【noteでBL】世界は地獄で出来ている
こちらの企画に参加します。
あとがきは22日に公開します。
お題:「地獄」「土壇場でキャンセル」「オタク×オタク」
ジャンル:人間ドラマ
文字数:約4982文字←ギリギリやて
あらすじ:
池島 真一郎は九州の田舎に生まれ、両親や祖父母世代の価値観を押し付けられて育った。その結果生じている問題を、打ち明けられた天野 拓海のパトスは迸りかけたが気を取り直す。
実家の教会での式典を、ドタキャンした理由を、真一郎から訊かれた拓海はかつての、そして今も続いている地獄について語り始めた。
ところで真一郎は隠れ○ヴァオタクだった。
1
台所のテーブルから、真一郎の溜め息がかなり大きめに聞こえてきた。
「志月伯母様」
だけど名前も呼ばれた伯母様には、ちっとも届いていない感じだ。
「私はこの子がお勉強に専念するためのお部屋を用意したの。お友達同士で楽しく遊ぶ場所を提供した覚えは無いのよ」
大学生になってまで、この子、なんて呼ばれてしまう嫌さ加減が骨身に沁みる。気を遣って言葉を選ぶところは、真一郎に似ている気がするのに、気の遣い方と効果がまるで逆。
「お家賃なら気にしないでと言ったでしょう」
真一郎が何か言い出したのを掻き消す感じに、振り向きながら反論して、目に映らなくなった僕の事はすっかり頭から消えてしまっている。
「家の雑用なんかは田舎から、あの子を呼び寄せれば良いわ」
あの子?
「無理ですよ。彼女にも学校がある」
「馬鹿馬鹿しい」
鼻で吹き払うみたいに笑いながら言っていた。
「わざわざお金を支払って、学ぶような事じゃないでしょう。介護くらい、娘なら嫁ぎ先の御両親に尽くして当たり前よ」
うわぁああぁ……。聞いているだけで細かな怒りや恐怖で震えてくるよ?
でも大丈夫っ。僕、子供の時からこういう人たちの相手ばっかりしてきて慣れてるっ。
「すみません。僕のこの髪、生まれつき(白髪が多いのを隠しているだけ)なんで……」
まずは、一番気に入らなく思われそうなところを取り除く。
「僕の実家は(新興宗教の)教会で……、多分外国の(渡来人の)、血が混じっているんで……」
なるべくしおらしく言っておいて、悪く思わせ切れたらお育ちは良さそうだから、とりあえず耳は貸してくれる。
「そうだ。これ、見た事ないですよね」
バッグから取り出したシラバスを、見せる場所を探すみたいに、伯母様をテーブルまで誘導した。
「池島くんのことだから、きっと苦労話とか聞かせたくないだろうなって」
伯母様が老眼鏡を取り出して掛ける間に、こっそり真一郎へのフォローも入れておく。隣に立ってテーブルに、分厚い冊子を開いてみせた。
「僕たちこれに載っている講座、一年のうちに全部把握してなきゃならないんです」
テーブルの対面で真一郎の喉元が、ちょっと動いた。
「すごいでしょう? 哲学に、国際政治に心理学に、生物はもちろん物理学は、基礎から放射線物理まであるんですよ」
横から手を伸ばしてめくっていくページは、真一郎が選んだ講座ばかりに開きグセがついているから、いかにも難しそうな文章が伯母様の目には飛び込み続けてくれるはずだ。
「とても遊んでいられる時間なんか無いって、分かってもらえますか?」
伯母様が眼鏡越しにチラリと僕を見た。外した老眼鏡をケースに入れ戻して、カチ、とフタを閉じてからニヤついてくる。
「こんな雑多な知識ばかり身につけても、何かの専門家にはなれないんじゃなくて?」
これは伯母様からの面接試験。ここで何も答え切れずにうつむいているようなら、伯母様には大した奴じゃない。
「きっと、専門家なんかこの先求められていないんだろうなって」
だけど、正解は求められていないから、答えながら考え続けて大丈夫。
「だって、専門家が大丈夫って安全だって言い続けて、今色んな問題起きちゃってるわけじゃないですか。僕たちは、だから、『ちょっと待って』って言えなきゃいけないんですよ。『本当にそっちに行って、進み続けちゃって大丈夫?』って」
「そうよね」
「だけど、それ言おうとしたら専門家さんたちから、話を聞けなきゃダメですよね。『今のどういう意味?』とか、せっかく話してもらえているとこ止めてまでいちいち質問、できませんよね。だから僕たちには、雑多な知識がすごく重要なんです」
伯母様が満足そうな笑みを広げたところで、本題に入る。だけどちょっとずらす。
「家賃、払って頂けるのはすっごく有難いんですけど、そこまでの負担かけたくないって、池島くんの気持ちも分かるから……。そうだ」
ちょうど今思い付いた、みたいな感じに、
「頂き物なんかが多すぎて、余らせそうで困った時とかに、僕たちの事思い出していくらかでも分けてもらえませんか?」
実際に困っていそうな事を思い出させて、しかも下手に出て提案してみる形で、解決策、じゃない自分たちの要望を出す。
「そんなことくらいはお安いご用よ」
「助かります。芦屋から、そのために来てもらうのは大変なんで、連絡もらえたら僕が引き取りに伺いますし」
テーブルの対面で、真一郎の目の色がちょっと呆れていた。
2
女王みたいに堂々とアパートの部屋を退出されるところが、真一郎に似ていると思ったけど、真一郎本人は玄関扉を閉めるなり僕を振り向いて言ってきた。
「噓つきめ」
言葉はそれだけど顔は微笑んでいたから笑っちゃった。
「……と言いたいところだがギリギリ嘘にならない言い方を選んでいたな」
「気付いてくれた? 嬉しい。真一郎なら気付くだろうなって」
「芦屋の人だと前に、話した事があったか?」
「何となく雰囲気で。あと芦屋住まいに間違えられて、怒る人はいないし」
話しながらテーブルまで歩いて行って、真一郎はシンクに向かってヤカンを火にかけ始めた。
「祖母の姉にあたる」
「ああ。関係がよく分からなかった」
「本当は大伯母なんだが、そう呼ばれるのを嫌う人だから」
「おおおば、って言われても僕が分からなかったよ。僕自分のそういう人たち知らないもの」
僕だけが椅子に座って右側に、お茶の缶を開ける真一郎の背中を眺めていて、
「彼女、いたんだ」
と呟いてしまった声に、嫉妬がにじみ出た気がして、振り向いてきた顔にはなるべく明るい調子を作って見せた。
「そりゃ、いるよね真一郎、カッコいいから」
真一郎はちょっと眉をひそめて小さく首を振ってくる。
「付き合っていない。周りから、そう思われているだけだ」
「嫌いな人?」
「いいや」
シンクに並べたコップ二つの前で、お茶の葉をふたさじ分急須に入れる。
「良い人だが俺にはもったいない」
「それ嫌いって言ってるのと同じだよ」
「俺が言っているのは言葉通りの意味だ。俺は女性に反応しない」
「ふぇっ?」
言葉が入ってきた耳から、顔が一気に熱くなっていくのが分かる。
「……って、つまり……え?」
ピーッと鳴り出したヤカンの火を、手を伸ばして止めた真一郎の口元は、微笑んでいる。
「心配するな。男が好きなわけじゃない」
小さく首を振っている。
「女が嫌いなわけでもない」
「理由、とか何か……思いつく……?」
「さぁ」
ちょっとだけ声を立てて笑ってきた。
「生まれつき、そうした人間なんだろう」
「ぼ、僕ちょっと、明日が期限のレポートがあったから、部屋に」
「お茶は」
「ごめん。今はいいっ。あとでっ」
二つ並んだ和室の僕の方に入って襖を閉めて、一度は大きく深呼吸して、気持ちを落ち着けようとしたけどかえって腹の奥底から湧き上がってくる。
どうにか声だけは出さないように、天に突き上げた拳を握った。
優・良・物・件!
激しく間違っている自覚ならあるけど、だって、だってそんなのっ、汚れ無き清らかな童貞じゃないですか。美しいものが、ほんのちょっとだけ汚れてしまった美しさって分かりますか。そこを汚すのが自分だったらより楽しい! なんて、たわけた妄想が今頭の中を巻き起こって駆け巡っていますけど、分かって頂けますか。
ちょっと待って。
と脳のどこかから聞こえて静かになった。
今のは、嘘だ。僕もこないだ同じ嘘ついたから分かる。理由ならあって、覚えていて、だけど話したくない。
理由も僕と同じだったら?
真一郎も、僕と似たような地獄にいたんだとしたら?
3
「拓海」
襖の向こうから声がした。
「夕飯を作ってある」
「いいよ。僕、食べてきたから」
「うどんくらい入るだろう」
そう言われちゃったら出て行くしかない。
洗った食器を伏せておくカゴを見て、真一郎が食べ終えている事は分かっていた。テーブルに一人分のどんぶりが置かれて僕だけがその前に座って、
「いただきます」
は言ってから食べ始めた横に、真一郎が椅子を移動させて座りに来る。
微笑んではいるけど僕が食べているところを、頬杖を突きながら見詰められていて落ち着かない。うどんは九州の、トビウオのだしが入っているとかで、美味しくてすぐに食べ終えてしまえたけど。
「悪かった」
「何が?」
「妙な事を口走って、不安に思わせただろう。忘れてくれ」
あ、と気が付いて、
「そうじゃないよ」
振り向いて見た真一郎は微笑んだままで、さっきから実は傷付いていて、僕の言葉は信用されていない事が分かった。
「今日は、どうして式典に出なかった?」
今ここに絡んでくるんだって、昼間の僕のドタキャンの、罰を受けているみたいに感じた。
「親御さんから電話があった。心配している様子だったし、俺も心配した。インターホンが鳴ったから、拓海じゃないだろうとは思ったが、何か関係があるかもしれないと、大伯母様だと思わずに扉を開けてしまったんだ。結果居留守を使わない方が良かったから、そこには感謝するが、拓海」
どんぶりのそばに置かれていたお茶は淹れ直されていて温かい。
「出たくないのなら出ると約束しているのは良くない」
真一郎からの目線は外さずに、湯呑みを取り上げてひと口飲んだ。
「言っても、分かってもらえないかなって……」
「それは当然だ。分かってもらえるはずがない。だから説明がいる」
溜め息をついたら同時に、
「……いじめ、られてた」
口からこぼれ出たひと言は、耳で聞くとずいぶんと、実際よりも相当軽く済まされそうに思えて、
「学校でも、寮でもずっと、六年間、逃げ場なんか無くて……、誰かに話したって僕は、司祭様の息子だから……、奉仕するのが当たり前、で、教えを守って、きちんと暮らしていれば、救われるはずだって。みんな、家族で、良い人たち、なんだから。僕のおかしなところを神様が、教えてくれているんだから、自分を見つめ直しなさいって……」
どうせ言い訳にしか聞こえないんだって、思っているのに断片的に湧き出てくる言葉を、飲み込むことが出来ずにいる。
「高校、卒業して終わってくれた、にならないんだ。僕の家、教会だから、まるで家族みたいにやって来る。これがまた、勉強とか、スポーツなんかで成果を挙げた、良い子たちばっかりで、教団の、誇りで、家族、のみんなの笑顔に囲まれて、居座ってるのが、それ見てるのも、僕には、嫌で、嫌で、嫌で、嫌」
「分かった」
打ち切るみたいに黙らされた感じがして、下唇を噛んだけど、
「俺が、分かっている。だから、他は誰に分かられなくても大丈夫だ」
よく聞く慰めとか励ましとは、全然違うって気が付いた。
「嫌なものは嫌だと言い切って良い」
逃げるな、とかじゃなくて、今の僕が本当にひび割れているところだけを拾い上げてくれていた。
4
真一郎の部屋の本棚に、ティッシュケースくらいの大きさの箱が立てて置かれているのを、前から気になっていたけど何だろう、と思って手に取ってひっくり返して見たら、アニメに出て来る女の子のフィギュアだった。
「へえ、こういうの持ってたんだ」
手に持って見せながら訊いてみたら、真一郎は真っ赤になって部屋に駆け込んで、奪い返してきた。
「人の、私物を、勝手に……!」
「隠してるとか思わなかったし、可愛いよねその子。真一郎好きそう」
好きな子を誉めたつもりだったのに、真一郎は眉間を押さえて悩み込んでから、勢い良く顔を上げてきた。
「ア○カもいい」
から始まって、ものすごく大量の情報を、洪水が通り過ぎるみたいな圧力で語り続けてくれたんだけど、
「ごめん。僕ほとんど観た事が無くて分からないんだ」
そう打ち明けた途端に流れが止まった。
「観た事が、無い?」
「うん。寮生活だったから僕にチャンネル権なんか無かったし」
真一郎はまた眉間を押さえてうつむいている。
「だけど、真一郎がそんなに好きなら観ようかな。ツ○ヤ行ったら借りられるよね」
顔を上げて僕をまっすぐに見て言ってきた。
「観なくて、いい」
「ええっ! なんでぇ?」
「知らないのなら知らないままでいた方が幸せな事柄もあると俺は思う!」
反発して全部観ちゃった後から思い返すと言われていた通りだった。
了
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