クロワッサン男
男「あの、クロワッサン落としましたよ?」
青年「……あっ、すみません」
男「はい、どうぞ。気をつけてくださいね」
青年「あれ、袋が空っぽだ」
男「食べました」
青年「クロワッサン、お好きなんですか?」
男「クロワッサン男と言っても過言ではありません」
青年「じゃあ、仕方がないですね。わたしが落としたんですし」
男「そうでしょう。わたしは道を歩いていた。そこへ目の前でクロワッサンが落ちた。わたしはそれを拾って、すかさず食べた。クロワッサンだったから」
男「と、これだけのことです。落とし主にはきちんと空き袋は返した。どこに文句のつけどころがありますか?」
青年「……ないです」
男「そうでしょう」
青年「それで、美味しかったですか? わたしのクロワッサン」
男「あなたのクロワッサン、それなりに美味しかったです……が」
青年「が?」
男「わたしがこないだ拾ってすかさず食べたクロワッサンよりは、若干落ちます」
青年「えっ? こないだ拾ってすかさず食べたクロワッサンより、落ちる?」
男「ええ。こないだ拾ってすかさず食べた、あのクロワッサンは美味しかったなあ。あれこそ至高のクロワッサンです」
青年「そんなにですか?」
男「でも安心してください。あなたのクロワッサンも悪くはなかったです。ただ、相手が悪すぎた。こないだ拾ってすかさず食べた、あのクロワッサンがすごすぎただけですから」
青年「いえ、違うんです。そんなにみんな、クロワッサンって落とすものなのかなあって」
男「あなたねえ。クロワッサンは拾って食べるもの。これ常識ですよ」
青年「そうなんですか……?」
男「逆にお聞きしたい。あなたはクロワッサンを買うものだと思ってらっしゃるんですか?」
青年「いつも買って食べてますが」
男「……『常識はつねに疑ってかかるべし』とだけ言っておきましょう」
青年「それはそうと、あなた、なぜ紙オムツしか身につけてないんですか?」
男「紙オムツ一丁のわたしを見て、どう思いますか?」
青年「自分でも不思議なんですが、クロワッサンに似てるような……」
男「ハレルーヤッ!」
青年「……え?」
男「こうしているとね、わたし。なれる気がするんですよ、クロワッサンに」
青年「ああ……」
男「では、失敬」
……
青年「……クロワッサン男だ」
(終)
