【noteでBL】キビナゴの刺身
こちらの企画に参加します。
お題:「食事シーン」「家以外の、作者の大好きな場所や土地、時代を舞台にした話」「脊髄反射」
ジャンル:人間ドラマ
文字数:約4600文字
あらすじ:
みなさん、特に真一郎、覚えておいでですか。
前々々回の九州旅行において、池島真一郎は「明日ならいい」と「約束」していた事を。
余人はいざ知らず、また当日何事があったにしても、天野拓海がそいつを忘れてしまうわけがねぇよな。
さぁ、約束は果たしてもらおうじゃないか真一郎。筆者としては、noteに公開可能レベルで済ませ切れるかが問題だ。
1
レンタカーを返すために、県庁所在地の駅前に戻ったのは、まだお昼過ぎの二時くらいだった。
真一郎の帰省に僕も付き合うつもりでいたから、今夜はてっきり九州の、真一郎の実家か実家近くに泊まるものだと思っていたのに、真一郎はいつの間にか買っていたチケットを、僕にも渡して次に来た新幹線にすぐ乗り込んじゃった。
僕はいつも理由を付けて、真一郎には窓際に座ってもらうんだけど、それは窓からの景色をどうせなら真一郎越しに真一郎の表情込みで見たいとか、誰の何の邪魔も入らない状態で真一郎の視線に存在を独占したいとか、
「約束は、どうなったの?」
他所には聞かせたくない事を囁きながら、窓際に追い詰めたいからだったりします。
真一郎はクスッと笑ってはぐらかすみたいに見えたから、隣から伸ばした指先を、脇腹からこっそりシャツの内側に忍び込ませようとしたんだけど、手首を掴まれて止められた。
「待て待て。拓海。覚えていないかこれは、西九州新幹線だ」
「だから?」
口をとがらせながら頭の中では高速で思い出していたけど、博多から直通の新幹線は無いとかで、途中までは在来線の特急だった。何その中途半端な新幹線、ってそう言えば僕ぼやいていたっけ。
「渡したチケットくらい見ろ。今日はまだ、本州に戻るつもりじゃない」
言われて取り出したチケットを見たら、目的地は「嬉野温泉駅」になっていた。
2
ちっともニヤケ顔が治まらない僕に、部屋に通されて仲居さんの説明を聞いている真一郎は呆れ顔だ。
「お連れ様はまぁ、よっぽど嬉しいことでもあったんですか?」
訊かれて答えに詰まっていたけど、そこは僕も外面だけなら作れる。
「九州も温泉も、旅行も僕初めてなんですっ。親が忙しくて家族旅行とか出来なかったしっ、中学も高校も私立だったから修学旅行無かったんで」
まぁそれはそれは、とにこやかに応対してくれた仲居さんが、部屋を出て行く、と同時に僕は真一郎にすり寄りに行っちゃう。
「少しは自重してくれないか」
「自重、できるものならそうしたいけどぉ」
駅前の大通りに面したホテルじゃなくて、送迎バスが向かった山道沿いの旅館で、本館からは長い渡り廊下でたどり着く、離れにある二間続きの和室に二人きり、
……って事は真一郎もそのつもりでいるんだよね? って思ったら、今から今夜が楽しみ過ぎです。ムフフのフです。
「夕ご飯の前に温泉入りに行こ行こー♪」
我ながら満面の笑顔で引っ張った両腕は、やわらかく、だけどそれで当然みたいに振り払われた。
「拓海が先に。俺は、戻ってから」
「なんでぇ? 一緒に入ろうよぉ」
ちょっとかがんで覗き込んだ顔は、九州出身だなんて思えないくらい色白な首筋まで、真っ赤になっている。
「公衆の、面前で一緒に、入れるわけがないだろう……!」
「その気に、なっちゃうってこと?」
「俺よりもそっちがな」
目線を向けられた先が、ジーンズの上からでも分かるくらいにふくらんじゃっている。いやんっ♪
「やだなぁ僕、僕がいない所で他のおっさんじいさんたちの前で、真一郎がハダカになるの」
「心配しなくても、そういった目で俺を見ているのは拓海だけだ」
「真一郎だってひょっとしたら、他のおじさんたちに囲まれて、ムラっときちゃったりしないかなぁ」
「尚更、有り得ない。拓海以外は俺にとってただの棒切れだ。無機物でしかない」
冷静な口調と表情で真一郎、僕には嬉しいですけど結構恥ずかしい事言い切っちゃっていますけど。
3
脊髄反射、みたいだったなって。僕も真一郎も。
今日は朝からレンタカーを走らせて、十一時頃に真一郎の実家に着いて、お昼が近いから一緒に食べるでしょう、ってご両親も、しばらくはなごやかに歓迎してくれる雰囲気に、見えていたけど、
台所に立ち始めたお母さんに、真一郎が色々と言葉をかけて話をしている間に、お父さんが、分厚いレンズのメガネ越しにずいぶんどろりとした目で僕を見て、いやにねっとりと開いた口から、
「□□□□」
って方言で僕には意味なんか分からなかったひと言が出た途端、真一郎の表情が変わった。
僕は、その目の色を見て、真一郎が何か言い出してしまう前に、手首を掴んで家を飛び出して、車に向かいながら口にしていた。
「もういいよ。真一郎、分かった。すごくよく、分かったからもう行こう」
「かえって有り難か! もうこがん家には、二度と帰らんで良ぉなった!」
言っちゃった。そしてそれ、ご両親にも僕にも聞こえちゃった。という事は、僕はよっぽどとんでもない事を今言われたんだなって分かった。
二時間かけて来た道を、逆向きにたどって戻りながら、助手席の真一郎が時々くれる指示に従っていた。道の駅で休憩を挟んだけど、お昼を食べている間は僕も真一郎も黙り込んでいて、なるべく早く実家がある半島そのものを離れたかった。
レンタカーを返してすぐ新幹線に乗ったという事は、真一郎もあの実家に長居するつもりなんて無かったんだ。
人によっては信じてもらえないかもしれないけど、ものすごく大好きな人の、両親とか家族とか友達までは好きになれない事なんて、ざらにある。
4
お風呂上がりの浴衣に、薄めに綿を入れた羽織を掛けて、部屋に戻ってきた真一郎を見て鼻血が出るかと思った。僕も同じ格好をしているはずなんだけど、着慣れているし背筋や身のこなしがスッキリして見えて格好良い。
あと襟合わせに覗いている鎖骨とか、袖口から肘近くまで見えそうな腕の白さとか、すみませんけど邪まな思いがあるのでチラ見えだけでも眼球が喜んでいます。
床の間付きの部屋には夕飯の用意がされていて、襖が閉められているけど続き部屋には、二人分の布団が敷き並べられていて、
プロフェッショナルに徹した仲居さんが料理の説明をしてくれた。
座敷用の長机の、向かい合わせにそれぞれのお膳が作られているその中央に、大きな土鍋が置かれていたから、メインは鍋だと思っていたら蓋が取られて見えたのは、一面のふわふわやわらかそうな真っ白だった。
「湯豆腐です」
ご飯とお味噌汁と、一人用のコンロには佐賀牛の陶板焼きが乗せられていて、お刺身は、アジやハマチ、だと思っていたらヒラマサとか、イサキ、って僕は聞いた事が無いお魚が並んだ平たいお皿と、キラキラした銀色の身がお花みたいに丸く並べられた円形のお皿があった。
「キビナゴです。こちらは、酢味噌でどうぞ」
僕の向かいで真一郎が、お酒のリストを見ながら呟いた。
「サルコウ、をロックで」
「何それ」
「麦焼酎だ。イキの」
「イキ」
僕の表情を見てクスッと笑って、リストの文字を見せてくれる。
「島の名前だ。壱岐」
サルコウも文字で見たら猿川だ。僕と同じで二十歳になってまだ一年くらいなのに、
「お酒、詳しいんだね」
そう言ったらクスッと笑って、仲居さんが部屋を離れてからなのに小声になった。
「十歳頃から飲まされる」
今日ご両親に会っていなかったら、すごいね、とか、さすが九州、とか、面白い話みたいに受け取って笑って済ませていた気がするけど。
「誉められた話じゃない」
「そうだね」
「自分が美味いと思える焼酎を、選べたり人に勧め切れる点では良いが」
仲居さんが持って来たグラスに、僕も口を付けさせてもらったけど、ちょっと甘いみたいな良い香りがすると思ったくらいで、味まではまだ分からなかった。
5
湯豆腐は見た目を裏切らないとろっとろで、美味しい以上にしあわせ気分が沁み渡る感じで、元は木綿豆腐らしいのに温泉で煮込むとこうなるんだ。だけど、どこの温泉でもこんなにふわふわになるわけじゃないらしい。
「これが食べてみたくて嬉野に泊まる事にしたんだ。それとキビナゴだな。大阪では、食べたいと思っても手に入らない」
「そうだよね。僕食べるのも見たのも初めてだよ」
箸で持ち上げてみたら並んでいた一枚一枚が、小さな魚を開いたものだって分かる。酢味噌で食べるのも僕には珍しい。噛んでみたら、ツルツルした身の中に背びれや骨のカケラが残っていて、きちんと噛み砕かないと飲み込めなくてそこまで美味しいものなのかなって、不思議な気がしたけど、
真一郎は、他の刺身と同じ醤油で食べていて、口に入れる度に目を細めながら味わっていて、美味しくてたまらないみたいに見える。
「酢味噌、使わないの?」
「使ってもいいし、美味いとは思うんだが……、俺は、醤油が慣れている。こんな、旅館で食べるような品じゃなかったからな」
麦焼酎をひと口飲んで美味しさが増したみたいに、頬を赤らめながら息をついた。
「祖父が、旬になるとカゴ一杯に獲ってくるんだ。俺が捌いた事もある」
「本当に?」
「子供の頃時々、祖母と一緒に。包丁なんか使わない。指で押し開くんだ。子供の指は小さいから重宝される。力を込め過ぎると身が潰れるが、弱々しい握り方で長く持ち過ぎても、手の熱が移って身が汚らしくなる。あれは、良い教育だったと思う。男を土間に入れるなと、祖母はふた親から叱られていたが」
それを聞いてから口に入れると、そうか。なるべく手早く捌いて、出来るだけのヒレや骨を取り除いて、それでもどうしても残ってしまうあとちょっとの骨なんだって気が付いて、捌いてくれた人にありがとう、って言いたくなるのが、真一郎は好きだし美味しく感じるんだなって思った。
もしかするとキビナゴの一匹一匹にも、ありがとうをきちんと言い続けていたいのかもしれない。
食べてしまうのに矛盾してる、とか、もう死んでいるんだからお礼を言ったって届かない、とか、知らない人からは思われそうだけど、そういう問題じゃない。
奪ってしまう側が敬意すら示さないなんて有り得ない。
6
九州出身でお酒好きなのに、真一郎はそんなにお酒は強くなくて、麦焼酎をグラスに一杯飲み干しただけで、そこからにこにこと機嫌良さそうに微笑み続けている。
続き部屋のお布団に、上掛けもめくらないで横になって、
「ふふふふふ。気持ちが良い」
と小さく笑い続けているけど、そのまま寝入っちゃったりしないかな、って僕はちょっと気が気じゃない。
「楽しい。ふふふ。面白い、な」
普段細かいところにまで無意識に気を遣い続けているから、唇は引き結んでいるし一重の目は鋭く見えて、堅苦しいとか神経質とか、いきなり叱られそうとか、同じ大学の後輩たちからは怖がられて避けられているけど、
ゆるんでしまうと目は糸みたいに細めて、頬骨のあたりがふっくらと持ち上がって福々しく見えて、これが真一郎の素か、素に近い表情なんだと思ったら僕は嬉しい。
そんな顔を見せてくれるくらい、僕のことが本当に好きなんだなって感じる。
「た、くみ」
羽織の袖から伸びた両腕を天井に向けて広げてくるから、その合間に入り込んだ。手のひらが僕の両肩に左右ひとひらずつ乗って来て、真一郎の笑顔が間近。
「お願い、が、あるんだが、聞いてもらえる、かな」
「聞くよぉ。聞く聞くー。真一郎のお願いなら僕何だって」
「ふふふふ。軽いな。でも、嬉しい」
自覚しているんだけど僕は、大変に心が狭いので、真一郎が本当に可愛くなっちゃっているところは、僕一人しか見なくていい。
了
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