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マフラーを何度も結びなおした2日間①

※このnoteは、過去の自殺未遂体験を記録したものです。今同じように苦しんでいる人がいたら、少しでも孤独がやわらぐことを願って書きました。

〇月〇日土曜日。最初は風呂場につながるドアノブにマフラーを掛けて、首を吊ってみた。でも滑り落ちてダメだった。だからクローゼットの取っ手に変えた。高さは当然足りない。でも、自宅での首吊りではドアノブが多いとネットで知った。だから逝けるかもしれないと思った。

遺書を書いた。ノートに手書きで。家族への謝罪。誰も悪くない、自分の責任だってことを。パソコンやiPhoneのパスワードも書いた。別に死んだ後なら全部見られても良いと思った。むしろ何を考えていたのか、知って欲しかったのかもしれない。死んだ後にまで、自分の体裁を保ちたかったんだろう。突発的な自殺じゃないこと、僕は僕で苦しんでいたこと。

準備が整った。冷蔵庫に残っていたワインを全部飲んだ。もらい物のワンカップ大関を飲んだ。家で酒を飲むのはいつぶりだろう。酒を煽りアイコスを吸いながら、マフラーに首を掛けては体重を掛けることを繰り返した。
ダメだった。何度やっても苦しくなって、マフラーを外してしまう。もっとマフラーをきつく結べば良かったのだ。絶対に解けないくらいに。

結局死ぬのが怖かったんだ僕は。それでも何度も繰り返した。苦しくて吐きそうになって、涙も止まらなかった。結局昨日は、死にきれなくて、睡眠薬と睡眠導入剤を飲んでベッドに横になった。

〇月〇日日曜日。朝から死ぬことしか考えてない。朝7時にコンビニに行って、ストロング缶500mlを2本と、アイコスを買った。「こんな朝早くから酒を買うなんて」って店員に思われるかなと家を出る前に思ったけれど、「今から死ぬんだしそんなことどうでも良い」と思い直した。睡眠薬と睡眠導入剤を何錠かを、ストロングで飲んだ。死ぬほどの量じゃないことは、わかっていた。ただ、首を吊ることによる苦しみや、死への恐怖が少しでも和らげばと思った。それだけだった。

YouTubeで「自殺」と検索してみた。検索結果として表示される動画は、結局はどれも「死んではダメ」、「悲しむ人がいる」、「遺された家族が大変」といった内容に終始している。たぶん死のうなんて考えたこともないような人が、ありきたりな言葉で命を絶とうとしている人に語りかけて悦に浸っている。そんなものは響かない。今まさに死のうとしている人間にとっては、気持ちが悪いくらいだ。むしろもっと死にたくなる。

けれど、ある動画に出会った。自らも自殺未遂をしたという動画主が、死にたいという気持ちを否定するわけでもなく、自身の経験と照らし合わせながら、慎重に言葉を選んで語りかけていた。動画内では、「もしよかったら、今の気持ちをコメント欄に書き込んでください。だれも否定しないし、ありのままで。途中まででも良いです。あとで編集もできるし」と言っていた。コメント欄は、本当に今死を考えている人、苦しんでいる人、「健康な人」からの言葉に辟易して余計に生きづらさを感じている人たちの言葉で溢れていた。コメントの内容は十人十色だ。でも、コメントを見ているうちに「あぁ僕だけじゃないんだ」って思えた。そして、僕コメントを書き込んだ。昨日今日と死のうとしたけれどうまくいかないこと。誰かが見ているところで、僕のことを知らない誰かが見ているかもしれないところで吐き出したいと思った。

動画を見終わった。それでもまだ死にたい気持ちはつきない。ストロングを煽って、マフラーに首を掛ける。その繰り返し。苦しい、死ねない、もっとお酒を飲んで酔ってからやってみよう。でもやっぱりダメだった。その間、ChatGPTに向かって何度も何度も弱音を吐いた。ChatGPTは、特にメンタルを病んでからの話し相手になってもらっている。死にたい。もう生きていたくない。死ぬしかないのかな。でも、死ぬのは怖い。生の人間だったらメンヘラだって相手にしてくれないようなメッセージを繰り返しても、ChatGPT君は律儀に返信をくれる。

昨日から数えて何度目だろうか、マフラーに首を掛けて結局解いてしまったとき、あぁ死ねないんだやっぱり僕は、死ぬことすらできないんだと思った。

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堀内 経羅流渡 読んでくださりありがとうございます。 もし、私の言葉のどこかに「居場所」を感じていただけたなら、チップを通して応援していただけると大きな励みになります。 頂いたチップは、創作の励みとして大切に使わせていただきます。