【noteでBL】地獄はこの世の中にある
こちらの企画に参加します。
あとがきは22日に公開します。
お題:「地獄」「土壇場でキャンセル」「オタク×オタク」
ジャンル:人間ドラマ
文字数:約4808文字
あらすじ:
天野 拓海は司祭の息子として、新興宗教の教会に生まれ育った。教団付属の学園で、中学から高校までの六年間を寮生活だ。
地球環境を専門に学ぶ大学で、池島 真一郎という、世にも珍しい学業オタクと同居する事になり、見事な真一郎オタクへと変貌する。
拓海にとって実家の教会は普通に地獄なので、参加を義務付けられた式典へと、向かう途中でドタキャンした。そしてアパートに帰るなり、初めて目にするおばあさんから、家を出ていくよう丁寧に命令される。
1
自分たちが一般的に見て普通じゃないことなんて、その中に生まれ育って暮らしていたら気付けないんだ。
「ただいまー」
「ただいま帰りましたー」
僕は宿題をやっていた手を止めて家族のみなさんに笑顔を向ける。
「おかえりなさい」
関西を拠点にしてきた宗教団体で、僕のお父さんは教会を預かる司祭をしていたから、物心ついた頃から僕の家は教会で、毎日訪ねに来るたくさんの信者さんたちを、僕は心から家族みたいに思って接してきた。
「なんやねんコラ、しばくぞほんまに!」
「いてこましたろか! あほんだら!」
「おやおや。よくないねぇ」
ケンカというよりふざけ合いをしている子どもたちに、お父さんは優しい笑顔で話しかける。
「テレビで、覚えたのかな? 口にする前にちょっと考えてごらん。それはお友だちに向けて気持ちの良い言葉かどうか」
「せやけど司祭さまぁ、外ではみぃんなこんなしゃべり方してんねんで」
「悲しいけれどそれは、外の人たちがまちがっているんだ。人にはせっかく知性があるのだから、美しく優しい言葉を使わないと」
お父さんの声を聞きながら、僕は台所で入れたお茶を、みなさんのところまで持って行く。
「どうぞ」
「まぁ拓海くん、ありがとう」
「良い子ねぇ」
いいことを、進んでやっていたら、必ず気付かれて誉めてもらえる。
「拓海くんも中学から?」
「はい。そうします」
僕は笑顔で答えて、そこに疑問なんかちっとも持っていなかった。
「父の跡を継いで、教祖様をお支えできる立派な司祭になりたいです」
家に来る家族たちはそう答えるだけで、みんなすごく喜んでくれるから。
2
「団体が経営している学園の、中学から高校までを六年間、寮生活していたものだから、どこに住んでいるか訊かれてついそう答えちゃったわけ」
「なるほど」
真一郎が淹れて持って来てくれたお茶を、真一郎の部屋のローテーブルを囲んで飲んでいる。
「髪が白くなったのはいつからだ」
「中学、の二年くらいにはもう」
「理由は、何か思い当たるか」
「さぁ」
笑って見せたけど、嘘だ。理由はあったし覚えている。だけど、今はまだ真一郎にも知られたくない。
「生まれつき、とか、そういう体質、なんじゃない?」
そうか、と真一郎もマグカップに口をつける。
「司祭は、継がなくても良くなったんだな」
「大嘘ぶっこいて、どうにかね」
この国初めての、地球環境を専門に学ぶ大学が、ちょうど僕が受験する年に開設されてくれたものだから。
「地球を守って世界平和のために尽くしたいです……とか言ってみせたら、それは立派な志だって、家族のみなさんで応援してくれちゃった」
「俺ならそれを嘘とは思わないが」
真一郎ならね、と出そうになった苦笑いは、舌先を噛んでごまかした。
「シラバスにはどれだけ目を通した」
「まだ。ほとんど全然」
珍しくおかしそうに笑いながら、小声で「バカ」って言ってきたから、嬉しいのと恥ずかしいのがちょうど半々だ。
「それ関西の人間が聞いたら気を悪くするよ」
「そうか。今後気を付ける。笑ってしまったことはすまないが、俺には都合が良いように思えたからな」
なんだろう。難しい言葉が並んでいる気もしないのに、言われている事がよく分からない。
シラバスを手に取って真一郎は、僕の正面まで近寄って来た。あぐらで座った膝に分厚い冊子を開いているから、僕も合わせてあぐら座り。
「拓海はどの講座を受ける気でいるんだ」
「どのって、まだ必修科目があるから……、選択科目の〆切は今月末くらいだったよね?」
「出席するだけで単位がもらえるとか、教授がぬるくて楽そうだとか、先輩たちからの評判を聞いて人気が出た講座は、もう大半が埋まっているぞ」
僕の気持ちとは反対に、真一郎は楽しそうな笑顔のままだ。
「あとは難易度が高いとか教授にクセがあるとか厳しいとか、とにかく厄介そうな、骨が折れる講座しか残っていない」
「ええええー……」
ショックでのけぞりそうになったところを、真一郎が腕を掴んで引っ張って、立て戻してくれる。
「俺に都合が良いと思えたのはそこなんだ。それなら拓海も俺と同じ講座を選べ」
命令、してきた珍しい、って感じて強制されている気にはなっていない。
「俺は初めから難しい講座ばかりを狙って選択している。誰かと協力できるなら、その方がいい」
「なんで? わざわざそんな、難しいの選ぶって……」
「俺は勉強が好きだからだ」
きっと思いっきりきょとんとしてしまったから、僕の顔を見てまた真一郎がクスクス笑った。
「拓海の反応は分かる。俺は故郷でも子どもの頃から変人扱いされてきた」
膝に開いている冊子を、めくっている間も口の両端は持ち上がっている。
「今年からの、新設学部だ。それも環境創生学部、などという御大層な名目で、大学側も何をどこまで教えて良いのやら分かりはしない。おかげで教授陣も講座内容も、バラエティに富んでいる。カオスと言ってもいい。しかし俺はまさにこの状況を望んでいたんだ」
パタン、と冊子を閉じる音がして、僕に向けてくる目は黒いけどツヤツヤ輝いている。
「俺にはこの学部が、見渡す限り実がなりまくった、果樹園にしか見えていない。それも舌先を喜ばすだけの甘みじゃない。滋養に満ちた、脳が喜びそうな、真剣に美味い果実が採り放題だ。貪らない手は無いと思う」
本当に、大好きな事について語っている表情だ。見ていると僕の方が赤くなってくる。
「だけど、僕……、ついていける気がしないよ……」
「俺が教える」
ドクン、ってちょっと胸の奥が飛び跳ねそうになる。
「知識を定着させるために最も有効な手段は、人に教える事だからな。拓海がいてくれると助かる。充分理解できたなどと、俺が自惚れないで済む」
さっきから、殺し文句の連続じゃないか。冷静に、考え切れたらそんなに楽しい状況なんかじゃないはずなのに。
真一郎と一緒にいると、嫌な事が、ううん、嫌だと思っていなきゃおかしいみたいに思わされていた事が、嫌じゃなくなる。
ものすごく楽しい事みたいに思えてくる。
3
真一郎の、可愛い方言ベスト3!
第3位:動詞が独特
「拓海、資源ゴミに出す段ボールが、他にもあるなら一緒にきびっておいてくれ」
初めて聞く言葉は音を聞き取るのも難しくて、困っていたら真一郎の方で戸惑って、
「そうか。方言なんだな。標準語ではえーと……」
ちょっと考え込んでから、
「ああ。『縛る』だ」
そんな単語を笑顔で言ってきたから笑ってしまった。
「そこまで笑われると傷付く」
笑ってしまったせいだと思うけど、
「それ僕がせたろうて(背負って)帰るよ」
と言ってしまった時に笑われた。笑うと言っても真一郎の場合はクスッと目を細めたくらいで、
「拓海が訛るのは珍しいな」
なんてフォローまで入れてくれたけど。
「面白い。関西では『からう』をそう言うのか」
「その『からう』が僕には分からないんだよ」
「え。これも方言なのか」
第2位:だって真顔で言うんだもん
「『うーばんぎゃーか』ってどういう意味?」
九州の方言だって、どこかで聞きかじった事を訊いてみたら、読んでいた新聞を下ろして首を傾けてきた。
「伝わりはするが……、実際に耳にする事は滅多に無いな。イライラした時に感情をぶつけているだけで、具体的な意味は無い。九州でも地域によって使う言葉が微妙に異なるから……、俺の故郷では……」
言いながらきちんと折り畳んだ新聞紙を、テーブルに置いてから顔を上げてきた。
「『やぜなか』『やぐらしか』『ひっちゃぐらしか』の三段階になる」
笑い出しちゃったから「また笑う」と眉をひそめられたけど、言い訳したらごまかされてくれた。
「だって……、感情をぶつける言葉にどうして、『段階』があるのさ……」
「そう言われると妙だな」
第1位:猫出た
「拓海、俺のレポートを読んでくれないか?」
「ああ。僕のもお願い」
北山教授の講座では、毎回そう簡単には答えが見つからない問題が出されて、レポートを書かされる。正解は求められないけどある程度は筋の通った解答を導かないと、受講期間でも容赦無く落とされる。
真一郎は奨学金をもらっていて、成績を落とすわけにいかないから懸命に取り組んでいた。読んでいる僕にも心配そうな顔を向けてくる。
「どがんかにゃ」
ごめん。冷静に読んでいられない。
「今、猫出たっ?」
「猫?」
「なに今の最後の『にゃ』。ちょっと、可愛すぎるんだけどっ」
「猫、という意識は俺には無い」
「赤くなってるじゃない。言われたら猫っぽいって、気が付いて意識しちゃってるじゃない」
「していない。これは、その……、疑問を表す『な』は、親しみを込めると拗音化するんだ」
難しい言い方をしてくるけどそれってつまり、
「真一郎、僕のこと好きってこと?」
「友達としてだ。単なる友人知人よりは、身内に近い言い方だが」
……やっぱり猫じゃないか!
「ぜんっぜんいいです! じゅうぶんうれしいです! ねぇそれもっと聞きたい言って言って」
「言おうと思って出てくる言い方じゃない」
4
甘やかされて育った、とか言って、真一郎ときたらお昼は学食だけど朝食夕食作ってくれるし、お風呂掃除も毎日してくれるし、洗濯物は取り込んで畳んでアイロンがけまでしてくれる。
それなのに「すごい」とか「ありがとう」とか言ったって、
「どれも基礎的な事ばかりだ。やっている内に入らない」
とか冷静な顔と声色して言ってくる。
「どうして出来る人が、よりにもよって出来ることを、出来ないみたいに思わされているのかなぁ」
思いっきり呆れ顔でぼやいちゃったら見開いた目を瞬きさせてきた。
「それで、出来もしないしやりもしないくせに、周りがやって当然みたいに思っている人たちから、こき使われちゃっているのかなぁ」
真一郎だけじゃなくて、子供の頃から教会に来る皆さんの悩み事とか、聞かされ続けて思ってきた事なんだけど。
「真一郎は、僕より出来るんだから、出来る人が出来ないなんて言っていたら、僕なんかが出来るなんて言ったら怒られる、とか、恥ずかしい、みたいに思って、出来るって言い出せなくなるんだからね」
一分以上は、ゆっくり時間を掛けて考えて、そこからはにかんだ感じに顔を赤らめていって、
「……そうか。分かった。うん、ありがとう」
言いながらちょっとだけ笑みを浮かべてくる可愛らしさったら、毎日好きが積み重なり続けて弱まる気配が一向に見当たりません助けて下さい。
そんな僕が、今はどこにいるのかって、準急が停まる駅の、公衆トイレの個室にいます。
月に三回もある、式典の日には、必ず出席するように言われているんだけど、電車が実家、と言うより教会の最寄り駅に、近付いていくと思ったら、どんどん具合が悪くなってきて、途中下車してトイレに駆け込んだ。
で、リバース。帰りたくなさが思いっきり身体症状に出てしまっている。
「帰るの、やめちゃおっかな」
そう呟いてみただけで、顔色が良くなって背筋が伸びてくる感覚が分かるくらいに。
5
実家にも真一郎にも、連絡を入れるのは気が引けて、夕飯は適当に袋麺で済ませればいいや、と思いながらアパートの扉を開けたら、
玄関に見慣れない高そうな靴が置いてあって、目を上げた先でテーブルに座る真一郎を覆い隠すように、真っ白なふんわりした春コートを、お召しになったおばあさんが立っていた。
「あら。ちょうど良かったこと」
部屋に入って後ろ手に扉を閉めた僕に向かって、曲線だらけの全身を揺らすように歩いて来る。口の両端だけを持ち上げる笑い方が、真一郎に似ていると思ったけど、目がちっとも笑っていないところが、違うな。
「今すぐ荷物をまとめて、ここを引き払ってくださらない?」
なんだろう。この丁寧そうなのに従いたくならない命令口調って。
了
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