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567体の地蔵尊【福智院】

 はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
 岡埜おかの 由木古ゆきこです。

 ビッシリ地蔵。

 秘仏の宝冠十一面観音を見られるのが、
 11月7日(今週金曜)までなので、取り急ぎ。

2025年11月5日
(文字数:約1800文字)



釈迦から地蔵と来て弥勒

 お釈迦しゃか様が亡くなる時にさ。

 それまで付き従ってきた弟子たちが、あんまり悲しむものだから、
「法とおのれ灯火ともしびに(私が教えてきた事と自分を信じなさい)」
 って言ってあげてんのに、

「嫌ですぅ。もっと教えて欲しいですぅ」
「私はつい先日従い始めたばかりですぅ」
「私は未熟者で教えが足りませぇん」
 ってまだまだ悲しみ続けるものだから、
「56億7千万年後に弥勒みろく菩薩が現れてくれるよ(ってか息も絶え絶えなんだけど私)」
 って言ってあげてんのに、

「56億7千万後なんか遠すぎますぅ」
「とてもそんなに待てませぇん。私は死んでますぅ」
「それまでどうしたらいいんですかぁ」
 ってますます嘆き悲しみ出すものだから、
「弥勒が現れてくれるまでは地蔵がいるから(はよ涅槃ねはんに入らせてや)」
 みたいに仰った逸話が残っています。

(とは言えざっくりですし、細部は異なると思います。
 56億7千年前なんて、正確な年数は多分その時には言ってない。)


福智院の地蔵大仏

 近鉄奈良駅から興福寺境内を横切って、奈良ホテルを右手に見つつ南下して行ったら福智院ふくちいんだ。

 興福寺や東大寺や春日大社が周りにあるので、ちょこんと可愛らしく感じるお堂だが、中に入ると巨大な地蔵が座っている。

 地蔵で丈六じょうろく(2.73m)なのも珍しいし、坐像なのも珍しい。地蔵はあらゆる所に出かけて行く相当にフットワークの軽いお方なので、立像で作られるのが基本なんだ。
 ちなみに丈六は釈迦の身長とされている(そんなわけあるかと思われるでしょうけれども、そう言われていますのでそのまま受け止めて下さい)。

 つまりこの仏像は、姿こそ地蔵だけども、釈迦の身代わりとして造られている。
 それだけではなく光背こうはいの内側に六地蔵と、
 光背の外側に560体の小さな地蔵がびっしり並べられていて、

 560+6+1(本尊の大仏)=567、
 1体1千万年として56億7千万年、
 という計算で、弥勒の先取りとしても造られている。

 800年以上も前に造られたから彩色とか剥げちゃって、全体的に黒っぽく見えてるけど、赤外線当てて調査したら、光背は金ピカだし衣とか極彩色だったらしい。

 訪問時ちょうどいらした御住職が、
「虹が出てます」
 と外からの日差しを受けて、光背の裏側に赤や青の色の層が出来ている所を見せてくれた。
 仏像のどこかにプリズム作用があると思われるけど、今のところ何でその作用があるのか不明。


宝冠は珍しいか否か

 地蔵大仏に向かって右側奥の厨子ずしが開いていて、秘仏の宝冠十一面観音を見る事が出来た。

「宝冠を被った観音様は珍しいです」
 との説明があったのだが、観音菩薩に装飾品は付き物だと思うんだが、確かに十一面観音にかぶせられた宝冠の形状としては珍しい。
 十一面全てにこの世の諸相を御覧頂くために、宝冠は額あたりにささやかに造られる事が多いからだ。

 あと厨子の中には歓喜天かんぎてんも祀られていて、
「どうしてここに祀られているんですか?」
 と実はその日同行していた千世さんが訊いていたが、

「単純にここしか祀る場所が無かったからです」
 と答えられてそれだけかい、と思いはしたが、

 返ってから調べたら、
 観音菩薩は自在天じざいてん、仏教の発祥地であるインドで言うところのシヴァ神と同一とされていて、
 歓喜天はシヴァの息子とされる(諸説あり)ガネーシャだから(ちなみに歓喜天はほとんどが自在天と抱き合っている姿で造形される)、

 厨子の中に祀るのがちょうどいい、といったイメージくらいは御住職にもあったよね。
 訊かれてとっさに答えるのは(私らの知識度合いも分からんし)難しかったと思うけども。 


文化の日だった

 ところで福智院を訪問した日は、11月3日文化の日で、
 千世さんと、春日大社で行われる舞楽ぶがくを観に行くのがその日のメインイベントだったんだが、

 舞楽の模様はまた後日書きます。
 とりあえず秘仏公開期限があったから福智院だけ。


以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

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