恋愛小説「今度、虹を見たら」第十一話~君といた季節〜
🌈前回のストーリー(第十話)はこちら▼
【第十一話】
シンゴの通う大学は、
地元からは二時間ほどかかる街にあり
わたしたちはいわゆる「遠距離恋愛」になった。
なかなか会うことができなかったので、
週に何回かの長電話が、二人を繋いでいた。
付き合い始めて三カ月ほど経ったある秋の日。
わたしたちは、ようやく会えることになった。
シンゴとの、初めてのデート。
駅に着くと、シンゴが車で迎えに来ていた。
「兄貴から借りて来たんだ」
そう言いながら車の近くまで来ると、
シンゴは少し照れた様子で
「どうぞ」
と言って助手席のドアを開けてくれた。
そのぎこちなさが、なんとなくくすぐったいような感じがして、わたしはペコっと頭を下げて車に乗り込んだ。
少し離れたところにある湖に向かって、
車を走らせる。
カーブの多い道を進むと、
赤や黄色に色づいた木々が、
次々と目の前を通り過ぎて行った。
車の中で、シンゴは最近終えたばかりの教育実習のことを話してくれた。
彼は数学の教師を目指しているらしく、
学校での様子を楽しそうに話していた。
そういえば高校の頃、
図書室で数学を教えてもらった記憶がある。
確か微分積分だった。
それがきっかけで、シンゴと話すようになったのだった。
運転するシンゴの横顔を見ながら、
わたしは不思議な気持ちになっていた。
――シンゴがわたしの隣にいる。
あの図書室の頃から、
わたしのことを好きでいてくれたんだ。
あの日、
シンゴが電話で想いを伝えてくれたとき、
「高校の時は、彼氏がいるって聞いたから諦めた」
って言っていた。
周りから見たら、レイとわたしはそんな風に見えていたんだ。
本当は、彼氏でも彼女でもなかったのにーー
「めっちゃ見てるけど…
俺って、そんなにカッコいいか?」
シンゴが冗談ぽく言った。
「あ、いや、ごめん」
「おいおい、そこは『うん』でいいだろ?」
シンゴが笑う。
「なんか、不思議だなぁって」
「不思議?なにが?」
「シンゴとこうして一緒にいることが」
「それは、『嬉しい』と解釈していいんだよな?」
「ふふ。もちろん」
「そりゃよかった」
シンゴはそう言って、屈託なく笑った。
湖畔に着いて車を降りると、
鮮やかな紅葉と湖の青さのコントラストに、
思わず息をのんだ。
「ここに、好きな人と一緒に来るのが夢だったんだ」
少し照れくさそうにシンゴが言った。
好きな人――
シンゴはいつだって、自分の気持ちをわたしにまっすぐにぶつけて来る。
あの電話の時もそうだった。
レイには、最後まで言ってもらえなかった言葉。
「腹減ったー。そろそろ飯食おうぜ」
シンゴの言葉でわれに返る。
ところどころでレイのことを考えてしまう自分に、わたしはひどく罪悪感を覚えた。
わたしは、もうシンゴの隣にいるのに……
湖畔を少し歩いた後、わたしたちは湖のほとりにあるお蕎麦屋さんに入った。
窓際の席に座ると、湖が目の前に広がっていた。
ゆらゆらゆれる湖面に、時折キラキラと光が反射している。
シンゴはざるそばの大盛、
わたしは天ぷらそばを注文した。
ふと、テーブルの上にある、
プラスチックの丸い機械に目が留まった。
表面に星座の名前とマークが並んでいる。
「懐かしいな。今でも置いてあるんだ」
「占い?」
「うん。やったことある?」
「ないな。シンゴは?」
「俺もない。やってみようか」
そう言って、シンゴがその機械に百円玉を入れてレバーを回すと、ガチャン、とおもちゃのような音がした。
すると、中からコロコロと
小さな丸いカプセルが出て来た。
カプセルを開けてみると、
中にはおみくじのような長い紙が
小さく折りたたまれて入っている。
シンゴはそれを開くと、
書いてあることを読み始めた。
「『全体運。穏やかな幸せがやって来る予感。
部屋を整えると吉。
仕事運。ここぞという時に力を発揮することができそう。恋愛運――』」
そこまで読むと、シンゴがわたしを見た。
「え、なんて書いてあるの?」
「『素敵な時間を過ごせそう。
あなたとなら、どこまでも』だって」
そう言って、その紙をわたしに見せた。
「あなたとなら、どこまでもーー」
その文字が、
わたしの胸の奥にかすかな残像となって映った。
この人と……シンゴとなら、
ずっと一緒にいられるかもしれない。
自分がどう思われているかなんて
不安になることもなく、
ずっと笑っていられるかもしれないーー
「こんなこと、
そば屋で言うようなことじゃないけどさ」
シンゴの声のトーンが、少し変わった。
「俺の今の気持ち、この占いのまんま。
サラとずっと一緒にいたい。だから……」
「……え?」
「俺が採用試験に合格したら、結婚してほしい」
シンゴは、
まっすぐわたしの目を見つめてそう言った。
その視線から、わたしも目を離せなくなる。
突然のことで
一瞬どうしていいかわからなかったわたしは
聞こえるか聞こえないかわからないほどの
小さな声で言った。
「それって……もしかしてプロポーズ?」
シンゴが頷く。
「気の早いことを言っているのはわかってる。 でも俺が、そういう気持ちでサラと付き合っていることは、サラにも知っていてほしいんだ」
シンゴのまっすぐな瞳と、まっすぐな言葉。
自分でも気づかないうちに
固く閉ざしてしまっていたわたしの心が、
ゆっくりと、静かにほどけていくのを感じた。
シンゴとなら……彼と一緒なら
わたしはきっとこの気持ちをずっと持ち続けられるような気がする。
「……うん。うれしい。
わたしも、シンゴとずっと一緒にいたい」
わたしがそう言うと、真剣だったシンゴの表情がぱぁっと明るくなった。
「よっしゃー!俄然やる気がでてきた!
採用試験、絶対一発で合格してみせる!」
シンゴが大きな声を出して喜ぶので
少し恥ずかしかったけれど、
彼のまっすぐな想いが、ただただ愛おしかった。
それからのわたしたちは、ゆっくりと確実に、
二人の時間を重ねていった。
相変わらずの遠距離恋愛で、
お互い忙しくて滅多に会えなかったけれど、
不安なんてどこにもなかった。
はじめて手を繋いだときの、
シンゴの大きな手のぬくもり。
はじめてのキス。
二人で迎えた、はじめての夜。
シンゴはいつだって、
そのままのわたしを惜しみなく愛してくれた。
レイのことでふさぎ込んでいたあの頃から
ずっとわたしの中にあった暗い影は、
少しずつだけど確実に消えていった。
「こんなに幸せでいいのかな」
そう思って時々涙が出そうになるくらい、
わたしはシンゴの優しさに包まれて、
心から幸せを感じていた。
――季節が巡り、寒さが本格的になった
冬のある日の午後。
その日は平日だけど仕事が休みで、
わたしは母とおしゃべりしながら、
リビングでのんびりしていた。
コーヒーを淹れようとキッチンに立ったとき、
電話が鳴った。
電話を取った母が、受話器を手で押さえて言った。
「サラ、シンゴくんよ。この時間にかかってくるなんて、珍しいわね」
わたしたちが電話をするのは夜と決まっている。
日中にかけて来るなんて、どうしたんだろう?
わたしは受話器を受け取った。
「もしもし、シンゴ?」
「……サラ。良かった。いてくれて。
今日仕事は?」
「今日はお休みなの。どうしたの?こんな時間にかけてくるなんて」
「うん。……ちょっと、いろいろあって」
シンゴの声に、いつものような元気がない。
「……何か、あったの?」
わたしが聞くと、少しの沈黙の後で、
シンゴが言葉を詰まらせながら言った。
「今日、大学の期末試験だったんだ。
いろいろ……本当にいろいろあって、
全然勉強に身が入らなかった。
今日の答案用紙も、全部白紙で出したんだ」
「……えっ?」
「なんかもう、全部どうでもよくなった。
今までのこと、何だったのかなって。
世の中って、全部嘘だって」
「シンゴ、何があったの?それじゃわからない。
詳しく話して。わたし、今からそっちに行く」
そう言うと、シンゴは力なく笑った。
「サラの、そういうところが大好きなんだ」
いつものように優しい口調。
けれど、その奥に湛えられた悲しみが、
どうしようもなくわたしを不安にさせる。
「ねぇ、シンゴ。どうしたの?教えてよ」
泣き出しそうになりながらわたしが言うと
「……サラ。これだけは伝えておく。
サラが俺の彼女になってくれて、
本当に良かった。」
「……なにそれ。ちょっと待ってよ!」
わたしは受話握りしめて叫んでいた。
「ありがとな、サラ」
そう言って、シンゴは電話を切った。
ツー、ツー、という音だけが、
受話器の向こうにむなしく響く。
それが、シンゴと交わした最後の会話だった。
シンゴは、わたしの前からいなくなった。
つづく。
🌈次のストーリーはこちら▼
「今度、虹を見たら」第十二話
🌈シンゴ視点のサイドストーリー
〜シンゴのひとりごと(前編)〜
〜シンゴのひとりごと(後編)〜
🌈「今度、虹を見たら」全話まとめマガジン▼
