【連載小説】『星喰いの檻』第1章/第11話|近未来ダークファンタジー|異能力バトル|
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第11話 毒は遅れて、崩れ始める
廃屋の敷地に足を踏み入れた瞬間、流真が足を止めて周囲を見渡す。
「……流れが、切れてる」
「どういうことだ?」
告げられた言葉の意味を理解するために、修司は続きを促す。
「空気の流れも、水道管の振動も……人がいる痕跡が全部--途中で遮られてる」
修司は廃屋全体を注視する。
二階建てで窓に光なし、人が発するであろう音も聞こえない。
(…誘い込まれた可能性がある、な)
現場状況、流真の反応、それから……自身が感じている違和感から、修司は判断を下す。
「隊列を組むぞ……御堂が前衛、水瀬は中衛で遊撃と補助、オレが後衛で指揮する——いいな」
「了解です」
「……はい」
二人より前に進み出た司は廃屋の正面入口に目を向けた。
--見られている気がする。
どこからか、誰かに。
その感覚が、敷地に入った時から消えなかった。
---◇---
壊れかけの扉を司が蹴破った瞬間、その音を書き消す様に中から低い、腹に響く音が襲ってきた。
それは敵対者に対する威嚇行為--ドラミング。
ゴリラの様に胸を叩く音が、廃屋の壁に反響して司たちへと届く。
「準備万端…ということか」
舌打ちし呟く修司の声を耳にしながら、暗い室内に目を向けていると複数の人影が見えた。
廊下の奥、階段の踊り場、扉の向こう——見える範囲の至る所に立っていた。
若い男女、あわせて十五人はいる。
「因子の流れが活性化してる……全員、暴走寸前です」
「正常な判断が出来ずに、力を自分で制御できていないな。ただ」
流真の感知報告に応えながら、修司はホルスターから拳銃を抜いた。
「--数が多いだけだ」
その声がきっかけとなったのか、最前列の男が胸を叩きながら突進してきた。
両腕が異常に太い--ゴリラの因子だ。
襲い来る男に視線を合わせた司は、その場で半歩引いて構えを取った。
男の右腕が薙払うように振るわれる、が。
(——左から来る)
何故か知っていた。
腕が振るわれる前に、重心移動だけでそれを避けるとがら空きの腹部に蹴りを入れ、外へと弾き飛ばす。
「御堂っ!」
修司の声を背に追いかける様、外に出る。
体勢を整えた男がもう一度殴りかかってきた所を、半歩外にずれることで空振りさせる。
重心が崩れたところに司の拳が顎に入り、意識を飛ばした男に手錠をかけた。
「っ……今のは——」
一連の攻防--見えていたわけじゃなかった。
そう来ると「わかっていた」という感覚……頭が考える前に体が動いていた。
『熱源感知』が接近する何かを司に知らせると、咄嗟にその場を飛び退き振り返る。
両手に鉄パイプを持ち、血走った目を司に向けた女。
二、三度足で地面を後ろに蹴ると、勢いよく駆け出す動きは直線的で速かった。
(そう、来るよな…)
まるで鹿の様に前傾姿勢で突っ込んでくると、角を模した二本の鉄パイプを突き出してきた。
直前に「視えた」壁の方向に司は飛んで躱すと、無防備な背中に蹴りを入れる。
(——挟まれる)
壁を背にした司の左手から別の男が殴りかかってきた--いや、来る前からわかっていた。
その拳を首の動きだけで躱し、伸びた腕を外側へ捻るように抱え込む。
相手の腕を外すと同時に足を払い、地面に押し倒すと手際よく手錠をかけた。
集中する視界の端が僅かに赤く滲み、目の奥が鈍く疼きだす。
(……また)
司が思考するスピードよりも早く、身体は反応し行動している。
全身が--その因子が過剰な熱を持っていると知覚出来ていた。
「御堂、そっちに三人——」
「わかってます」
外に出ていた修司から声がかかるが、その声より先に、司の体はそちらを向いていた。
---◇---
その頃、流真は廊下の奥にいた。
装備したペットボトルの蓋を開け、中の水を掌に出すと溢れることなく、その中で留まる。
水刃を形成しようと水に意識を向けるも……途中で形が崩れた。
(……まだ、安定しない)
水刃の形成を諦めた流真は、別の形状--幾つかの水弾にして、前方の男に向けで飛ばす。
水弾が男の肩に当たりよろけたその隙に、床を滑るように横を通り過ぎた。
「……やれる」
ここに来て、流真の戦闘スタイルが変わっていた。
自ら攻撃するのではなく、回避して誘導する。
男たちの呼吸が、重心が、空気の流れる変化が読み取れた。
誰がどこにどう動くかを、流真は先に知って動ける。
(この人は右に来る。あの人は止まる。こっちは——)
ただ処理する情報が、現場経験の浅い流真には多すぎた。
一つ一つを処理しようとすると、追い付かない。
流真は水を足元に広げると男たちの足を滑らせ、体勢を崩したところを、もう一人が通れるようにした。
「水瀬、左の二人を遮断しろ」
「……はい」
外から飛んできた修司の指示に、ペットボトルに残った水で幕を張り、通路を塞ぐ。
その間に倒れた男たちを、水弾にしていた水を再操作して拘束、因子抑制手錠を掛けていく流真だった。
---◇---
修司は少し離れた外側から全体を見ていた。
敵の動きを確認しながら、次々と抑制弾を撃つ。
肩に当たった男が膝をついた。
(…次)
背中を向けた女の膝裏を狙い、命中。
前に倒れ込む女。
(…次)
司が前衛で敵三人を抑えて、流真が遊撃で相手の動線を塞いでいた。
三人で動くのはこれが初任務……だったが。
(機能している)
抑制弾を補充しつつ、修司がそう判断した時、廃屋の奥から声が聞こえて来た。
「——助けてください!」
その声と共に奥の扉から、眼鏡をかけたスーツを着た女が飛び出してきた。
「なんでこんな所に——!?」
「逃げられなくて……!」
それを聞いていた司が女の前に駆け寄っていく。
対処していた三人は、修司の抑制弾に牽制されて動けずにいた。
男が女の方へ腕を伸ばし、捕まえようとするのが見えた司は、二人の間に割って入ると男の腕を殴って弾き、前蹴りで後ろに下がらせる。
更に距離を取るために女の腕を右手で引き寄せた……一瞬。
右手の付け根に、刺された様な軽い痛みが走る。
(——強く引きすぎたか?)
そう思ったものの、女が震えているのがわかった司は小さな疑問を消し声をかける。
「大丈夫ですか?」
「……は、はい」
蹴り飛ばした男がこちらへ向かうのを横目に、司は近づいてきた流真に女を任せる。
「流真、頼む」
そう言うと、男に立ち向かう司。
女を下がらせようと流真が手を伸ばすと、その腕を女は掴んで身体を寄せてきた。
(——逆流、する)
以前よりも強く、あの不快な感覚が流真を襲ったのは女を引っ張り外に出した時だ。
吐き気を飲み込みながら、女の様子を伺う。
「……大丈夫ですか」
「ありがとう……腰が、腰が抜けて……」
「邪魔だ、下がってろ」
女に近づき、そう声をかけた修司が退けようと横を通った時、女がその少し後ろに転けた。
「——きゃっ」
「……面倒な」
苛立たしそうに女を一瞥し、修司は意識を前方に戻すと残りの構成員たちに視線と拳銃を向けるのだった。
---◇---
最後の一人を、司が制圧したのはそれから直ぐのことだ。
右手で首元を押さえて、床に押し付けるように倒すと軽く息を吐く。
視線がその男と交わった瞬間だった。
動線が、その重心が--男の行動意図が司に流れ込んでくる……その全部が一瞬で入ってきた。
(——止まらない)
男はもう動いていない……でも、他人の認識情報は止まらない。
別の誰かの視界が、混ざった。
知らない角度、知らない景色。
(……怖い)
生まれて初めて、そう思った--それは能力への恐怖。
自分が自分でなくなっていく…『御堂司』が崩れていくような感覚だった。
「御堂」
修司の声が聞こえ、司は顔を上げる。
拳銃をホルスターに納めながら、周辺の警戒を続ける修司の姿がそこにあった。
「終わったぞ」
立ち上がろうとして息が乱れているのに気付き、大きく空気を肺に取り込んだ--その時。
視界が……ズレた。
見える筈のない修司の背中が見えた。
その向こうに、拳銃を持つ腕。
完全に自分の物ではない--誰かの視点からの光景が見えていた。
(——また視えてる!)
「八木沢さん!!」
司が叫んだ声に修司は振り返った。
発砲音が、二度廃屋に響いた。
振り返り半身になった修司の太腿を何かが撃ち抜き、修司はその場に膝をついた。
「——っ!?」
口から漏れた声は短く、それだけだった。
傷口を押さえながら三白眼を更に鋭くし、修司は暗闇を睨み付ける。
「あーあ、一発外したか…」
修司の視線の先、その暗がりから軽い声と共に人影が出てくる。
眼鏡を外し、黒髪をポニーテールに纏めた前髪に赤いメッシュ……右手に手袋、左手に拳銃を持つ女。
「なんでわかったんだろうねぇ…ま、いっか」
暗がりの中で、その口元は上がっていた。
「やっぱり、あんたたちは面白いねぇ」
女--佐相莉愛は実験動物を見るような目で三人を見渡した。
「お、まえは…」
「久しぶり……ってのは変かねぇ、八木沢修司?」
「…『蠍座』っ!」
独特な話し方の女の正体に声を詰まらせる修司を、彼女は蔑んだ目で見る。
「枷使いの『山羊座』……怖いから先に潰しといた--合理的でしょ?」
拳銃を修司に向けたまま、少し離れた位置に立つ流真に視線を向ける。
「『水瓶座』のアンタ、毒の流れが変だよね?なんで?」
問われた流真だったが、何も答えない。
ただ、手に持つペットボトルを何時でも使えるように蓋を緩めていた。
その態度に鼻を鳴らし、莉愛は最後に司を見て…首を傾けた。
「……『適星者』じゃないのに、壊れ方が『適星』側--気持ち悪いな、お前」
修司が太腿に手をついたまま、莉愛を見た。
懐の特製手錠を取りだそうにも腕の動きが鈍くなっている--腕だけじゃなく全身の感覚も鈍くなりつつある。
「貴様…」
「動けないだろ?——アンタレスは特殊弾。即効性の神経毒だからねぇ」
「……」
修司は自分の太腿に視線を落とし、身体に力を入れるも痺れたように反応が鈍い。
(身体だけを殺している——)
思考は目まぐるしく動いているが、身体は動かすことが出来ない。
この状況を打開する方法を探る修司に対して、莉愛は独り言のように呟いた。
「——『獅子座』が欲しがる理由、わかるなぁ。『適星者』ってのはやっぱり壊れ方が違う」
「獅子座……?」
司がその言葉に反応し、修司も目を見開く。
ここで聞くとは思ってもみなかった--仇敵の名を。
「——あ」
自分の舌滑りに莉愛は気付き、わざとらしく口を押さえると、楽しそうに笑った。
「まあ、いいか…どうせ今日で終わりだし」
「そうはさせるかっ!」
彼女が修司から流真に拳銃の照準を向けた瞬間、司は距離を詰める為に飛び出す。
「水瀬っ!」
鋭い修司の声にペットボトルの水を撒き、即座に防御膜へと成形する流真。
それらを莉愛は笑ったまま見逃し、おもむろに口を開いた。
「——蠍の毒は、遅れて効く」
声が届いた瞬間……司の全身が、燃えた。
実際燃えているわけじゃないが、そう感じる熱と痛みが司を襲った。
「痛っ!!」
突然のそれに耐えきれず地面を転がる司--続けて視界が、認識が混ざる。
莉愛の視界が混ざった。
修司の跪く姿が映った。
流真の立っている位置が把握出来た。
そして……司を撃とうとする強い意志。
それら全てが、一瞬で司の脳内に流れ込んだ。
「っ——!」
処理しきれない情報の洪水に、鈍器で殴られたような痛みが司を襲い、両手で頭を押さえた。
それでも……次々と入ってくるナニカ。
止まらない--止められない。
別の知らない場所、知らない天井、知らない声。
(——なんだ、これ……!)
痛みに歯を喰い縛りながら視線をあげると、流真の足元で水が乱れていた。
水の膜が崩れては水弾になり、その水弾の形も不安定で崩れていく。
「な、んで…また、『星』……がっ!?」
流れが、読めなくなっていた。
流れだけじゃなく馴染んでいたはずの因子の制御が--過剰に動いていく。
修司の状況。
莉愛の位置。
司の状態。
全部の情報が、流真の中でノイズとなっていく。
(——また)
不意に教室が見えた。
床に水が大量に広がっていて、周りに誰かが倒れている。
(——また、壊す)
「っ……」
流真は歯を食いしばったが、脚に力が入らずに跪く。
因子を何とか制御しようとして、体内に意識を向けるが何かに邪魔される感覚があった。
三人の様子を嗜虐的な目で見ていた莉愛は、スマホを取り出すと待機している部下に連絡を入れる。
「こっちは片付くから、人を寄越せ」
それだけを言い、スマホを仕舞った莉愛は、まだ倒れ込む司に拳銃を向けた。
「お前は違う」
未だ続く頭痛に耐えながら、司は顔を上げた。
こちらを見下ろす莉愛と視線が合う。
「おかしい反応は見せる、アタシでも知らない反応を--でも、お前は「こっち」側じゃないからね?……不確定要素はここで消しとく」
その引き金に指がかかった時、司の両目がこれまでよりも異常に熱くなった。
瞬間--ナニカが割れる音と共に視界が変わる。
莉愛の認識する視界が、司に流れ込んできた。
莉愛の目に映る修司、流真——そして、自分。
(——逆から、見えてる)
その認識の奥に、さらに何かが『視え』た。
それは、大きな金色の瞳。
燃えるような強い意思と圧力を感じる『猛獣』のような瞳。
その瞳が……こちらを見ていた。
「——見つけた」
声が、届いた時には司の視界は暗転した。
