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キャラ弁と旅行だけ“ママ”になります。

私は子どもが苦手だ。

そもそもこれまでの人生のなかで自分よりも年下の子と接する機会がほとんだなかった。苦手というより「どう接していいか分からない」が正しい。

そんな私が4年前に出産。
息子が生まれた。我が家には役割分担がある。

「妊娠・出産=私」
「子育て=夫」

完全な分担にならないのは当たり前。
それでも9:1くらいの配分で夫が子どものお世話をしている(進んで育メンになってくれたので感謝しかない)。

母親業を放棄していると言っても過言ではない私だが、年に数回「ママ」っぽいことをする。子どもが主役の旅行キャラ弁づくりだ。

(勝手な)私らしい「ママ」像を紹介したい。


「母親」になれない私


夫のことは好きだったし、ずっと一緒にいたいと思って結婚した。
でも当時の私は、子どもを産み、育てる覚悟までは持ちきれていなかった。

「妊娠した」と伝えたとき、夫は飛び上がって喜んだ。
その姿を見て、「まあ、夫が喜んでるならいいか」と、深く考えるのをやめた。

臨月になると、胎動が激しくなった。
「お腹を蹴破って出てくるんじゃないか」と思うほど、お腹の形がくねくねと変わる。
思わず「エイリアンみたい」と口にしてしまった。

無事に生まれてきてくれたあとも、私は戸惑いっぱなしだった。
泣く理由も分からない。オムツもミルクもOKなのに、ずっと泣いている。

新生児期は、同じ人間とは思えなかった。

言葉が出るようになっても、意味のない音を発しながら、
誰もいない方向に語りかけていた。まるで地球外生命体と交信しているようだった。

4歳になって、ようやく人間っぽい会話ができるように。
時には口答えもするけれど、まともに意思疎通ができる今が、いちばん安心できる。

子育ては、ほぼ夫担当

私たちには、なんとなくの役割分担がある。

ミルク、離乳食、オムツ替え、お風呂、保湿、保育園の送り迎え、寝かしつけ――
育児の9割は、夫が担当してきた。

私はたまに手伝うだけ。
夫が体調を崩したときだけ、私の出番がくる。

夫の仕事は自営業。職場も自宅から1分で、育児に参加しやすい環境だった。
本人も「育児、嫌いじゃないよ」と言ってくれるので、
私はその言葉に甘え続けてきた。

もちろん、お腹を痛めて産んだわが子はかわいい。
でも、子育てという“仕事”への苦手意識がどうしても抜けなかった。

特に、コミュニケーションが成り立たない時期はつらい。
二人きりで長時間過ごすと、正直、気が滅入ってしまう。

だから私は、こう言い続けてきた。

「子守より、働いてるほうがいい」

子どもを育てるのは、母親じゃなくてもいい


私は、生まれたときから両親・祖父母との二世帯住宅で育った。
共働きの両親に代わって、私の面倒を見てくれたのは専業主婦の祖母だった。

母は生後3か月で職場復帰。
でも、私は一度も「寂しい」と感じたことはない。

祖母がすべてのお世話をしてくれて、遊び相手にもなってくれたから。

父は休日になると映画やゲームセンターに連れて行ってくれたけど、
母はその横でいつも昼寝をしていた。
「母=子育て」というイメージは、私にはあまりない。

そんな環境で育った私は、自然とこう思うようになった。

「子どもを育てるのは、母親じゃなくてもいい」

もちろん、まわりに誰もいなければ私がやる。

でも、夫や義両親が積極的に関わってくれるなら、
苦手なことを無理してやらなくてもいいんじゃないか――と、甘えてしまっている。

「ママ」になる瞬間


そんな私でも、無理なくママになれる時がある。

「息子が楽しめること」を基準に旅行の予定を組む

旅行は私自身も大好きだし、
非日常の中ではしゃぐ息子の姿を見るのは、何より楽しい。

旅先ではつい、スマホのカメラを構えてしまう。
かわいい瞬間を逃したくなくて。

行き先を決める時は、まず「息子が楽しめるか?」が基準。

アンパンマン大好きだった頃は、神戸のミュージアムや四国のアンパンマン列車へ。
小さな子どもでも楽しめる鈴鹿サーキットの遊園地も、お気に入りだった。

ディズニーランドは、私のリベンジ旅行。
半年前からミッキーを見せて洗脳(?)して、当日は「ミッキーさんのお家に行く!」と大はしゃぎだった。

ごっこ遊びにハマった3歳の頃には、キッザニアにも挑戦。
制服姿で懸命にお兄ちゃんたちのマネをする姿は、まさにシャッターチャンスの連続だった。

旅先でも息子のお世話をするのは、基本的に夫。
でも、行き先やプランを決めるのは私の役目。

主役は、いつだって息子だ。
彼が笑ってくれれば、それで十分。

楽しそうな息子を見つめる時間。
その瞬間だけは、私もちゃんと「ママ」になれている気がする。

やってみたら沼だったキャラ弁づくり


料理は苦手。
そもそも、お弁当なんて人生で数えるほどしか作ったことがない。

でも、保育園には年に数回「お弁当持参の日」がある。
どうしよう。

最初は、店のテイクアウトをそのまま持たせた。
さすがに気まずくて、一度だけ夫に頼んでみた。
……結果、全体が茶色かった。

さすがにこれは…と思って、「子ども 弁当」で検索したのがすべてのはじまりだった。

インスタで見つけた“キャラ弁”の世界は、想像以上。
「何時に起きて作ってるの?」って思わず聞きたくなる完成度。

作り方の動画を見て気づいた。
これ、料理というより、ほぼ工作だ。

工作や美術は得意じゃないけど、嫌いでもなかった。
思い切って挑戦した、私の処女作。

ハンバーガーキッドとバイキンマン。
細かい部分はガタガタだけど、なんとかキャラには見える…はず。

当時2歳だった息子は大喜び。
普段は残す野菜まで、きれいに食べてくれた。

朝6時起きで、2時間かけて作ったお弁当。
思ったよりずっと楽しかった。

頻繁に作るのは無理だけど、年に数回ならいける。
それ以来、季節や息子のブームに合わせて、ぽつぽつとキャラ弁を作っている。

ポケモンのホゲータ、ハロウィン弁当、
気づけば写真フォルダに“作品”がたまってきた。

食べれば一瞬でなくなるけど、
作る時間も、写真も、私にとってはちょっとした宝物になっている。

旅と弁当だけは、任せて

気づけば、私が“ママになるとき”は、
自分の母がしてくれたことと重なっていた。

たまに作ってくれたキティちゃん弁当。
旅行先では、私が楽しめるよう工夫してくれていたこと。

共通点なんてないと思っていたのに、
こんなところが似ていたとは、ちょっと驚きだ。

旅行も、キャラ弁も、「息子のため」ではあるけれど、
実は「自分が楽しい」っていうのが一番のポイント。

そうじゃないと、私はきっと続けられない。

他のお世話も、もっと楽しみを見つけて取り組めたらよかったのかもしれない。
でも、「子育てが苦じゃない」と言ってくれる夫に、甘えてしまった。

息子よ、こんな母でごめんね。

せめて――
旅行とお弁当づくりだけは、君が望むかぎり、
全力で“ママ”やらせてください。


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ポッチャリ夫と島暮らし|家庭と社会のはざまを綴る人 ギブ&テイクの「ギブ」をそっと差し出せるあなた✨その生き方、すごくかっこいいです。きっと、心の余白作りが上手なんでしょうね。その秘訣、ぜひ、教えてください!☺️