親は知らねぇ松田優作
昨日親知らずを上の2本とも抜いて来たんだ。
下の2本は4、5年前に抜いていたから、
いよいよもって親は知らねぇぜ。
「松田優作状態だね」
と配偶者が言ってきた。
「は?」
「あの人『野獣死すべし』の役作りで、
顔を痩せこけて見せるために、
悪くなっていない親知らずを4本とも抜いたんだよ」
「とっさにその返しを思いつくのはすごいと思うが、
説明を加えてもらわないと分からないのが難点だな」
下の2本がとんでもない難工事だったので、
上の2本は比較的普通の抜歯と同じ感覚。
強いて言うなら上の2本は根元が耳のそばにあるので、
ミシミシ響く音が麻酔で痛くないけど気持ち的に痛い。
「いやぁ。一度に2本抜く人そういないんですけどね」
いや。抜いてから言うな。
抜く前に確認しといてくれよ。
あたしゃ予約の電話を入れた時に、
「1日に2本でも大丈夫ですか?」
と応対してくれた事務員さんに聞いたら、
「ええ。大丈夫ですよ」
とサラッと返されたから「そうか」と入れてみたまででな。
親知らずの抜歯は普段の歯医者の先生じゃなくて、
口腔外科の専門医になると言うのも、
いまいち熱量とか普段の雰囲気とか、
伝わりにくい原因の一つだったとは思うけれども、
まぁ基本的に歯医者さんも口腔外科の人も、
良い感じの人だったので苦情は寄せないけども。
「最近親知らず変な感じに生えてる人多いらしいね」
とまた配偶者が言ってきた。
「は?」
「顎が小さくなってきてるって言うのかな。
僕の職場でも最近聞いたけど」
「自慢するつもりはないんだが、
いや済まない。結果的に自慢なんだが、
私の下の親知らずの抜歯前後を、
最も間近で見ておいて貴様なめるんじゃないぞ」
肉に埋もれて長く歯医者ですら気付かなかった上に、
肉の下で顎神経に向かって静かに伸び続けていて、
抜いた途端に手のひらの生命線が激伸びしたんだ。
「念のためレントゲン撮ってみましょうか」
って言われてなかったら、
五十歳くらいで顎神経に突き刺さって、
そうなるともう抜歯も不可能なほど腫れるし、
飯も食えなくなって死ぬまでを待つ日々だったんだからな。
歯医者に来てくれる口腔外科の先生じゃなくて、
口腔外科の専門病棟に行って、
そりゃあメス入れて切開の後ドリルで潰し割る過程を、
「貴重な症例だから」と一応私の許可は得た上で、
学生たちも見学に入れられて見られまくったんだからな。
で、下の親知らずがなくなってしまうと、
上の親知らずのストッパーがなくなり伸び続けて、
歯磨きに気をつけてはいたんだが、
やはり虫歯が出来て手前の歯に影響しそうだったので、
今回の抜歯に至った事を、
「親知らずとか気にしたことない」とか、
「私生えてないんじゃない? ラッキー」とか、
思っているかもしれない方々に、
多少の不安を抱かせ注意を喚起するべく書き残しておきます。
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