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狂気は一過性

10月16日の記事(こちら↓)の中で、

一度公開した記事は意地でも消さない、
みたいな事を書いちまったその舌の根も乾かない内にだ。

10月17日に公開した記事を一つ消しちまったが、
まぁ1日に3件連続投稿してる時点で、
禁止されてはいないがややマナー違反だ。
(本当は1日に2件だって、
 傍目にウザかろうからやめた方が良いと思っている。)

クリエイターフェスのお題ではなくて幸いだった。
何のかの言って地道にフェス投稿続けてるから。

狂気に陥ってしまうと最終的に、
「自分には何の発言をする資格も無い」
「創作なんかやめて、
 これまでの記事もアカウントも全て削除して、
 家から出ては行けないし、
 出たとしても余計な事は何一つしゃべってはいけない」
って思考になって、
しかもそれらが全て残念な事に、
誰の目から見ても明らかに正しい」と思い込むんだ。
「正しいと感じないのは自分だけだ。
 自分が異常だからこの正しさに気付けないんだ」と。

だけどひと晩眠ったらその思考に感覚、
キレイさっぱり忘れちゃって元に戻れなかったりします♪

今回のタイトルにしたけど、
あまり世間にしっかりと認識されてない気がするけど、
狂気って良くも悪くも一過性なのよ。

だけど出くわしちゃった人は、
また出くわすの怖いから遠ざかるし、
狂気に至った側は完全に忘れ切れるならまだしも、
多少は記憶が残ってて、
また何かのきっかけで狂気に至るの怖いから、
なるべく人と接しなくなるから、
「おかしくなったらもうおしまい」みたいなイメージが、
かつては特に田舎の共同体では形作られてきただけで、

ちなみに上に書いた狂気時の思考は、
実家にいた25歳頃まで、
時々母親から罵られてきたそのまんま♪
だけど母親もひと晩寝たら忘れちゃうの♪

それはさておき、

狂気の最中にいた昨日、
10月8日に公開した記事(こちら↓)が、
「先週特にスキ!された記事」だと知らせてくれる、
メッセージが届きましたよ。

ちょっと狂気の最中にいたもので、
画面保存とかしてなくて証拠が残っていませんけども。


「noteでよかったこと」という今日のお題ですが、
基本コンセプトが「街」なだけあって、
多種多様な職業に年齢層に、文章を書く理由、
を持った人があふれているので、

自分と合わない意見も見掛けますけどお互い様なので、
何をどんな感じに書いて行こうが各人の自由に思えるし、
日常生活においては接しないような人でも、
目に入って読んでくれてスキくれたりする。

その結果の「先週1番表彰」でございます。
有難く受け納めさせて頂きます。

#noteでよかったこと

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