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華厳寺 (大同) ~中国見聞~


華厳寺は遼朝(1038年)創建の大同旧市街にある広大な寺院。戦乱と天災によりほとんどのお堂が灰燼に帰した中、大雄宝殿と薄伽教蔵殿のニ堂だけは創建時かそれに近い時期のものが現存する。

大雄飛殿

創建時のものでこそないものの、創建百年後(金朝 1140年)再建で、様式も遼式を踏襲する限りなくオリジナルに近い大伽藍。

堂内は、基石は遼、建物は金、仏像は明、壁画天井画は清という中華歴代王朝の仏教芸術濃密詰め合わせで、もうたまらない。

「間柱」なる技法で柱の数を極少化して広々。
その堂内に明朝の仏象が五体並ぶ
正面の釈迦如来
向かって右は明代の大同市千楼(現存せず)模型
壁画・天井装飾は清朝
左群
両翼を護る二十天
仏に近づかんと前のめりなのがよい。
明朝の像と清朝の壁画のマリアージュ
天井をずっと見上げて首が痛くなる
右群
右群の仏像
二十天は右群と左群で各十天づつ
これぞ極彩色
いくら見上げていても飽き足りない
二十天は人より二まわりほど大きく造作されており圧巻
大雄飛殿を守護する螭吻(しゃちほこ)
4.5mで中国最大
大飛雄殿外観
中国の寺院は南を向くが華厳寺は東を向く。
遼(契丹族)が太陽崇拝だったが故

薄伽教藏殿

建物は創建時(遼朝 11世紀)そのまま。鎮座する仏像31体もあまねく往時のものという、千年時空を超越したお堂。

中央は釈迦如来
仏像の顔がふくよかなのが遼代の特徴なのか。
左群は阿弥陀如来
“東洋のビーナス”と称賛される美菩薩像
菩薩の笑みから歯がこぼれているのが
中国的にたまらない模様
阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩が並ぶ
右郡には弥勒菩薩像
お堂の中にいると時を忘れる
1038年建立
堂を囲む壁は経蔵で、明清時代の仏典1700箱、総巻数1万8000巻が納められている。

華厳寺訪問の参考になれば

(2025年夏の体験に基づきます)

寺院名は「華厳寺」

華厳寺は「上華厳寺」と「下華厳寺」に分かれていた時期があり、現在でも多くの観光ガイドやWikipediaでは「上華厳寺」として紹介されている。しかし、2008年以降は一つの寺院に戻っており、正式名称は「華厳寺」である。

私はすっかり混乱させられて「華厳寺」とは別に「上華厳寺」「下華厳寺」があると思い込み、でも現地に赴くと入場券販売窓口は「華厳寺」のものしかなく、その案内図に大雄飛殿がバン!と目立ってあったので「華厳寺」=「上華厳寺」だと理解した。しかしそのせいで、参道から外れてひっそり所在する旧「下華厳寺」エリアを見逃して外へ出てしまい、別にあるに違いない「下華厳寺」入場券販売窓口を必死に探す羽目に陥った。

「上華厳寺」と「下華厳寺」がひとつに戻り「華厳寺」になってもう17年。各種紹介はいいかげん情報をアップデートしておくれよ…。

漢服美人

(御本人に撮影並びにSNS公開のご承諾を得ています)

中国では「漢服(漢民族の伝統衣装)」を観光地で着て、撮った写真をSNS(抖音、小紅書など)に上げるのが近年大流行。
寺院周辺には漢服レンタル、メイク・ヘアセット、プロカメラマン手配を一手に引き受ける店が軒を並べている。服とメイク&ヘアで200元(4,000円)~400元(8,000円)だそう。
華厳寺は撮影背景として人気だそうで、そこここにバチッとキメた漢服美人がポーズをとって佇んでいた。
京都で着物レンタルするのと同じノリながら、髪も化粧も本格的で、その上、写してもらうのがプロカメラマンとは、中国の凝り方が一段上。

文殊閣と普賢閣

大雄飛殿と薄伽教藏殿以外のお堂と座する仏像は近年、近いものだと21世紀の再建再造で歴史的価値には乏しいが、どうしてどうして。その建造には大変な熱意と費用が注ぎ込まれたようで、何れも荘厳で美術も素晴らしい。ここが大雄飛殿だと言われたら信じてしまいそうなお堂すらある。

それらの中で際立っていたのが、大雄飛殿の手前で左右を護る「文殊閣」と「普賢閣」。他のお堂が金装飾でまばゆいところを、これらお堂に祀られている両菩薩は木肌露わな無彩色木彫りで清清しさが漂っていた。共に今にも動き出しそうな巨大霊獣を従えているのにも目を見張る。高さ5mという圧巻な大きさにも関わらず荒削りなとことがなく、2011年にこれほどの仏像を作れる文化の奥深さには舌を巻いた。

文殊閣の木製の菩薩像。従えている霊獣は獅子。
対面には普賢閣。普賢菩薩は象を従えている。
両像とも本当に大きくて圧巻
他の再建お堂は金ピカ
華厳宝塔遼(2008年再建)。
純木造ほぞ継ぎ構造は応県木塔と同じ
43mの塔の地下に地下宮殿があってびっくり