死神

四十も近くなると、
同世代の友人や仕事仲間が、
死神の振り上げた鎌を紙一重で躱したという話を、
よく耳にする。

ある人は悪性の腫瘍が見つかったものの、
早期発見で大事には至らず。
ある人は心臓のあたりの血管が詰まったものの、
医師の適切な処置により、数週間の入院で退院。

だいたいこの手の話は、酒の席で耳にする。

病を気にせず酒を煽る者もいれば、
自制してお茶の類だけを口にする者もいる。

彼らの姿を見ていると、
鎌を躱した後に再び手にした「生」を、
どのように遣うのかは本当にそれぞれだと感じる。

同時に、
酒の席を共にできるほどの間柄だからこそ、
月並みではあるが、今こうして私の目の前で
命を紡いでくれていることが、本当にありがたいと思う。

しかしながら、宴を終えて自宅に戻り、
部屋でひとりになると、私は考えてしまう。

なぜ死神は、
活力に満ち、自信に溢れ、
家庭を持ち、子を育み、
人として真っ当に生きている彼らに鎌を振り下ろし、
私のところにはやってきてくれないのかと。





いいなと思ったら応援しよう!

堀内 経羅流渡 読んでくださりありがとうございます。 もし、私の言葉のどこかに「居場所」を感じていただけたなら、チップを通して応援していただけると大きな励みになります。 頂いたチップは、創作の励みとして大切に使わせていただきます。