紅白歌手が23世帯の限界集落に来た日 /約50人が集う七夕コンサートを企画・運営
高知県四万十市で地域コーディネーターとして活動しているスヤマミキです。現在は集落支援員として、黒尊川流域を中心に、地域イベントの企画、情報発信、行政や企業との調整、農産物の販路拡大などを行っています。
今回開催した「七夕まつりin黒尊」に、コロナ禍と高齢化で集まりが途絶えてしまった地区に40〜90代の約50人が集まりました。
私は、企画、会場選定、行政・出演者調整、送迎手配、広報、当日の運営を担当しました。
「地域の皆さんに、本物の歌を届けたい。」
その一人の思いから、この企画は始まりました。

グリーンツーリズムの先駆けの宿泊施設として地域住民で
運営していたが高齢化で休止中の"清いろの里"
3月、私が地域の事業復活として関わった
しまんと黒尊むら主催の「くろそん手帖 手描きさんぽツアー」で
黒尊川流域に自生する三椏で和紙づくりワークショップが開催され、
これに参加された四万十市観光大使の竹中建三さんが
今回の原田さんの黒尊来訪を提案してくださいました。
竹中さんは京都生まれ京都育ち、生粋の京都人。
奥さんを看取られた後、80歳を超えて、
お母さまの故郷で、
親戚や従兄弟も多く住む
高知県四万十市中村へ移住されました。
長年、レコード会社でお仕事をされていた方で、
あの、"やしきたかじん"さんを発掘された方。
歌だけでなく、漫才、落語、三味線、アートとあらゆる芸能に深く精通され、
お人柄もあり、
多くの芸能関係者に慕われている方です。
今は亡き京セラの稲盛和夫さんも飲み友達だったそうです。
そんな竹中さんは、
演歌歌手・原田悠里さんとも親交があり、
原田さんが5日間の休暇を利用して、
竹中さんに会いに四万十を訪れるという
タイミングに、
「ぜひ黒尊で歌って、地域の方に本物の歌声を届けてほしい」と声をかけてくださったのです。
原田さんは、休暇で来られるので、
宿泊、ホテルの滞在費は自腹です。
こんなチャンスは滅多にありません。
原田さんってこんな方🎤
3歳で美空ひばりさんに憧れ、「歌手になる」という夢を抱いた原田悠里さん。
家族を安心させるために教員となり、
それでも夢をあきらめず、
北島三郎一門の門を叩きました。
デビューしても、すぐに順風満帆だったわけではありません。
思うようにいかない時期には、多くの方との出会い、とりわけ竹中さんの支えがあったからこそ、歩みを止めずに続けることができたそうです。
夢は、一人では実現しません。
夢を持ち続ける勇気と、その夢を信じて支えてくれる人との出会い。その両方があって、今日の原田悠里さんがあるのだと感じました。
地域づくりも同じです。
一人の力には限りがあります。
でも、志を共有する仲間との出会いがあれば、小さな一歩が大きな未来につながっていく。
七夕まつりは、そんなことを改めて教えてくれた一日でした。

今回、流域4地区の中から
会場に選んだ奥屋内下地区は、
コロナ禍と高齢化で住民の集まりを辞めてしまい、
今も決まった行事の集まり以外は
行っていない地区でした。
そんな黒尊エリアは、かつて林業で栄えたまち。
当時の高知の林業の二大巨頭は、
東の魚梁瀬(馬路村)
西の黒尊(四万十)
とされていました。
黒尊地区は、
営林署の職員家族で1つの地区が成立ち、
保育園、学校、住宅地、映画館もありましたが、
栄枯盛衰。
今や美しい川と紅葉、
廃墟が残るのみとなっています。
四万十市で最も高齢化率の高い
黒尊川流域はそんな所で、
私は集落支援員として地域支援する機会を
与えられています。


かつての賑わいを思い出すべく、
ご高齢で人の中に出ることが難しくなった
あのおんちゃんやおばちゃんも集会所なら
来てくれるかな?
若い方も地域の魅力を再認識してくれるかな。
テレビの向こう側の演歌歌手を間近で見られるなんて。
と、想像するだけでワクワクしました。




少しでも多くの方が参加できるよう、
・無料送迎バスを出せないか?
・主催者は誰にする?
・会場はどこにする?
・定員はどうする?
・参加費は?
・日にち、時間帯は?
・スタッフは?
・若い人にも参加してもらうには?
・音響は?
・司会は?
・歌手の送迎は?
市長、支所長、地区長、文化協会、社会福祉協議会、老人クラブ、教育委員会、NPO法人、友人と
色々な人を巻き込んだり、相談しながら、
当日まで動きまわりました。
そして7月4日。
私の司会でスタート。



山あいの小さな集会所に、
原田悠里さんの歌声が響きました。


代表曲「木曽路の女」が流れると、
客席から自然と手拍子が起こり、
「津軽の花」では目を閉じて聴き入る方の姿も。




普段はNHKホールや大阪フェスティバルホールで
音響をされています。
40代から90代まで約50名が集まり、
七夕の短冊に願いを書き、
久しぶりの再会を喜び合う。
原田さんにも短冊をお願いしました。
7/1 USEN演歌部門ランキング1位の
新曲"運試し"。
益々のヒットと黒尊むらの幸せを祈願されました。






その光景を見ながら、私は改めて思いました。
地域を元気にするのは、大きな施設でも、莫大な予算でもない。
「この地域の人に喜んでもらいたい。」




そんな誰か一人の思いなのだと。
そして、その思いに共感する人が集まることで、
ご縁は広がり、地域は少しずつ動き始めます。
集まることを諦めたこの地域が
笑顔に包まれ、何か変わる。
そんな機会になる予感。

私は集落支援員として3年間、
黒尊川流域で活動してきました。
他にも居住する地域のバラ園の情報発信。
買物支援の仕組みづくり。
地域イベント。
農産物の売り先を増やすため企業との橋渡し。
補助金のサポート。
一見、バラバラに見える活動ですが、
私の中では一本の線でつながっています。
それは、
「人と人をつなぐこと」。
今回の七夕コンサートも、その延長線上にありました。
最近、「将来は何がしたいの?」と思うことがあります。
以前は「地域活性化。リトリートの場づくり、イベント企画かな」と思っていました。
でも、今回のコンサートを終えて気づきました。
私がやりたいのは、
イベントを開催することではありません。
地域の魅力と、人と、人をつなぐこと。
地域に眠る魅力を見つけ、
人や企業、行政、旅人とのご縁を結び、
新しい物語を生み出していくこと。
イベントは、そのための一つの方法にすぎません。
しまんと黒尊むらには、美しい川があります。
豊かな森があります。
受け継がれてきた文化があります。
そして
人を迎えるために茶葉を炒ることからもてなしが始まる
何より、人を思い、支え合う人たちがいます。

そんな地域だからこそ生まれる出会いがあります。
私は、そんな一つひとつのご縁を丁寧につなぎながら、黒尊や西土佐の魅力を、
もっと多くの人へ届けていきたいと思っています。


米粉を粉にすることから始まる。

あの雨の日、
七夕まつりに響いた歌声は、
地域の皆さんだけでなく、
私自身にも「これから進みたい道」を教えてくれたような気がしています。
原田さん、
音響の服部さん、
竹中さん、
地域の皆さん
本当にありがとうございました!

地域プロデューサーとしての実績
地域課題:コロナ禍と高齢化により地域住民が集う機会が減少
私の役割:企画、調整、広報、プレスリリース作成、行政・出演者との調整、当日のタイムスケジュール、運営
巻き込んだ関係者:地域住民9人、西土佐文化協会、市長、行政、出演者
成果:紅白出場経験のある歌手のイベント、来場者約50名(地区住民は23世帯。最年少は43歳の地区)、市長来訪、地域内外への情報発信、FM放送、広報記事
