アガサ・クリスティー『なぜエヴァンズに頼まなかったのか?』
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
岡埜 由木古です。
アメリカ版のタイトルはThe Boomerang Clue(舞い戻る手掛かり)。
2026年4月16日
丙午如月二十九日
(文字数:約1800文字)
『クリスティー文庫 78
なぜエヴァンズに頼まなかったのか』
アガサ・クリスティー
初出 1934年
早川書房 2018年 4刷
ネタバレにならない程度にあらすじ
牧師館に暮らすロバート(ボビィ)は、ゴルフコースを回っている途中で崖から転落した男を見つける。
見つけた時点でまだ生きていた彼は、一言だけ残して息を引き取った。
「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」
不運な事故死と判断され、ボビィは遺族にも、大した言葉ではなさそうだと思いながらも、最後の言葉を伝えたのだが、
その後ピクニック時のビールに大量のモルヒネを盛られて死にかける。
ところで牧師の四男であるボビィは、
伯爵令嬢のレディ・フランシス(フランキー)と幼馴染みであり、
ボビィのお見舞いに来たフランキーは、
・転落した男は事故ではなかった
・最後の言葉を伝えたことで、ボビィは何かを知っていると思われ襲われた
と見て、ボビィに潜伏や変装を指示しながら、事件の調査を開始する。
私の中のアガサ降臨
いやだ。細かいとこまで気にしないで(照)
この話、ブリティッシュグリーンのベントレーを乗り回す、伯爵令嬢が書きたかっただけなんだから♪
そりゃ主人公の二人だけは、何が起きたって助かるし、最終的には結ばれるわよ。読んでいたら分かるでしょ決まってるじゃない。
メロドラマ、とか笑われてたし、2000年頃には「少女マンガ」とか言われちゃうのかしら、だけど、少女マンガの中では読み応えがある作品に仕上げたつもりよ。
正直なところを申し上げると、計画殺人とか書き続けて、人の心の嫌な面ばっかり掘り下げちゃった後には、ーーごめんなさい。人は何人か死なせちゃうんだけどーー、そこまでは悩まなくていい、少しは気楽に読めるものが書きたくなるのよ。
そのくらいは察して頂ける? 私だって人間なんだから。
絶妙なバランスで訳されたタイトル
近所の図書館に並んでいたアガサ・クリスティー文庫の中で、思わず手に取ってしまうタイトルだったので借りてみた。
なぜエヴァンズに頼まなかったのか?
原語タイトルは、
Why Didn’t They Ask Evans?
大体同じくらいの音節かつニュアンスで訳しようと思ったら、They部分を「彼らは」と訳してしまうといかにも野暮なんだが、
ボビィの命が狙われたのは、エヴァンズという名前に加えて、「You」でも「He」でもなく「They」だった点に違いないんだ。
一方でAskという重要度が分かりにくい動詞を、しっかり「頼む」と訳してくれた。
転落した男の立場から見て適切なことはもちろんだが、
なぜエヴァンズに訊かなかったのか?
だと尚更大したことない一言っぽいもの。
だからボビィもフランキーも序盤は気にしていなかったもの。
だって伯爵令嬢なんだもの
フランキーの調査手段が面白すぎる。
「車を二台頂ける? 一台はちょうどいいところで事故を起こせそうなものを」とか、
「運転手の制服を用意して。うちの使用人の色はグリーンよ。ハロッズで。パパのつけで買えばいいわ」とか、
ちょっと声を掛ければ喜んで協力してくれる、医者や弁護士やパイロットがいるとか、
富豪刑事@筒井康隆ほどではないけど金と身分(と美貌)にものを言わせている。
いやぁ、こういうのも書いてみたかったんだろうなぁアガサ。
私の興味を大変に惹いたポイントとしては、貴族は貴族に紛れて、庶民は庶民に紛れて、それぞれの人脈と文脈に沿った捜査を行うので、同じ人物について語っているのに評価や表現が一致しない。
そしてお互いに「見る目が無いわ」とか「どうしてそんな言い方になるんだ?」とか思っている。
現代の読者だけが冷静にツッコめる。あのね。それは単にお育ちが異なるせいですよと。
ってことはアガサ・クリスティーも、1930年代のイギリスで、そういうところを面白がって観察してたし、もっと掘り下げたかったよね。
現代だったらこの二人もシリーズ化してたんじゃないかなぁ。
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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