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【創作大賞2025】夏の罪と空模様【短編小説】


夏が、 嫌いだ。

何が嫌いかって、刺さるほど暑い太陽と湿気。あとは夏特有の天色の空。

夏が嫌いだ。

何が嫌いかって、嫌でもあのことを思い出してしまうから。

今日はその話をここに記しておこうと思う。


そも私は何者か、ということを説明しておかなければならない。
私は端的に言えば何でも屋である。
家の掃除から作り置き、機械の修理、果てはちょっとアングラな仕事も金次第でやる。
私は元々孤児だったこともあり、とにかく手に職を付けるしか当時生きていく術はなかったのだ。

18歳で何でも屋を始めて5年ほど経ったある春先の日、私はとある女性と出会った。
その名を白井という。
白井は肩くらいまでの黒髪を緩く束ねたスーツ姿の私立探偵で、情報屋も兼ねている私の所になにかないかと尋ねてきたのが最初であった。

「こんにちは〜、何でも屋さんですよね?私、探偵やってる白井という者なんですけど」

「ええ、私は何でも屋ですけど。なにか御用で?」

「なんかいいネタ転がって無いですか?最近暇で暇で仕方なくて、このままじゃ家賃も払えなくて餓死しちゃいます」

「探偵さんなら依頼が舞い込んで来るものでは?」

「私まだ探偵業始めたばっかりで全然リピーターとかいないし…実績もほぼないんですよねぇ」

「なるほど…分かりました。いくらまで出せますか?払える金額によってはいいものをお渡しできますよ。」

「ん〜…よし、私の最後の1万円、受け取ってください!」

…この人、後々の事とか何も考えてないのか…?とも思ったが、私はその1万円を受け取った。
そんなにお金に困ってるなら簡単な猫探しを提案しようと書類を棚から引っ張り出し、彼女に差し出した。

「では猫探しはどうでしょう。黒ぶちのティラミスくんです。必要なデータは飼い主さんから貰ってます。探し出して実績にでもしてください。」

「え〜っ!?私の命削った1万円が猫ちゃんに…もっと殺人事件とかないんですか〜…?」

「人の命が1万円で買えるならこの国はとっくに世紀末と化しているでしょ」

「それはそうですけど、ん〜猫ちゃんか…私に探せるかなぁ…何でも屋さんは一緒に探してくれないんですか?」

ほんの少し、白井の声が沈んだのが分かった。
白井にはお金がない上に探偵としてのキャリアはまだ日が浅い。少々心配だったので了承することにした。

「はぁ…仕方ない。私も一緒に探してあげますよ。元はと言えば私宛ての依頼ですし。」

「依頼の横流し…?それ良くないんじゃないですか?あっ、というか一緒にやるなら5000円返してくださいよ〜!折半でしょ折半!割り勘!」

「まぁ、良くないと言われればそうですね。あと割り勘はしません。貴女の1万円で私は動く気になったんですから、半額返金なら一人でやってもらいますよ。」

「も〜、ケチ…。でも分かりました、手伝ってくれるんですね?5000円で助手を雇えたと思えば安いもんですっ!」

2人で私の事務所を出ると、まだ冬の香りを纏った風が昼下がりの街を優しく駆けていった。
振り返れば、白井は当時から私にとって明るすぎて眩しいくらいの存在だった。
白井に照らされた私の影はいつもよりもいっそう色濃くなった気がして、胸が締め付けられる。
この仕事が終わったら白井には飼い主さんから報酬の全額を受け取ってもらってなんとか距離を置こう、と歩きながら考えていた。

とりあえず、飼い主さんから預かった資料を元に見当をつけてみる。
普段のティラミスくんは、たまに近所を散歩して帰ってくるだけで失踪したことは無いと言う。

なのでとりあえず近所をぐるっと3周くらい回ってみたし、猫が寄り道しそうなスポット数箇所を巡ってみた。

「…いないですね。」
「いないですねぇ〜…じゃあ一旦私の事務所へ帰ります?ここから近いんです!と言っても机とソファーしかないですけどね!」

日も落ちてきたので一旦戻るのもアリか…と思案していたところ、そういえば、夜にここの近くの空き地に猫達が集まっているとの噂を耳にしたことがあった。

「白井さん、夜にもう一度出直しませんか?夜、近くの空き地に猫達が集まっているという噂を耳にしたことがありまして。」

私はどちらかというと犬派なのでこの情報は記憶の奥底に眠っていたが、なんでもとりあえず脳に貯蔵しておくものだな、と思った。

「ほんとですか?!じゃあ1回戻りましょう!レッツゴー白井探偵事務所!」

「ちょ、なんで貴女の事務所行くって決まっちゃったんですか!」

「え?だってここから近いし…どうせなら仮眠でも取ってから一緒に行きません?あ、ソファーが嫌なら一旦解散でもいいですけど…」

「いや…なんか心配なのでついて行きましょう。道案内、頼みます。」

「了解ですっ!じゃあ改めて、レッツゴー!」

歩くこと数分、ついたのは12階はあるマンションであった。
白井の部屋は4階らしいのでそこまでエレベーターで昇る。
白井がドアを開けると、部屋全体がモノトーンを基調とした清潔な見た目だった。生活感がまるでないのは気のせいだろうか。

「ちょっと汚いんですけど上がってください、好きな方座ってくれて大丈夫ですよ〜」

と言われたので入口側のソファーに腰掛ける。
あとから聞いた話では、この家は1LDK。
埃一つないくらい生活感がない理由は、ここで依頼者へのヒアリングをしたり依頼を受けるから、だそうだ。
見える場所はとことん綺麗にしている所に少々強迫観念にも似たこだわりを感じる。

好きなもので埋めつくしてごちゃついている私の事務所とは大違いだな〜とぼんやり考えていると、白井が毛布を持ってきてくれた。

「あ、毛布…ありがとうございます。」

「いえいえお気遣いなく!まだ夜は少し冷えますからね…」

と、少し寂しそうな顔をした白井の横顔を今でも覚えている。

「あ、というか夜ご飯どうします?さっきコンビニで買ってくれば良かったかなぁ…?」

「キリのいいタイミングでラーメン屋にでも入りましょう。行きつけがあるんです。」

「ラーメン…!いいですね!塩ラーメンあります?私塩派なんですよ〜!」

そんな話をしつつ仮眠後、夜8時くらいになって空き地へ行くと、猫達がなにやら集まってニャーニャー鳴いている声が聞こえてきた。

ここにティラミスくんが居たとして、逃げられてはいけないので傍の電柱に白井と二人で身を潜めて覗いてみる。
くつろぐ猫達の中に、写真と同じ柄の猫がいた。ティラミスくんだ。
とりあえず飼い主さんに電話をかけようとスマホを取り出し、電話をかけるとすぐに繋がった。

「もしもし、夜分遅くに失礼します。何でも屋 栗の花です。二丁目の空き地にてティラミスくんを発見したのですが、如何しますか?」

「…見つかったんですか!すぐ行きます。15分くらいで着くと思いますのでお待ちください。」

「分かりました。ゆっくりで良いですから、お待ちしております。」

15分後、飼い主さんが到着し無事にティラミスくんは保護された。

「見つけていただきありがとうございます!あの、そちらの方は…?この前ご相談に行ったときはいませんでしたけど…」

「ああ、探偵の白井さんです。ちょっといろいろありましてティラミスくん探しを手伝ってもらったんです。」

「はい、新米私立探偵の白井です!今回のような猫探しから浮気調査までお任せください!まだ実績がないのでお安く依頼を承っておりますから、お困りの際はよければ是非!」

そう言うと白井は飼い主さんに名刺を渡した。

「ありがとうございます。何かあったら相談しますね。あと、アキさんにはこれを…」

私は飼い主さんから封筒に入った報酬を頂いた。

「本当に、見つけてくれてありがとうございました!ティラミス、もう逃げちゃダメだよ〜」

そう言って飼い主さんは静かな住宅街の中に消えていった。
私は見えなくなったことを確認すると、

「白井さん、これ。」

と言って先程貰った報酬を渡した。

「え、なんでですか?」

「私は貴女から1万円頂いてますから、あげます。食費なり生活費に充ててください。お金ないんでしょう?」

「…ほんとにいいんですか?3万円なんて大金、私調子乗っちゃいますけど。」

「だったらさっき話したラーメンでも奢ってください。それで契約満了にしましょう。」

「わかりました!じゃあ行きますか!…あ、というか名前、アキさんって言うんですね!そう呼んじゃおうかな〜?」

「まぁ好きにすればいいですけど、だったら私も白井って呼ばせてもらいますよ。」

そうして私たちは行きつけのラーメン屋に行き、私は醤油ラーメン、白井は塩ラーメンを頼んで食し、この日はお開きとなった。

それから、白井は暇になると私の所に顔を出すようになった。要件は大抵「お金貸してくれ」か「お腹すいた」だった。
最初は嫌がっていた私も、彼女がこの事務所に足繁く通う様子に根負けし、暇であれば料理を作ったり少額ではあるが金銭面の援助をし始めた。

今思えば、私は人の役に立つのが好きだからこの仕事を始めたし、白井にもできる限りの援助をしようと思ったのだろう。
お人好しと言われればそうかもしれないが、これが私の本質なのだと感じる。

そんな毎日が続き、夏に差し掛かったある日。
いつものように暇な白井が家に来て料理をせがむので、適当にペペロンチーノでも作っているとソファーで横になっている彼女は突然こう言った。

「アキさんは、人間が死んだ後って何処に行くと思います?」

「…なんですか急に。白井らしくないですよ。」

「いいから答えてくださいよ〜!」

「宗教的に言えば地獄、個人的に言えば無、でしょうか。で、なんでそんなこと聞くんです?」

「ふーん、無かぁ…どんな感じなんだろ…というか理由なんてなんでもいいじゃないですか!ちょっと気になっただけです!
あと、半分同居状態になってるのはあまりにも申し訳ないので、この状況を打破するために自立します!明日から来る頻度減らすので!」

「……そうですか。無理しないでくださいね。」

はい、ペペロンチーノ。と白井の前に差し出すと、寝転がっていた白井は跳ね起き、いただきまーす!と言ってローテーブルに向かって美味しそうに食べる。
この顔を見る頻度が減るのかと思うと、少し寂しく物悲しくなった自分がいた。

白井と会わなくなって2ヶ月ほど。
私は夏真っ盛りの東京という名のコンクリートジャングルを、依頼終わりに歩いていた。
ふと白井の事務所があるマンションの前を通りかかったので、今は何をしているんだろうな〜と思いつつ、一緒に猫を探した以来白井の事務所に行ったことはなかったので、何階だったかなと上を見て天に昇る太陽に目を細めた。

その時だった。

重そうな物体がドチャ、と音を立てて私の前に落ちてきた。
近くの通行人から小さな悲鳴が上がる。

なんだろう、と思って地面を見た。
この瞬間だけ世界が止まったような気がした。

白井だ。

先程まで白井だったものはよりにもよって私の前で、潰えた。

どこからどう見ても生きている感じはしなかった。足も顔の左半分も潰れていたのだ。
生きている方がおかしいと言っていいだろう。

その後どうしたかはあまり覚えていない。多分救急車を呼ぶか何かしたんだと思う。
気がついたら時計は深夜3時を指していて、私は自宅のベッドに腰掛けて天井をぼーっと見つめていた。

彼女が死んだ事実を受け止められなくて、心が空っぽなまま暫くを過ごした。葬儀も出なかった。
やっと現実を咀嚼し始めたのは秋口に差し掛かる頃だった。

2年程経った今になって辛うじて彼女の死を飲み込めたが、どうしても夏に空を見上げるとあの瞬間がフラッシュバックして動悸がする。
きっと何も思わなくなる日は訪れないのだろう。

白井と出会う前の私がどう生きていたのか、白井が居なくなった私がこれからどう生きていくかは分からないけれど
私だけは白井を、私の人生において恐らく1番鮮烈で儚い白井が生きていた事を死ぬまで覚えていようと思う。



はじめまして、白染悠希です。
この度、初めて短編小説を書きました。
稚拙ですが楽しんでいただけたなら幸いです。
もしよろしければ、スキやコメントをしてくださると嬉しいです。

では、またいつか。

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