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AIが書いた文章は、何を書いているのかわからない

私は、執筆に際してAIを一切使わない。
下書きから推敲まで、すべて自分でやっている。

なぜなら、文章を書くことが楽しいからだ。
そもそも書くことが嫌いなら、noteなんて書いていない。


世の中には、さまざまな理由からAIを否定する人たちがいる。
とくに創作の世界では、その是非をめぐってしばしば論争に発展することがある。

たとえば、誰でも自由にイラストを発表できるWebサイト「pixiv」では、AIを使った作品の投稿が禁止されている。
いわゆるAI絵師による作品が大量にアップロードされて問題になったからだ。

あくまでも法律上は盗作でなければセーフなのだが、自分で描いたと嘘をついたり、わいせつな画像をばらまく輩が出てきて賛否を呼んでいる。

つい先日、自分の声が何者かによって無断でコピーされているとして、映画やアニメの声優たちが一斉に立ち上がった。

本当に問題なのは、本人の許可なく望まぬ目的のために使われることだ。
人気のある声優とよく似た声で間違ったことを言われたら、視聴者はついつい誤解してしまう。


しかし、人間が作ったものには価値があり、だから権利を守るべきだと主張すること自体、私はもやもやを感じる。
いささか逆説的だが、そういう論法で語ると矛盾が生じないか?

極論かもしれないが、世界中の子供たちが一度は必ず観るべきディズニー作品は、著作権によって保護されることで学習の機会を著しく損ねている。
はたして彼らが必死になって守ろうとしているのは、私たちにとって本当に必要なものだろうか?


AIを使わずに活動しているクリエイターたちは、AIを使った作品を発表しているユーザーのことを、まるで悪者のように扱う傾向がある。
作品の内容を批判するだけならまだしも、場合によっては作者の人格に対する攻撃にまで及んでしまう。

だから私は、AIを否定する人たちが嫌いだ。
言葉は時として誰かを傷つけるための武器になる。他人を馬鹿にすると、あたかも自分が賢くなったように思える。


おそらく私を含めて多くの人間は、AIによって書かれた文章を読むと、違和感に気づくと思う。
けれども、いったいどこがおかしいのか、自分の言葉ではうまく説明できずにいる。

私は若いころ、AIみたいな文章を書いていた時期がある。
何となくそれっぽい表現で修飾された、つぎはぎだらけの中身がない文章だ。

これまで、AIのかわりにそういう仕事をこなしてきたのは、私たち人間なのである。
人間だって練習すれば、何も考えずに文章を書けるようになる。


これはあくまでも私個人の考えだが、もしも現在のAIに足りないものがあるとすれば、論理的な思考力なのだと思う。
そして人間は、それを正しい目的のために使うことができない。

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