濁る方のまえかわ
マイコラス「あ、前川さん。ちょっといい?」
前川「あの、マイコラスさん。いつも言ってますけど、ぼくは『まえかわ』ではなく、濁る方の『まえがわ』なんですよ」
マイコラス「ああ、濁るんだったっけ? ごめんなさい、まえかわさん」
前川「また『まえかわ』って言ってますけど」
マイコラス「えっ、ウソ……また言ってた? ごめんごめん、『まえかわ』さん」
前川「あの、だから、また『まえかわ』って……」
マイコラス「ええっ? ウソだあ」
前川「ていうか、一度もまともに『まえがわ』と呼ばれたことないです」
マイコラス「ああ、生まれたてのヒヨコの法則だ」
前川「は?」
マイコラス「最初に見たものを親だと思うように、最初に覚えた『まえかわ』呼びを正しいと思い込んでしまったんだ」
前川「それって、直せますか?」
マイコラス「ヒヨコには無理な相談ですね」
前川「あなた、ヒヨコじゃなく、マイコラスでしょう」
マイコラス「いや、わたしはヒヨコラスです」
前川「ヒヨコラス……?」
マイコラス「そう、ヒヨコラスです。気持ちはいつでもヒヨコですので、もはや手遅れ、予後不良、徹頭徹尾、初志貫徹、石橋を叩いて渡るどころか石橋を抱えて持って帰り、石にかじりついてでも、雨垂れ石を穿つがごとく、覆水盆に返らず、後悔先に立たず、時すでに遅し、引くに引けず、抜き差しならず、何人たりとも我が信念を曲げることはできず、あの雲のように気ままに流れゆくは、我が心なりけり」
前川「要するに?」
マイコラス「いつもヒヨコ」
前川「そうですか。じゃあ、ぼくの方でも対抗して、マイコラスさんのことを『マイゴラス』さんと呼ぶことにするのはどうでしょう?」
マイコラス「ああ、ええ、別にかまいませんけど」
前川「では……」
前川「マイゴラスっ!」
マイコラス「……呼び捨てはないでしょう。いちおう、入社はわたしの方が一年ばかり早いんですから」
前川「すみません。では、もう一度……」
前川「マイゴラスさんっ!」
マイコラス「はいっ、まえかわさん」
前川「マイゴラスさん」
マイコラス「まえかわさん」
前川「……マイゴラス」
マイコラス「さんをつけなさい、まえかわ」
前川「……マイゴ」
マイコラス「まえか」
前川「マ」
マイコラス「ま」
(終)
