ヘプタ山頭火、10円玉と昭和遺産で京都を消費する
京都に帰省しました。
ここは時間の使い方が雑でも成立する街なので、あてもなく近場をぶらつきます。
・平等院鳳凰堂
「10円玉の裏」とよく言われますが、裏面ではなく表面です。
構造は左右対称。池に映って上下も対称。


ヘプタ山頭火
平等院鳳凰堂の注目箇所は2つあります。まず屋根のてっぺんにある向かい合わせの鳳凰。鳳凰堂の象徴です。
この鳳凰像プラス、鳳凰のような形状の建築だから鳳凰堂。

正式名称は阿弥陀堂ですが、江戸時代にはもうこの名称がすっかり定着していました。金閣寺にしてもホントは鹿苑寺だし、結局見た目が押し切ってくる。
10円玉は紙幣のように頻繁にデザインが刷新されないので助かります。
おかげで子どもの頃からずっと、
「平等院の近くに家があります。10円玉の表です」
を言い続けていられます。
道に迷ったら人に10円玉を見せろ、そしたら家の場所がわかる。と親から言われている子もおりました。
ちなみに新千円札は北里柴三郎ですが、あの面構え、
「自分は一万円」
みたいな顔してませんか。役不足というか、一万円顔だなといつも思います。家族に言わせると、
「北里氏は惜しいから千円」
ノーベル賞を取れなかったからだ、と。そんな発想なかったわw
ノーベル賞を取れないヤツは千円札!
確かに野口英世も。そうなると次の千円札は村上春樹がスタンバイ…
そしてもうひとつが御堂の中に鎮座されている仏さま。建物外観の放つインパクトが強めですが、中にはこのように仏さまがいらっしゃいます。

お顔の部分のメッシュがくり抜いてある。
「なんか刑務所の面会みたいじゃない?」
と言ったら、1ミリも受けなかった。聞こえてなかったのかなと思って帰り道にも、もう一回言ってみた。
そして藤棚です。
藤の花は藤原氏の家紋で、ここは道長の元別荘。
別荘を寺院に改めても藤だけはきっちり残していくあたりが、象徴と文脈の世界。
藤があるから藤原。鳳凰があるから鳳凰堂。

・青少年科学センター
機械がレトロで、もはや昭和博物館と化した科学センター。
未来を教える場所が過去になっている、程よい侘しさ。
学芸員資格の勉強は美術館だけ行っていればいいというわけではなく、いろんな施設に行く必要があります。それでちょっと目星をつけていた科学館です。

ヘプタ山頭火

ヘプタ山頭火

ヘプタ山頭火

ヘプタ山頭火

科学センターなのに陰陽師。さすが京都、科学と呪術が並列。
陰陽師って今の科学水準ではオカルトですが、当時は科学者のような立ち位置でもあったので、京都1000年の歴史の連続性ではそんなに遠くない領域なのかも。

1~63までの好きな数字を頭に浮かべます。それを6回の質問で当てるという巨大な装置。
6回も質問出来たらそりゃ当たるんじゃない?という気もしますが、マジックではなく演繹の問題なので、それくらいのプロセスが必要になるのでしょう。
「あるなし」6回質問で2の6乗、64通りを検証して当てるということでしょうか。
・プラネタリウム

全方位に出して!
最近のプラネタリウムは、ドームいっぱいに映像作品を投影するイマーシブ体験型が増えてきましたが、ここは昔ながらの係員による解説付きでした。
「この星座はなんでしょうか?」
子どもダッシュ「ペンギン!」
「ふたご座です」
余地なし。

このフォルム、確かにペンギンです。
でも双子として受け入れてください!
今からその理由を説明します(私は今、その子の脳に直接語りかけています)。
星座というのは、もともと星の運行に合わせた農耕などのタイミングを知るために、位置を覚えやすくする目印として図形化されたものですね。
そこに後から神話や物語が付け加えられていったわけですが、この意味の後付けはなかなか面白い現象だと思います。
今でも、何かを暗記するときにイメージに置き換えたり、連想させたりしますが、それと似たことをやっています。
実用のための記憶手段だったのに、その上に物語を重ねてしまうのが人間らしいところでもあります。
だから、星座は古代に実用からナラティブの領域に移行した時点で「それに見えなくて当然」でもあるなと感じます。
目にはペンギンに見えるけど、心の目では双子に映る。それがこの世界に意味を与えるということなのです……
プラネタリウムの解説ボランティアやろうかな!
子どもに「はよ次行け」とか言われながらw
おわり
