講座、読書会
1人での実施 本を読みながら、自分の問いをゆっくり考えられる
複数人での実施 読書会や哲学対話で、異なる考え方に触れられる
施設への依存 自宅と図書館だけでも始められる
天候の影響 自宅学習ではほとんど受けない
90分あれば、入門書を数ページから1節ほど読み、気になった主張をノートへ移し、自分なりの理由や疑問を加えられます。短く楽しむ日は、問いを一つ書き、賛成できる理由と迷う理由を一つずつ考えるだけでも構いません。
哲学書は、長く読んだから理解が深まるとは限りません。1ページの途中で立ち止まり、前の段落へ戻ったり、言葉の意味を確かめたりする時間も、哲学では大切な読み方になります。
哲学の費用
初期費用 0円〜約15,000円
標準的な初期費用 約2,500円
1回の費用 0円〜約1,500円
標準的な1回の費用 約200円
年間費用 約25,000円
図書館で入門書を借り、手持ちのノートと筆記具を使えば、費用をかけずに始められます。標準的な初期費用の約2,500円は、繰り返し開きたい入門書を1冊購入し、ほかは手持ち品で整える想定です。
1回約200円は、考えるたびに支払う料金ではありません。本を借りて読む日は0円で、書籍、資料の印刷、公開講座、読書会などへ費用を使う日を、年間でならした目安です。年間約25,000円なら、入門書や気になる古典を少しずつ増やしながら、ときどき講座や対話の場へ参加する楽しみも加えられます。
最初から全集、専門辞典、原語の書籍をまとめてそろえる必要はありません。哲学書は、関心のある問いによって必要な本が大きく変わります。図書館で数冊を比べ、繰り返し戻りたい本だけを購入すると、費用も本棚も増えすぎません。
3つのおすすめ
1.当たり前に使っていた言葉の輪郭が見えてくる
「公平」「自由」「幸福」「責任」「普通」といった言葉は、日常の中で何度も使われています。ところが、意味を説明しようとすると、思っていたほど簡単ではないことに気づきます。
公平とは、全員へ同じものを渡すことなのか。それとも、置かれた状況に応じて違うものを渡すことなのか。自由とは、妨げられないことなのか、それとも自分で考えて選べることなのか。同じ言葉でも、どこを大切にするかによって答えが変わります。
哲学では、言葉を難しくするために細かく分けるのではありません。自分と相手が同じ意味で使っているか、判断の中に見落としている条件がないかを確かめるために、言葉の輪郭を整えます。
一つの言葉を丁寧に考えると、ニュース、本、映画、日常の会話まで、以前とは少し違って聞こえます。よく知っていると思っていた言葉の中に、まだ考えられる余白が残っていることが、最初から感じやすい面白さです。
2.反対意見によって、自分の考えが少しずつ変わる
哲学では、自分の意見を強く言い切ることより、その意見を支えている理由を確かめます。さらに、「その理由は別の場合にも当てはまるか」「反対の立場から見ると、何が問題になるか」と考えます。
たとえば、「約束は必ず守るべきだ」と考えたとします。約束が信頼を支えるという理由には納得できても、誰かを危険から守るために約束を破る場合はどうでしょう。例外を見つけたからといって、最初の考えがすべて間違いになるわけではありません。「原則として守るべきだが、別の責任と衝突する場合がある」と、考えを少し詳しくできます。
反例は、自分の意見を壊すためのものではなく、どこまでなら成り立つのかを教えてくれるものです。最初の答えを書き直すたびに、考えが弱くなるのではなく、条件や限界を含んだ形へ変わっていきます。
3.答えが出なくても、問いの置き方が変わっていく
哲学の問いには、1冊の本を読めば決着するものばかりではありません。自由、正義、意識、幸福、生と死などは、長い時間をかけて多くの人が考え続けてきたテーマです。
それでも、考える前と後が同じとは限りません。「正しい行動は何か」と考えていた問いが、「誰に対する責任を優先しているのか」へ変わる。「幸せになる方法」を探していた問いが、「幸せを一時的な気分だけで測ってよいのか」へ変わることがあります。
答えを一つ持ち帰れなくても、何が分からないのか、どの条件で迷うのかを言葉にできれば、考えは前へ進んでいます。問いが少し正確になる瞬間そのものを楽しめることが、哲学を長く続ける魅力です。
最初の学習環境では、答えより問いの変化を残す
哲学のノートは、きれいな要約集にする必要はありません。読み始める前の考えと、読み終えた後の考えが両方残っている方が、自分の見方がどこで変わったのかを確かめられます。
ページを「問い」「今のところの答え」「そう考える理由」「当てはまらない例」の4つに分けてみます。答えがまとまらない場合は、「この言葉の意味がまだ曖昧」「2つの価値が衝突している」と書くだけでも構いません。
資料を読んだときは、著者名、書名、発行年、ページを考えの横へ残します。哲学では、似た言葉でも哲学者や時代によって使われ方が異なることがあります。誰の説明なのかを分けておくと、自分の考えと著者の主張が混ざりにくくなります。
国立国会図書館のリサーチ・ナビでは、哲学・思想分野の研究書や論文、西洋哲学の原典や邦訳を探すための資料が案内されています。関心が深まったときに、特定の哲学者や概念について次に読む本を探す入口として使えます。
最初の1冊は、哲学者の有名さより問いへの興味で選ぶ
最初の本は、「哲学史を古代から順番にすべて学べるか」より、自分が考えてみたい問いを扱っているかで選びます。幸福、正義、自由、死、言葉、自分と他者、心と身体など、目次を見て立ち止まったテーマがあれば、それが入口になります。
いきなり古典の原文や分厚い専門書へ進むと、時代背景や独特の用語が分からず、問いへたどり着く前に疲れてしまうことがあります。最初は、具体例があり、複数の立場を紹介し、参考文献が示されている入門書が読みやすくなります。
その後で、入門書に引用されていた原典の一章や一節を読んでみます。翻訳によって言葉の印象が違う場合もあるため、分かりにくい箇所は別の訳や解説と比べます。最初から最も難しい版を選ぶより、「もう少し先を読みたい」と思える本を手元へ置く方が続けやすくなります。
さらに深く読みたくなったときは、日本哲学会の機関誌『哲学』に掲載された論文をJ-STAGEで検索できます。題名や要旨を眺め、関心のある問いが現在どのように研究されているのかを知るだけでも、入門書の先にある世界が見えてきます。
初めての1日は、「公平とは何か」を1つの場面で考える
初回の目標は、哲学の歴史を理解することではありません。身近な問いを一つ選び、最初の答えを少しだけ書き直すことです。
たとえば、「公平とは、全員を同じように扱うことだろうか」とノートへ書きます。次に、そう思う理由を1つ書きます。「人によって扱いを変えると、えこひいきになるかもしれない」といった短い理由で構いません。
そのあと、同じ扱いでは不公平に感じる場面を考えます。年齢や身体の状態が違う人へ、まったく同じ支援だけを用意する場合はどうでしょう。反例が浮かんだら、最初の答えを「同じ基準で扱うことが基本だが、必要の違いを無視しないことも公平に含まれる」と書き直してみます。
最後に、「では、必要の違いは誰が判断するのか」と次の問いを1つ残します。答えを完成させるのではなく、問いが一段深くなったところで本を閉じれば、最初の哲学の時間は十分です。
最初に必要なもの
最低限必要なもの
入門書または図書館で借りた参考書、ノート、筆記具があれば始められます。ノートには本の要約だけでなく、自分が引っかかった言葉と、その理由を残します。
あると便利なもの
国語辞典、哲学用語辞典、付箋、ブックスタンド、PCやタブレットがあると、言葉の意味や関連する資料を調べやすくなります。辞典は最初から購入せず、図書館の参考図書を使って自分に合うものを確かめてもよいでしょう。
続けるなら用意したいもの
同じテーマを異なる立場から扱う本、古典の翻訳、哲学史の概説書が候補です。1人の哲学者だけでなく、反対する立場や後の批判も並べると、考えの違いが見えやすくなります。
後回しにできるもの
全集、原語の専門書、高額な電子辞書、有料の学習管理ツールは急いでそろえなくて構いません。どの時代や分野を深めたいかが分かってから、必要なものだけを選びます。
安全に楽しむために
読書や画面作業では、本や端末へ顔を近づけた姿勢を長く続けないようにします。厚生労働省の情報機器作業に関する案内でも、画面の注視や一定姿勢による目、首、肩、腰などの負担を避けるため、作業を区切り、遠くを見ることや姿勢を変えることが示されています。90分学ぶ日は、途中で一度本を閉じ、立ち上がる時間を入れます。
生や死、差別、暴力、病気などを扱う文章は、その日の状態によって負担に感じることがあります。苦しくなるテーマを無理に読み進めず、別の問いへ移る、誰かに話す、しばらく本を閉じるという選択も大切です。つらさが生活へ影響する状態が続く場合は、哲学だけで解決しようとせず、適切な相談先や専門家を頼ります。
読書会やオンラインの哲学対話では、反対意見と相手自身を分けて扱います。発言を急かさない、個人的な経験を無理に聞き出さない、会の外へ内容を共有するときは本人の了承を得るなど、考えるための安心を守ります。
本の文章を記録や記事へ使うときは、長い部分をそのまま写すのではなく、自分の説明と引用部分を分け、書名や著者、ページを示します。文化庁の著作権資料では、引用には必要性があり、引用部分が明確に区別され、目的に照らして正当な範囲であることなどが示されています。
続けるほど変わる五つの楽しみ方
1.気になる問いを1つ書く
日常の会話、本、ニュース、映画などから、引っかかった言葉を選びます。最初は答えより、「なぜ気になったのか」を短く残します。
2.言葉と理由を分けて考える
自由、公平、幸福などの言葉が、自分の中で何を指しているかを書きます。その考えを支える理由と、当てはまらない例を1つずつ探します。
3.異なる立場を比べる
同じ問いを扱う2人の哲学者や2冊の入門書を読み比べます。どちらが正しいかを急いで決めず、前提、理由、大切にしている価値の違いを見つけます。
4.原典と解説を行き来する
入門書で全体をつかんだあと、引用されていた原典の一節を読みます。分からなければ解説へ戻り、別の翻訳も確かめながら、自分の問いに必要な範囲を深めます。
5.考えを対話や文章へ開く
短い哲学ノートをまとめる、読書会で問いを共有する、家族と一つのテーマについて話すなど、自分の考えを他者の視点へ開きます。発表することを目標にせず、自宅で答えを書き直し続ける形も自然な楽しみ方です。
この五つは、上へ進むための順位ではありません。1つの問いを何度も考えても、入門書だけをゆっくり読んでも、対話せず1人でノートを育てても構いません。読む、考える、戻る、話すを、その時の関心に合わせて行き来できます。
あわせて楽しみたい関連する趣味
専門書
専門書読書では、数ページずつ立ち止まりながら、用語、主張、根拠、参考文献を整理していきます。哲学の入門書から原典や研究書へ進みたいときに、読み切ったページ数ではなく、理解できた概念を大切にする読み方が役立ちます。
読書会
読書会では、同じ文章を読んだ人の異なる受け取り方に触れられます。自分では気づかなかった前提や反例を知りたい人、考えを勝ち負けではなく対話として深めたい人におすすめです。
美術館鑑賞
美術館鑑賞では、「美しいとは何か」「作品の意味は作者が決めるのか」「本物と複製では何が違うのか」といった問いを、実際の作品を前に考えられます。抽象的な哲学の問いを、色、形、空間、自分の感じ方と結びつけたい人に向いています。
答えの横に、次の問いを一つ残す
哲学を始めても、自由や幸福について、迷いのない答えを持てるとは限りません。本を読んだことで、かえって以前より簡単に言い切れなくなることもあります。
けれど、それは何も分からなくなったということではありません。自分がどの意味で言葉を使い、何を理由に判断し、どの例の前で迷うのかが、少しずつ見えるようになっています。
次の休日は、普段よく使う言葉を一つだけノートへ書いてみてください。その下に「それは、どういう意味だろう」と添え、思いついた答えの横へ、もう一つ小さな疑問を置く。
ページの余白に次の問いが生まれた瞬間から、考える時間は静かに続き始めます。
休日のよりみち帖では、気軽に試せるものから、少しずつ時間をかけて深めていくものまで、さまざまな趣味やレジャーを紹介しています。「次の休日は何をしよう」と迷ったとき、新しい楽しみを見つける小さなきっかけになれたらうれしいです。これからも、思わず試してみたくなる趣味を一つずつ丁寧に紹介していきますので、ぜひフォローして、次の記事も覗いてみてください。
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