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90度くらい尖って生きる

「今日の私は怒り360度です。」
先輩に伝えた言葉が、思いのほかしっくりきた。

朝から小さなイライラが積み重なり、気づけば仕事開始からわずか2時間で360度。
なかなかのペースだと、自分で笑ってしまった。

怒りは、できれば避けたいネガティブな感情。
でも“角度”で表現すると、不思議と可視化されて、冷静に眺められる気がする。
数字に置き換えるだけで、感情と少し距離をとれるのだ。


怒りは角度で測れる

私の中での目安はこんな感じ。

0度=平和そのもの。 穏やかで波風ゼロ。

45度=少しムッとするけど許容範囲。 「まあ仕方ないか」と流せるレベル。

180度=半分爆発。 顔や声に出るけれど、ギリギリ理性で抑えられる。

360度=一周回って、むしろ頭がクリアになり笑えてくる。

「今の私は何度くらい?」と角度で捉えると、ただイライラしていた状況が、ちょっと俯瞰して見える。
数字でも温度計でもなく“角度”だからこそ、イメージがしやすいのだ。


怒り=情熱の裏返し

私にとって“ちょうどいい角度”は45度前後。
完全に無風でもないし、爆発でもない。
その裏には「譲れないもの」や「大事にしたいこと」が潜んでいる。

怒りは決して悪者じゃない。
むしろ、無関心では絶対に怒りは湧かない。
「どうでもいい」ことには、人は怒らないからだ。

だから私は思う。
怒りの正体は、情熱の裏返し。
誰もが怒りを抱えるのは、誰もが何かに真剣だからだ。


尖りは個性

少しくらい角度があって尖っていないと、個性はなくなってしまう。
丸く削れば、人当たりはよくなる。
けれどその分、「その人らしさ」も削がれてしまう。

仕事でも人間関係でも、尖っているからこそ摩擦が生まれる。
でも、その摩擦は成長を促し、存在感を際立たせる。
完全に丸い人は無難だけれど、印象には残らない。

40代も半ば。私は考えた。
どうせなら、ほどほどをやめて90度くらい尖って生きていく。
だいたいの人は90度を目指して、やっと45度くらいに落ち着くのだから。
だったら最初から思い切り尖っておけばいい。


自分の角度は、自分で決めていい。
誰かに合わせて丸くなる必要なんてない。

尖りは不器用に見えるかもしれない。
でも、それは“私らしさ”という一番の強み。

だから私は、90度くらい尖って生きていく。
そして時に360度まで回りきって、笑い飛ばしながら進んでいく。


🌱 まとめ
怒りはネガティブじゃない。
それは情熱であり、個性であり、生き方そのもの。
角度を残して尖って生きることは、自分を削らないという選択だ。

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