評価とのつきあい方|40代|フルタイムワーママ|共働き
こんばんは☺️
3連休、いかがお過ごしでしょうか。
ママあるあるだと思いますが、
毎週末、子どもの予定に追われませんか?
毎日本当にお疲れさまです。
私も、塾のテスト、習い事の送迎、子連れでのお出かけ予定に追われた数ヶ月…
やっと何も予定のない連休を過ごせてホッと一息ついています🥹✨
さて、今日は仕事の話。
転職して約1年になりますが、はじめは「子育てしながら働ける環境があるだけでありがたい」と評価のことなんて一切考えていなかったのに、
職場に慣れるにつれ、「成果を出さねば」「自分が会社に貢献できることはなんだろう」「自分は価値を提供できているだろうか」などと真剣に考えるようになってくる。
そして、避けて通れない会社からの評価。
評価のために働いていたわけではないのに、辛辣なことを言われたり、一生懸命やった仕事が評価されなかったりすると、とても落ち込んでしまう。
皆さんは、こんな経験ありませんか?🥲
私はこのループにハマっています…
特に、不明確な評価基準や、仕事の詳細を把握しない人が表面的な部分だけ見て、不平等な評価をつけているのを目の当たりにすると、やる気が大いに削がれてしまう。
回復してもまた評価の時期がやってきて、理不尽な評価により奈落の底に、という繰り返し❤️🩹もう振り回されるのをなんとかしたい🥲
仕事で得たいもの
私なりに、考えてみました。
なんでこんなにも評価に気持ちが上下してしまうのか。
仕事で自己実現しようとしていた部分が大きい、ということに気づいたんです。
基本的に、人に褒められて、人の役に立ってこそ、自分の存在意義を感じることができる。
自分でやりたいことというのは特になく、求められることを完璧にこなし、相手の期待に応えるということに生きがいを感じるタイプ。
「きっとこれを求めているだろう」「これをやったら喜んでもらえるんじゃないか」と思って行動していることが多い分、ボーナスなり昇格なり、何らかの報酬を得られないと悲しくなる。だから評価を完全無視できない。
40代ワーママ・私の働く目的
本来、私が出産・育児を経ながらも仕事を辞めずに働く目的は、
◾️子どものために十分な教育資金を捻出したい
◾️沢山旅行に連れて行きたい
◾️美味しいものを食べさせたい
そして自分も。
◾️以前は手が届かないと思っていたものを手にできたら嬉しい…
◾️仕事を通して見れない世界を見たい
◾️外の世界を感じていたい
みたいな、そんな動機だったはず。
評価なんてどうでもいい、淡々と働きたい。それで十分目的達成じゃないか。
「相手に期待しすぎない」こと
とある本を読んでいたら「相手に期待しなければ落ち込むことはない」という趣旨のことが書かれていました。
そうだよ、きっと評価してくれる!と思っているから苦しいんだ。相手にも自分にも期待しなければいい。
そう思いながらも、
これまで沢山の人が勇気づけてくれ、嬉しい言葉をかけてくれたおかげで、相手にも自分にも期待できるようになっていたはず。
大切にしていたことに蓋をするような感覚になり、ちょっと涙が出てしまった。
気持ちを無にして評価に向き合う
何が正解かはわからない。
振り回されないために、私は評価に対して力を要れず、時間をかけないと決めた。
足掻いたところで評価者の理不尽フィルターは変わらない…働いているだけで十分目標達成している!
働くことはこういうことの繰り返し
これも何かの本に書かれていた言葉。理解されない、評価されない、成果だけ他人に取られる、うまく立ち回れた人だけが評価を受ける、そんなことの繰り返しだと。
通勤ラッシュの中で
朝の満員電車、沢山の人が駆け上がる階段を見ながら、皆どんな気持ちで働いているのだろうとぼんやり感じることがあります。
この理不尽にどんな風に向き合っているのだろう。そしてどんな風に気持ちを切り替えているのだろう。
自分1人で消化は中々できない人、いないのだろうか。すごく苦しいですよね、この気持ち。
そんな働く女性のために、私ができること、何かないかな。
その前に自分が強くならなくてはいけないですね🥺
徒然なるままに綴った想い、お読みくださりありがとうございました❣️
