いつの間にか、こうしている③/考えなくても回っていること
最近、生活が回っている。
工夫した記憶はない。
何かを変えた覚えもない。
それでも、
止まってはいない。
回っている、
だから安心、という話ではない。
かといって、
不安というほどでもない。
この感じに、
まだ名前をつけていない。
つける気にも、
なっていない。
理由を探すつもりはない。
整理もしない。
ただ、
回ってしまっているこの状態を、
今ここに置いていく。
コーヒーを注ぐとき、
目で見なくなった。
手の重さで、終わっている。
いつからそうなったのか、
分からない。
最初に気づいたとき、
試しに目で確かめた。
グラスとの境が、
分からなくなっていた。
だから、
手の重さで終わらせるようになった。
良いと判断したわけではない。
そうするしかなかった、
というほどでもない。
ただ、
そうなった。
こぼれたことは、まだない。
それだけのことが、
毎朝続いている。
夜になると、
机がだいたい同じ形になっている。
片づけた記憶はない。
整えようとした覚えもない。
灰皿は右奥。
スマホは手前の左。
一度、灰皿を別の場所に置いた。
次に手が伸びたとき、
止まった。
物がない、という感覚ではなかった。
そこにあるはずのものが、
ない。
そのズレが、
頭より先に、手に届いた。
気づいたら、戻していた。
考えて戻したわけではない。
手が、戻していた。
人の横をすれ違ったあと、
距離を振り返ることがある。
当たっていない。
それは分かっている。
それでも、
どのくらいだったか、
頭が一度だけ戻ってくる。
確かめて、
何が変わるわけでもない。
ただ、
戻っていた。
三つとも、
考えなくても済んでいる場面だ。
手が動く。
物が戻る。
体が確かめる。
思考が入る前に、
終わっている。
そのはずなのに、
完全には切れない。
ここから先は
ある朝、世界が黒一色になった。 21歳の春、網膜剥離の手術を受けた。 そこからの世界には、わずかな「ズレ」が生じ始めた。 名前のない違…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
