【企画参加】ホッコさんのゆーきゅー温泉記【アカリウム創作大賞】

プロローグ ゆーきゅーしんせー(約800字)
梅雨入りして数日が経ったある日の朝。
ポケットの中の編集部は少しだけ重ダルい雰囲気が流れていた。
いつも通り、次回投稿用の記事を確認している青年ーー主任のアウルは少しお疲れ気味。
紙の資料をファイルに纏めている小熊ーーピーさんも動きがどこかゆっくり。
デスクに座りPCとタブレットを操作する女性ーーしおりさんも束ねた黒髪がしぼんでいるように見える。
「うーす、お疲れさん」
いつも通り喫煙所から一服して帰ってきた編集長ーーヘクたろーも、サングラスから見える目がしょぼしょぼとしている。
足早に自分のデスクに座り、目薬を指す編集長。
その様子を見ていたしおりさんが心配そうな声色で話しかける。
「目が辛いなら、お休みされたらどうですか?」
「いやぁ…この時期はこんな感じやからなぁ」
軽く笑いながら返事をする編集長のデスクに近づく小さな影。
編集部の福利厚生担当のキツネさんーーホッコさんがほんわかした口調で1枚の紙を差し出しつつ声をかけた。
「編集ちょー」
「ん?どしたん、ホッコさん?」
「ゆーきゅーしんせーです」
「…………へっ?」
放たれた可愛らしくもとんでもない言葉に編集長も周囲も一瞬固まってしまう。
差し出された「ゆーきゅーしんせー」書とニコニコなホッコさんの顔。
それを2、3度往復した編集長は確認を含めて聞いてみた。
「……なんでや?」
「おんせん」
「おんせん?」
「チケットもらったんで…いってくる~」
そのホッコさんの言葉ーー「ゆーきゅー宣言」に
編集部屋にいた全員ががざわつき始める。
「いや、有給取るんはええけど…」
「記事や原稿の進捗率は落ち着いてます」
「……仕事は減ってませんけど」
「ホッコさんのお休みの間のスケジュール、組んどきましょうか…」
編集部メンバーそれぞれが原稿や予定の確認をする中、ホッコさんだけが平然とニコニコ笑っている。
ーーホッコさんは知らない。
編集部のみんながなんでこんなに騒いでいるのかを。
ただ一つだけ確かなことは、ポケットに入った温泉チケットを見るたびにーー
なんだか少しだけワクワクするということだった。
「お土産は~……おまんじゅうかなぁ~」
既に帰りの予定まで組んでいるホッコさんであった。

第一章 しゅっぱつの日(約1000字)
無事(?)編集長からのハンコを貰い、有給休暇を手に入れたホッコさん。
行き帰りの電車のチケットや旅館の予約、2泊3日のスケジュールなどを(しおりさんと)組んだ数日後。
ホッコさんの姿は電車の中にあった。
荷物は可愛らしい旅行カバン1つとお昼ごはん用の駅弁(幕の内DX )とお茶。
2人掛けの席にホッコさんは1人で座り、軽く左右に体を揺らしながら発車するのを待っていた。
「あ、うごいた」
ガタンゴトンと、ゆっくりと動き出す電車の揺れを感じつつお茶を一口。
流れていく景色を車窓からのんびり眺める。
普段は見ることのない高さの景色と、旅行という「非日常」感でワクワクが止まらないホッコさん。
立ち並ぶ高層ビルの隙間から差し込む日の光に、目を細めていると「くぅ」という可愛らしい警告音。
「お腹すいたなぁ」
そー言えば準備してて朝ごはんを忘れていたのを、ホッコさんは思い出す。
旅行の楽しみの1つ(らしい)駅弁タイムである。
乗車前に選んだ幕の内DX(2000円)を取り出して、両手を合わせる。
「いただきまぁ~す」
豪華な中身のお弁当に「乗り換えまでに食べきれるかな?」と思いながら箸を進めていく。
銀鮭の塩麹焼きをモグモグしながら、視線は窓の外へ。
後ろへと流れていく景色を見ているとちょっとしたアトラクションみたいだと思う。
ねぎ入りだし巻きを一口、鰹と昆布の出汁と玉子の甘さ、ねぎのシャキシャキした食感を味わう。
沢山あるおかずを少しずつ食べながら、時折お茶を飲む。
「ふぅ…おいしぃ」
朝ごはんを忘れていたからだろう、考えてた以上に箸が進んでいく。
気が付けば大きなお弁当も残りはあと少し。
最後にと取っておいた大ぶりのエビフライと残りのご飯(五目炊き込みご飯)を食べきって一息。
「ごちそーさまでした~」
満腹になったお腹を擦りながら、ふと視線を外へ向けると景色は少しずつ都会から山へ変わっていた。
「あとちょっとで乗り換えやな~」
残ったお茶を飲みながら、この後の予定を思い返して確かめていく。
1本乗り換えを挟み、少しすれば温泉地の駅は直ぐの場所。
初めての場所、初めてのゆーきゅー、初めての一人旅ーー初めてづくしは不安もあるが、ワクワクがそれを上回っている。
それに……周りを気にする心配もない時間というのは案外少なかった気がする。
「たまには、のんびりするんも仕事やんな~」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、走る電車の音に紛れて消えていった。

第二章 おんせん極楽やん(約1200字)
「ついたぁ~」
乗り換え1回で、目的地のある温泉街駅に到着したホッコさん。
駅構内の売店で買ったサイダーを飲みながら、旅館までの道をのんびりと観光していく。
遠くに見える湯けむりとあまり嗅ぎ慣れない独特なにおい。
周りに目をやると土産物屋さんや観光客向けの飲食店も並んでいる通り。

予約した旅館までの道を、普段よりもちょっと早いスピードで歩いていく。
自然と鼻歌を歌い、尻尾も左右に揺れているホッコさん。
長時間、電車に揺られた疲れもなんのその。
その足取りは軽く、しっかりと目的地の旅館へと進んでいる。
そんな感じで十数分。
「お宿、とうちゃ~く!」

段々と暮れていく空と次第に増えていく店先の提灯の淡い灯り。
何だか不思議な世界に迷いこんだみたいな感じをしながら、宿泊手続きをする。
普段はみんなをお世話をするホッコさんも温泉宿ではお世話される「お客さん」である。
案内された部屋でのんびりと休憩しつつ、お楽しみのお風呂の準備をせっせとしていく。
宿の人から聞いた「サービス」もお願いしておくのを忘れないようにしなければ。
備え付けの浴衣に着替え、お風呂セットを持って
いざ、露天風呂へ!!
「あ、ドリンクのサービスおねがいしまーす」
「はぁ~い、後でお持ちしますね~」

少し熱めの露天風呂に、ゆっくりと浸かると全身の強ばりがほどけていくようだ。
「ふぅ~きもちいいねぇ…」
もう日が落ちて夜の冷たい風が吹いているが、露天風呂だとそれが気持ちいい。
サービスの冷たい牛乳をコップに注ぎ、一口。
身体は熱いお湯の中、その中を冷たい牛乳が流れていくこの感覚はどんな言葉で言えばいいんやろう?
「うーん……ま、いっか」
今日は難しいことは考えないのだ。
ただ温泉に入って牛乳を飲む。
顔を上げると、雲の切れ間からお月さま。
ぼんやり光るお月さまと夜の黒、提灯の淡い灯りに照らされながら、ホッコさんは息を吐く。
「きれい、やねぇ~」
都会ではお目にかかれないだろう景色と雰囲気。
全身に入っていた力が抜けて、ふにゃふにゃになりそうな錯覚。
身体も心もほぐれていくこの時間。
最近はこんな時間もなかったなぁと冷えた牛乳を飲みながら思う。
そういえば、編集部のみんなはどーしてるんやろう?と思ったーーけど、すぐ忘れる。
「編集ちょーのことも、任せとこー」
肩までゆっくり沈んでいくホッコさんの顔は、弛みきっていた。
「明日はどーしよーかなぁ」
ただただひたすらに露天風呂を満喫するホッコさんであった。

お風呂上がりのホッコさんは幸せそうであった。
露天風呂の効果だろうか、全身ふわっふわな毛並みになっており、全体が1.5倍くらい大きくなっている。
「あああああー」
ほかほかの身体に浴衣を着て、外の休憩所にあったマッサージチェアに収まるホッコさん。
片手にはお約束のこーひー牛乳(ビン)を持ちながら至福の時間を過ごしている。
あとはのんびりとご飯を食べて眠るだけ。
ただ…眠る前にお風呂にもう1回入るのか、明日の朝一番で入るかーーマッサージを受けながらそんなことを考えているのであった。
「みんな…おやすみなぁー」

第三章 ホッコ不在の編集部(約1200字)
ところ変わって、こちらは編集部。
ホッコさんの有給初日、いつも通りの朝を迎えて
それぞれ業務を開始する。
最初は誰も気にしていない。
「あぁ、ちょっと出てくるわ」
「喫煙所ですか?」
「うん……うん?」
何だか少し違和感。
いつもなら「またぁ~?」というのんびりほんわかしたツッコミが入って笑って謝るところ…なのだが。
ーーツッコミ役がいない。
「あぁ、誤字の修正も原稿の確認も終わらない…」
「あれ?投稿予定がズレてる!?うそっ!」
デスクで山積みの資料を、せっせと処理してるピーさん。
PCとタブレットを見比べてミスに焦るしおりさん。
「ん~……ふむ?」
「まぁまぁ、これでも飲んでおちついてぇ」とお茶をくれる声もなく、「クッキーたべる?」とおやつを分けてくれる声もない。
ーー空気を和らげる存在がいない。
「ふぅ……編集長」
「なんよ、アウルさん?」
顔を書類から上げたアウルが、入り口で立ち尽くす編集長に声をかける。
「ホッコさんがいないと静かですね……」
「うーん…せやなぁ」
煙草の箱を持ったまま腕組みする編集長。
「意外と…役に立っとったんやな」
そう口にした編集長の表情はどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべているのだった。
「うぅ……おやつのクッキーが足りません…」
「コーヒーのおかわりを…自分で入れますねぇ」
「ホッコさん、編集長の…ってお休みでしたね」
ピーさんもしおりさんも、アウルでさえこんな調子でホッコさんのいない時間を過ごしていた。
一服し編集部に戻ってきた編集長は、この様子に苦笑いを浮かべるだけだった。
第四章 さあ、帰ろーか(約1000字)
なんやかんやと温泉旅行も最終日。

すっかりリフレッシュしたホッコさんは駅までの道を歩いていた。
「ゆーきゅーもおしまいかぁ…」
立ち止まり、ちょっとだけ寂しそうに旅館を振り返るホッコさん。
この2日、温泉もお店巡りも存分に楽しんだ。
持っている荷物はそんなに増えてはいない。
お気に入りのカバンとお土産が少しだけ。
でも来たときよりも何だか軽くなった気がする。
それがなんなのか、ホッコさんにはよくわからない。
けどーー胸の真ん中へんが温泉に浸かってるみたいにポカポカしている感じがする。
お休みが終わるのは悲しいけれど、申請したのは今日までだ。
明日からはまたいつもの日常が始まる。
それが嫌なのか?と聞かれたら……べつにそうでもないなと思う。
「よー分からんけど、来てよかったな」
旅館に小さくペコリと頭を下げて、再び駅へと歩き出すホッコさんの口元はーー柔らかな笑みを浮かべていた。
「みんな、どーしてるんやろー」
夕暮れの駅へ向かうホッコさんから伸びる影、その尻尾部分がゆらゆらと揺れているのだった。
「さぁ…帰ろーか、編集部に」
エピローグ おかえり(約800字)
「ただいまぁ~」

翌朝、編集部へ無事に帰還したホッコさんは、普段通りだった。
……ちょっと毛艶が良くなっているが。
「おかえりなさい、ホッコさん!」
「おはようが先でしょうに…お帰りなさい」
「おはようございます…お帰り、ホッコさん」
真っ先に挨拶したしおりさんに、呆れたように話しかけるアウルーーその表情はいつもより柔らかい。
ピーさんも運んでいた書類を置くとホッコさんに挨拶を返していた。
みんなが出迎える中をトコトコと編集部内を歩いていくホッコさん。
片手で顎をさすりながら笑っている編集長のデスクにたどり着いたホッコさんに編集長が話しかけた。
「で、有給はどうやった?」
ちょっとお疲れ気味な編集長の問いかけに対して、ホッコさんは少し考える仕草を見せる。
うん、と1度頷くと編集長の顔を見据えて一言。
「ぷりん、おいしかった」
「なんやねん、そら」
周りで見守っていた一同が一気に脱力していく。
「ふふ、ホッコさんらしいですね!!」
「感想の一言目がそれですか…全く」
みんな思い思いの笑みを浮かべて、ホッコさんに話しかけていく。
「とりあえず、仕事しますか?」
真面目なピーさんの言葉で動き出す編集部のメンバーたち…もちろんホッコさんも。
持ってきたお土産を給湯室の冷蔵庫に直して、飲み物の用意をする。
アウル主任はブラック、しおりさんはお砂糖2個とミルク。
ピーさんはお砂糖1個だけ、でも熱くはしない。
編集ちょーは……そろそろいつもの所に行くやろうからいらない。
そんなホッコさんの様子を見ていた編集長は、ドアに近づきながら声をかける。
「まぁ、なんや……休めてよかったな」
「うん」
梅雨の一時、のんびりと休めたホッコさんは静かに頷く。
「ぼくが休んだんやし…みんなも休んでええんよ?」
そう返したら、なぜか編集長は笑い出して部屋から出ていった。
いつもの喫煙所へいつものように考え事をまとめに行ったんやろうーーホッコさんはそう納得して飲み物の用意を再開したのだった。
今度は編集ちょーのマグカップも取り出しながら。
おしまい
エンディング?
「なんやこれ?」
「電車で見てたどーが…その真似してみた」
ホッコさん、帰宅後にこんな歌を作ったみたい。
「うたってみた」
『ボクのゆーきゅーきゅーか』

■おわりに
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「アカリウム」のこちらの企画に参加する為
執筆した小説です。
#アカリウム創作大賞
アカリウムの住人もそうでない方も参加可能なのでぜひ興味のある方はどうぞ!
あかりさんが館長を勤めるマガジン
「アカリウム」はこちら!
あとがき的ななにか
今回は普段とはちょっと趣向を変えたものにしたいと書いたお話。
私っぽいいつもの作品よりも、
たまにはこんなんも書いてみようかな?
そんな気持ちでプロットを書いてました(笑)
ちょっと文体も普段よりも柔らか目を意識してみたんやけど…自分ではよーわかりません(笑)
最後になりますが。
あかりさん、主催側の審査員の皆さん。
とても楽しい企画をありがとうございました!
新しい書き方や話の作り方に挑戦出来た事、嬉しく思います!
ヘクたろーでした!
■質問箱を設置しましたよー

